第17話 成長する人たち
「あー……シオンのせいで酷い目に遭ったわ」
「いや、僕だけのせいみたいに言わないでくださいよ。ふいに抱き着いてきた先生にも非はあると思います」
「というかそもそもなんであの石像にしたのよ。もっと手ごろで安価そうなものはなかったの?」
「いや、まあそれに関して小兄さまへの意趣返しと言いますか……」
かつて二人目の兄、テオに馬鹿にされたことを思い出すシオン。
表には出さないが、シオンは根に持つタイプであった。
「よく分からないけど……ま、改めておめでとうと言っておくわ」
「ありがとうございます。先生」
「……だからその、そろそろやめてもいいわよ?」
「え? 何をです?」
「その話し方。年上だからって平民の私に気を使う必要はないわ。むしろ、やめなさい。私は他国出身だし、同じ目標を持つ同志なのだからね」
廊下を歩いていたモリアンは立ち止まり、シオンに向き直る。
「半年前、初めての授業で私はあなたの夢を無理だと否定したでしょう?」
「ええ、そういえばそんなこともありましたね」
「ごめんなさい。他にも色々と失礼なことを言ってしまったわ。反省してる」
シオンに対し、モリアンは深々と頭を下げた。
半年前の彼女からしたら考えられない態度であった。
「シオンは私が思う以上に優秀な魔術師で、決して見下していい相手ではなかった。だから……本当にごめんなさい」
「そういうことなら……はい。先生の謝罪、お受けしました」
「ありがとう、シオン」
頭をあげたモリアンは、シオンの顔を真っすぐに見つめる。
「これからはもう、あなたを一人前の魔術師として見るわ。だから私に対して敬語なんて使って欲しくないの。我儘だと思うかもしれないけど、私にとっては譲れないことだから」
「分かりま……ああ、いや。分かったよ。でも、そういうことなら一つだけ僕からも要求させて欲しい」
「なに? 私にできることならなんでも応えて……あっ、えっちなこと以外でね! 応えてあげるわ!」
「いやいや、誰もそんなことは……こほん。ただ、師匠と呼ばせて欲しいだけだ」
「…………え?」
「この際だ、正直に言おう。僕は先生のことを心のどこかで嫉妬していた」
「そ、そうなの?」
「ああ」
薄く笑みを浮かべるシオンは瞳を閉じ、己の胸の内を曝け出す。
「持って生まれた才能の差はいかんともしがたい。醜い感情ではあるが、自分の心に嘘はつけない。僕はあなたに嫉妬をしていた」
「…………」
かつてその点を引き合いにシオンを見下したモリアンにとって、それは耳が痛い話であった。
己の未熟を白日の下に晒されているようで、いたたまれなくなる。
「……だが、その感情を忘れることができたのも、あなたのおかげだった」
「え……?」
「あなたと共に語らった時間は僕にとって珠玉の時であった。故にもう、今は嫉妬もない。ただ純粋な尊敬の念だけが満たしている。故にこう呼ばせて欲しいのだ。我が師、と」
この半年でシオンはモリアンのことを深く認めていた。
自分を更なる魔術の高みへと連れて行ってくれた人物だと、胸を張って言える。
故に師匠、そう呼ぶのが適切だと考えていた。
「……それを言うなら私もよ。シオンにはたくさんのことを教えてもらったわ。新しい魔術理論とか以外にも、魔術師としての心構えとかね」
「ん? そんなことで高説を垂れたつもりはないが……」
「あなたはそうでしょうね。そもそも気になんかしていない。それがあなたの良いところ。とはいってもそのまま見習うつもりはないわよ。あなたの考え方って、すごくズレてるもの」
「そ、そうなのか? 自覚はないが……」
「学園に入れば分かるわよ。いずれね」
ふふ、と笑うモリアンはその未来を想像していた。
逆に言うとこの時すでに確信していたのだ。
シオンが学園に入学することを。
ひいては試験に合格するであろうことを。
「しかし、学園に入れるだろうか、この僕が」
「入れるわよ。きっとね」
今のモリアンは半年前と違い、素直に他人を認めることができるようになっていた。
自分とは違う才能の持ち主であるシオンと触れ合うことで、そう考えることができるようになっていたのだ。
(もしかしたら私のそういうところがダメだったのかもね)
他人を認めない、ということは可能性の否定に他ならない。
それは魔術師として、可能性を追う者として致命的な弱点だ。
(今でも最高の天才は私だけだと思ってるけど……だからって私以外の人間がダメってことにはならないのよね)
モリアンの持つ傲慢さは、彼女にとっての原動力。
シオンにとっての劣等感がそうであったように、前に進むために必要な活力であった。
故にモリアンは己の傲慢さを否定しない。
否定しないまま、他人を認める寛容さを身に着けることにした。
見る人によっては何も変わっていないように見えるかもしれない。
だが、それでもモリアンは構わなかった。
昔の自分より、今の自分の方が好きになれそうだったから。
「それで、結局師匠と呼んでも良いのか? ダメなのか?」
「好きにすればいいんじゃない? あなたにどう呼ばれようと私には何の関係もないもの」
「なんかそれはそれで酷い言い草だと思うが……」
「あ、でもそうなるとあなたのことも弟子として扱っていいのよね?」
「……え?」
「古来より弟子は師匠の奴隷のようなものでしょう? 精々こき使ってあげるから覚悟しておきなさいよね」
「えーと……やっぱり撤回するというのはどうだろう?」
「男が二言を言うんじゃないわよ!」
ぱしん、とシオンの背を叩き歩き出すモリアン。
その表情はどこか晴れ晴れとしていた。
……その後請求された石像の修理代を見るまでは。




