第20話 襲撃の夜
突然の爆音に、どうしたらいいか分からないシオンの元へ一人の来客が訪れる。
「シオン!」
ビクッ! と体が震えるが、現れたのがモリアンと知り胸を撫でおろすシオン。
「来てくれて嬉しいぞ、師匠」
「当たり前でしょ。シオンは研究者として見るならもう一流の魔術師だけど、戦闘員としてみるならへっぽこもいいところなんだからね」
「へっぽこ……」
「心配はいらないぞ! シオン様はレウが守る!」
「私もね。そのためにここまで来たんだから」
戦力外通告を受けて落ち込むシオンの頭を撫でるレウ。
女の子二人に守られる形になってしまい、シオンとしては複雑な心境だ。
とはいえ、戦闘力で考えれば明らかに二人の方が高いのは理解している。
学園で魔術師としての戦闘技術を学んでいるはずのモリアンは元より、この1年間でレウもかなり成長したと聞いている。
戦闘技術はもちろん、その肉体も。
一部、育ち過ぎている部分があるような気もするが……
「! シオン様! 伏せてっ!」
不埒なことを考えていたシオンの顔面に、レウの不埒な部分が覆いかぶさる。
息すらできなくなる圧迫感に悶えていると……
──ドゴオオオオオオッッ──
シオンの寝室の壁がぶち抜かれ、瓦礫が周囲に飛び散っていく。
「なっ……!?」
驚くモリアンの眼前に、砕かれた壁の向こうから現れる二人の男。
どちらも漆黒の髪を持つ、大柄な男たちであった。
「やっちゃったなお前ら! ここの壁傷つけたら怒られるんだぞ! レウも前に爪を研いでたらめちゃくちゃ叱られたのだ!」
「……獣人の奴隷、か? タンク、相手しろ。奴がお前の今回の敵だ」
「…………敵」
片方の男の言葉に、タンクと呼ばれた男が動き出す。
体の背後に浮かぶ魔法陣が、その男が魔術師であることを示していた。
「──『活性』」
詠唱が終わると同時に、男の姿がブレる。
男を見失うモリアンの背後を高速で何かが横切った。
そして……
──ドガァァァァァァァ!
再びの爆音と共に、反対側の壁がぶち抜かれる。
それがタンクの突進であると気付くのに、僅かな時間が必要だった。
また、先ほどまで横にいたはずのレウがいなくなっていることも。
「レウ!?」
あの破壊的なタックルをまともに受けたと思われるレウの名を叫ぶシオン。
直撃していれば即死していてもおかしくない威力だ。
そう……
「──ぺっ」
レウが普通の人間であったなら。
壁の向こうで口から血の塊を吐き出したレウは、懐から二本の短剣を取り出す。
両手にそれぞれ逆手に構え、レウは目の前の敵を見据える。
「なかなか速いな、お前。だがレウはもっと速いぞ?」
「……敵、は、殺す……」
「あい?」
「殺す。殺さないと……殺される……」
「何を言っているのかさっぱり分からないぞ。けど……シオン様に危害を加えるなら、レウも容赦しない」
鋭い視線と共に駆け出すレウ。
不気味な雰囲気を漂わせるタンクとの、決死の戦いの始まりであった。
◇ ◇ ◇
「シオン! あっちはレウに任せなさい! 私達の相手はこっちよ!」
レウに視線を奪われていたシオンは、モリアンの言葉にはっとする。
確かにレウも危険な状態なのだろうが、こちらも同じ程度には危険と言える。
なにせ……
「……ここはお前の寝室か? 随分と良いところに住んでいるのだな」
この戦場において、男はまるで緊張感を感じさせなかった。
世間話でもするようにシオンに話しかける男は、落ちていた魔導書を手に取る。
「この一冊を買うための金で、どれだけの市民が明日を生きられただろうな」
「……お前、何を言っている」
「分からないか? ……分からないのだろうな。お前のような子供には」
ぱらり、と手元の魔導書のページをめくる男。
まるで川沿いの避暑地で読書を楽しむかの如き穏やかな所作だった。
「運よく与えられただけのモノをまるで自分の功績かのように振り回す。貴様らはこの国の……いや、人類にとっての病原菌だ。排除しなくてはならない」
「…………」
「今すぐとはいかないがな。やがての話だ」
途中からまるで独り言のように語る男はぱたんと魔導書を閉じ、
「ほら、返してやろう」
シオンに向けて投げつける。
その瞬間、男の手元に魔法陣が出現していたことを見逃さなかった。
「──『爆炎』」
詠唱と共に、爆音と爆風が室内を舐め回る。
加熱された空気は十分な攻撃力を伴い、室内の人間を蹂躙する。
その爆発から逃れられたのは、効果範囲からさり気なく撤退していた男と……
「……舐められたものね」
男の魔法陣を見逃さなかった、その人物。
シオンは男の言葉に気を取られ、投げられた魔導書に意識が向けられていた。
故に気付いたのはシオンではない。
それは……
「魔術行使の痕跡を、この私が見逃すはずがないでしょう」
──モリアン・パカルディ。
土系統の魔力を持つ、一級魔術師であった。




