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三級魔術師シオンの革命的魔術理論 ~出来損ないと呼ばれても魔術の道を究めてみせる~  作者: 秋野 錦
第一章 幼少年期篇

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第16話 多重奏


「……なあ、シオン。その食べ方やめないか?」


 朝食の席で、父ウィリアムがシオンに言った。

 家族団らんの席で、その場の誰もが思っていたことだった。


「え? ああ、申し訳ない。これは魔力操作の練習なのです。どうか僕の納得がいく練度に達するまで見守っていただけると助かります」


「そうか。それならまあ……」


 ウィリアムは近くに座っていたオズワルドに視線を向ける。

 彼は彼で困ったような笑顔を浮かべて頷くしかなかった。


「おお、シオン様は器用だな! これも魔術なのか?」


「ああ、そうだよレウ。あ、食器には触らないでくれよ」


 そーっと伸ばしかけたレウの手をシオンが注意する。

 レウが触ろうとしていたのはシオンが『微風(ブレス)』の魔術で操作しているスプーンやフォークだった。


 シオンは今、両手を使わず魔術だけで食器を操作して食事をしていた。

 椅子に座る姿勢は綺麗だが、その食べ方はどこか奇妙と言わざるを得ない。

 ウィリアムが苦言を呈するのも納得の態度だった。


「……その修行方法はモリアンに教えてもらったのかい?」


「はい。師曰く、君は魔力操作をもっと磨くべきよ……だ、そうです」


「なんで声色ちょっと寄せたの?」


「なんとなく」


 今日もシルフィード邸は平和だった。



  ◇ ◇ ◇



 モリアンが家庭教師としてやってきて、半年が経過した。

 その間、シオンは術式の構築に加え、魔力操作の鍛錬を続けている。

 その成果が今……訪れようとしていた。


「シオン、魔力が乱れてる! もっと集中して!」


 中庭で叫ぶモリアンの言葉さえ、今のシオンには届かない。

 言われるまでもなく、極限までシオンは集中していた。


 僅かでも術式の描き方を間違えれば、魔力が暴走する可能性がある。

 魔術とは本来危険なものだ。油断なんてしようはずもない。

 だが、それでも……


(くっ……いささか術式を詰め込み過ぎたか……!? 今の僕の技量では扱いきれない……っ!)


 術式が多く詰め込まれた魔法陣はそれだけ大きく、複雑になり描くための時間が増大する。

 長時間の魔力操作は術者にも多大なる負担を強いていた。


(やはり、三級魔術師(ぼく)には無理なのか……?)


 ここに来て自らの実力不足を嘆くシオン。

 その集中力が切れようとした瞬間……


「──シオン! 君ならやれる!」

「…………っ!」


 モリアンの声が耳に届いた。

 それが最後の後押しになった。


 魔力をイメージ通りに動かす為、無意識に手を動かすシオン。

 そして……


「『微風──」


 その魔術が、完成する。


「──二重奏(デュオ)』!」


 シオンの持つ初級魔術『微風』の魔法陣が二度の煌めきを放つ。

 次の瞬間、目標に定めていた石像がゆっくりと宙に持ち上がった。

 これまではどうやったって持ち上げる事の出来なかった質量が、シオンの魔術理論によって今、浮き上がったのだ。


「やったわ! 成功よシオン!」


 その様子を見て、術者のシオンよりも先にモリアンが歓喜の声をあげた。


「すごい! すごいわ! やっぱりあなたは天才よ! こんな滅茶苦茶な理論を実現させるなんて……!」


 感極まったモリアンはシオンの身体に抱き着く。

 普段ならあり得ない行動だが、今はこの胸に渦巻く感動の方が大きかった。


 歴代の魔術師のその誰もがなしえなかった理論を導き、たった半年で実現させてしまったシオン。

 起こした現象としては大したことはない。


 二級魔術師の扱う『微風』にようやく追いついた程度の規模の魔術行使だ。

 それでも、この理論には可能性があった。


 もしも低級魔術でなく上級魔術にもこの理論が応用できたら?


 今までの魔術は過去のものとなり、全く新しい魔術が台頭する可能性すらある。

 そして、その基軸となる理論を打ち出したのが他ならぬ目の前の少年なのだ。

 革命的魔術理論の誕生だと、モリアンはそう感じていた。


「あっ、ちょっ……!」


 だが、当の本人にとっては今まさに自分がなしえた偉業よりも重大な案件が差し迫っていた。


(先生のむ、胸が……当たっている……だとッ!?)


 二人が抱き着くことで起きる当然の事象だった。


(気を抜けばあるかどうか分からない程度のサイズ感だが……! 確かにある!)


 失礼なことを考えるシオンだったが、その瞬間、彼の集中力は完全に切れた。

 ふっ、と魔術の効果が切れた石像が落下する。


「「あ」」


 そこで二人は同時に間抜けな声を上げる。

 実は石というのは案外脆いもので、ちょっとした衝撃で割れることもある。

 例えばそう、高所から落下された時などだ。


「スー……えっと、これっていくらくらいするのかしらね?」


「どうでしょうね。父上に聞いてみないと……」


 首元でぽっきりと折れた先祖の石像を前に、顔を見合わせる二人。

 このあと、二人は揃ってウィリアムにこってり絞られるのだった。

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