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三級魔術師シオンの革命的魔術理論 ~出来損ないと呼ばれても魔術の道を究めてみせる~  作者: 秋野 錦
第一章 幼少年期篇

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第15話 魔力操作性


「結論から言うと、シオンの魔術理論は実現可能よ」


「やったぜ!」


「でも、そのためには既存の魔術式を分解し、まったく新しい魔術を作り出す作業が必要になるわ。これは一朝一夕ではどうにもならない分野ね」


「分かっています。望むところですよ」


 これから行われる途方もない作業にどこか楽観的なシオン。

 そんな彼にやれやれ、これだから素人はと内心鼻で笑うモリアン。


「やれやれ、これだから素人は」


 思うだけにとどまらず、言葉に出てしまっていた。


「む! シオン様は素人ではないぞ!」


 それに対し、主人の侮辱に敏感なレウが反論する。


「なんだ、まだいたのかレウ。案内は終わったわけだし、もう休んでいいぞ?」


「ダメだぞ! こんな夜更けにシオン様を他のメスと一緒にいさせられるか!」


「護衛ってことなら心配はいらん。身元もしっかり保証されているしな」


「ダメったらダメなのだぞ!」 


 横並びに座る二人の間に割って入たレウは、ぐるるる! とモリアンを唸り声で威嚇する。


「なんだかすみません。先生」


「私は別に構わないわ。私の国では獣人も普通に暮らしていたから」


「え? ああ、そうか。先生のご出身は確か……」


「グレン帝国ね。それより、さっきの彼女の発言はどういう意味? 素人ではないとかなんとか言っていたけど、術式開発の経験でもあるのかしら?」


「あー……それは……」


 モリアンの問いに言い淀むシオン。

 シオンが『自動型書記(タイプ・ライター)』の魔術を開発したことは秘密にするという方針がシルフィード家ではたてられていた。


 改革的な魔術の開発者はその技術を狙われることもある。

 加えて魔術師ならば魔導院に提出するべき新術式を民間の企業に売りつけたという事実も風評的にはあまりよろしくはなかったりする。


 諸々の事情から、シオンはこの新魔術についてのかかわりを伏せることにしていた。これは『紙々の集い(オリヴァーン)』側にもお願いしていることである。


「いや、昔趣味で研究していた時期があるだけですよ」


「そう。でも、少しでも知識があるのは助かるわ。教える時間の短縮になるもの」


 持参した魔導書を開きながら、講釈を垂れる気満々のモリアン。

 彼女がこの場において、魔術理論について教える側なのが自分ではないことに気付くのは、これから間もなくのことであった。



  ◇ ◇ ◇



 目の前の羊皮紙に羽ペンで魔法陣を描きながらシオンが語る。


「ここで効果を繰り返すように術式を組むことで、膨大な量の式を一気に圧縮できます。僕は術式再填(さいてん)と呼んでいる描き方ですが、ここに発動時間だけ変更するように調整して……」


「…………」


 勉強会と称したこの会が開かれて3時間。

 その間、モリアンはシオンの魔術理論を理解するので精一杯だった。


 ほぼ独学で学んできたシオンの魔術理論には専門用語……というより造語が多かったのも一因であるが、それよりも何よりも、


(なにこの魔術理論……!? こんなの学園でも習ってないわよ!?)


 4年をかけて魔術を学んできたモリアンをして、シオンの魔術理論は独創的かつ難解にすぎた。

 故にこの3時間、モリアンにできたのはせいぜいが相打ちを打つ程度。

 ちなみレウは最初の10分で眠りに落ちた。


「……と、言うのが僕の構想なのですがどうでしょう先生?」


「うっ……」


 意見を求められても困る。

 というのが、モリアンの正直な感想だった。


「ま、まあまあ良い考えなんじゃない? 実際に魔法陣に落とし込むのは大変そうだけどね」


「やはりそこがネックになりますよね」


 何とか通じた会話のキャッチボールに、モリアンはほっと胸を撫でおろす。

 年上の魔術師として、上級の魔術師として、譲れない矜持がそこにはあった。


(……この下らないプライドが私の弱点なのかもしれないわね)


 目の前の少年を見ていると、ことさらそう思う。


「なんです? そんなじっと見つめて……はっ! まさか狙ってますか!? 玉の輿!」


「違うわよ! 感心してたの!」


「……え?」


「……あ」


 つい、口が滑った。

 だが、今さら取り消すわけにもいかない。


「~~~~! 認めるわよ! あなたの理論はとても優れていると思う! 実用性とか、再現性はひとまず置いておくならね!」


「ど、どうも?」


 モリアンの言うように、シオンの語る技術には問題点も多い。

 一つは、上級の魔術が軒並みそうであるように複雑な効果を持つ術式を繰り返すには不向きな技術だということ。

 だが、使用者がそもそも低級魔術ぐらいしか扱えないシオンならこの問題も問題にはならない。


「だけどね、まず大前提として問題があるわ。さっきシオンの魔術を見せてもらったけど……魔力操作がヘタクソすぎ!」


「えっ……? そうなんですか?」


「そうよ。貴方ね、魔力のこと魔法陣を描くためのペンくらいに思ってない?」


「思ってますね」


「そこがまず間違いよ。いい? 同じ魔術でもそこに加える魔力量によって効果が変わるのはあなたも知っているわよね?」


「当然ですよ。それこそ物心ついてからの悩みの種ですからね」


「つまり術式の効果には強弱がつけられるってこと」


「はあ……」


 それはそうなのだろうが、元々の魔力量が少なく、強弱の弱しか出力できないシオンにとっては魔力操作精度の重要性はピンと来ていなかった。


「これは言い換えると術式は魔力量を感知できるってこと。つまり、その魔術を起動するかどうかの条件に込められた魔力量を設定できるのよ」


「……はっ!」


「気付いた? この性質を応用すれば、あなたの言った術式再填も術式に刻むだけでなく、込める魔力量で調整が利くようになる。術式の自由度が一気に広がるのよ」


 例えるなら魔力は色。

 魔術という絵を完成させるにあたって、シオンは赤色のみで描こうとしていた。

 元々の魔力量が少ないシオンにとって、術式を改良するという発想はあっても魔力を改良するという発想はなかった。

 無意識のうちに、自分の弱点から目を逸らしていたからだ。


「流石先生……これならいけるかも!」


「…………」


 流石、と言われてもイマイチ褒められている気はしなかった。

 なにせこの技術は学園では1年生で習う基礎の基礎だからだ。


 だが、逆に言えばその基礎を吹っ飛ばしてなお成立させてしまいそうなほどに、シオンの魔術理論は整っていた。


 いうなれば、赤色の濃淡や彩度の違いだけで見事な絵画を完成させていた。

 もしもこの才能の持ち主が青色、黄色、緑色と様々な色を使えるようになったなら……


(この子……将来はとんでもない魔術師になっているかも)


 僅か数時間、言葉を交わしただけでモリアンはシオンのことを、既にただの三級魔術師とは見えなくなってしまっていた。

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