第13話 モリアンという少女
「彼女は異国から飛び級で編入してきた子でね。天才児って呼ばれてたよ」
「道理で大兄さまの同級生にしては胸も背も小さいと思いました」
「そのこと本人には言わないようにね。前にそれで同級生が大怪我してるから」
夕食時に尋ねると、オズワルドはモリアンについて語ってくれた。
「学園を首席で卒業できるくらいには優秀だったんだけど、その優秀さのせいか少し難儀な性格になってしまったようでね。希望就職先だった宮廷魔術師の試験にもそのせいで落ちちゃったとか。これはあくまで噂だけどね」
「なるほど。信憑性の高い噂ですね」
「……なんかちょっと言葉に棘あるけど、彼女と早速何かあった?」
「いえ、まったく。強いてあげるとしたら初対面で三級魔術師であることをこき下ろされ、挙句の果てには魔術を辞めろと暗に言われたくらいですね」
「ああ……」
その光景がありありと浮かんだのかひきつった笑みをオズワルドは浮かべる。
それまで後ろに控えて黙っていたレウも、流石に無視はできなかったのか、
「なんだそいつは! まったく失礼な奴だな! シオン様がお金を出して雇っているのだから、きちんと仕事するべきだぞ!」
「うん。僕もレウの言う通りだと思うが……レウ、君もたいがいだぞ?」
「あい?」
「この時間は掃除の時間のはずだけど、どうしてレウはここにいるのかな?」
「レウはシオン様の専属護衛だからな! 抜け出して見守りに来た!」
「うん。僕が金出してるんだからきちんと仕事しようね」
「あい!」
返事だけは元気がいいレウだったが、一向にシオンの元を離れようとはしない。
この1年で随分と信頼されたようだが、仕事はしてもらわないと困る。
罰としてレウのもふもふの耳を引っ張り叱責するが、
「はうぅ、もっと引っ張ってシオン様ぁ~!」
「なんで僕がご褒美やってるみたいになっている。これは罰だからな!?」
「うう、必死に考えた罰がこの程度なんてシオン様可愛い優しいたまらん……」
しまいには鼻息荒くシオンに滲みより、その腕に噛みつく。
獣人特有の愛情表現である甘噛みなのだが……
「ぎゃあああああああああああッ!」
「だから主人に歯向かったら奴隷紋が発動すると何度も教えているだろう! どうしていつまで経っても学習しないのだ!?」
「うぐぐぐ、シオン様のためならこの程度の痛み……レウは我慢できるぞ!」
「我慢するならその噛み癖をなんとかしろ!」
「はは、相変わらず二人は仲が良いね」
既に見慣れてしまった二人の漫才みたいなやり取りを優しく見守るオズワルドなのであった。
◇ ◇ ◇
次の日、シオンはモリアンから初の授業を受ける手はずになっていたのだが、
「ふわあ……おはよう。ごめんね、ちょっと遅れちゃったかな」
モリアンは初日からいきなり遅刻してやってきた。
住み込みで働いているため、呼びに行こうと思えばできたのだがシオンはどこまで遅れてやってくるのか気になって放置していた。その結果、
「なるほど。貴方の中では2時間という時間はちょっと、というわけですか」
「何よその言い方。夜遅くまで研究してたんだから仕方ないでしょう。私はあなたと違って忙しいのよ」
「…………」
シオンは基本的に紳士である。
貴族としての立ち振る舞いもそうだが、善良な父や兄(一部例外あり)の姿を見て育った彼にとって礼儀正しく振舞うのは当たり前のことだった。
故に、自分の価値観とそぐわないモリアンの振る舞いはシオンの感情の波を荒立たせていた。
端的に言うとイラっとした。
だが、これから魔術についてご教授願う立場にある人間だ。
その性格がいかに終わっていようとも、大切なのは魔術の腕前。
「では、早速、授業を始めてもらっても?」
「ええ。時間は有限だからね。始めましょうか」
どの口が言うんだと思いつつも、こうして二人の授業は幕をあげるのだった。
◇ ◇ ◇
「流石に三級魔術師でも六大魔力性質については知っているわよね?」
「はい。それくらいは当然」
「この魔力性質は遺伝する。あなたもお兄さんと同じ風系統と聞いているけど、間違いはないかしら?」
「はい。間違いないです」
「そ、なら……」
おもむろに手を掲げた彼女の前に、魔法陣が出現する。
「──『土兵』」
詠唱を終えた彼女の前で、ズズズッ! と土が盛り上がり、人型を形成する。
「この土人形を動かしてみて。今は何の命令も組み込んでいないから好きに動かしなさい。その動きであなたの今の実力を判断するから全力でね」
土系統の上級魔術『土兵』は土から兵士を作る術だ。
事前に術式に組み込まれた命令に従い動く土兵は力強く、実戦にも耐えうる実力を持つ。
また、事前に行う命令によって術式が細かく変化するため修得難易度は上級に位置する魔術でもある。
それをあっさりと使用しているあたりに、モリアンの実力が伺えた。
「? ちょっと何をぼうっとしているのよ。さっさとやりなさい?」
「いや、僕もできればしたいんですけど……無理です」
「え?」
シオンの目の前で形作られた土兵は2メートル近い巨体だった。
これを動かすにはシオンの魔力量では圧倒的に足りない。
「僕には『微風』の魔術しか使えません。それに、それで動かせる物体も小石くらいのもので、このサイズだと指一本動かすのが精々ですね」
「……え? ほんとに?」
話を聞いてモリアンの声音には同情的な色合いが滲んでいた。
「三級魔術師って話に聞いていた以上に残念な存在なのね……」
モリアンから向けられた憐みの視線は、他の暴言なんかよりもずっと深く、シオンの心を痛めつける。
「……だからこそ、教えていただきたい」
しかし、そんな痛み、生まれた時からずっと抱えてきたもの。
劣等感を原動力にする心構えを、既にシオンは終えている。
「僕が宮廷魔術師になるにはもっと魔術について理解する必要がある。だから……僕に魔術を教えてください。モリアン先生!」
「いや、無理でしょ」
熱く語るシオンに対し、モリアンはどこまでも冷静だった。
「学園に通うつもりなのでしょうけど、三級魔術師はそもそも試験に合格できないと思うわ。現に三級魔術師が入学したって話は一度も聞いたことがないもの」
「…………っ」
「試験内容は複数あるけど、中には実戦的なものもある。魔力量は魔術の出力の差に直結するから、あなたにとっては絶望的に不利な条件ね」
これ以上の試験は無駄と悟ったモリアンは魔術を解除し、土兵を土へ還す。
「魔力量の高さはそれだけ魔力への抵抗力でもある。言っている意味が分かるかしら? 魔術戦になった時、あなたの魔術は誰にも通じず、相手の魔術をあなたは防げない。火系統の一級魔術師が相手だったなら、恐らくあなたは触れられただけで火達磨にされてしまうでしょうね」
「触れられただけで……」
「一級と三級にはそれだけの差がある。試してみましょうか?」
ざっ、と足を鳴らしてシオンに歩み寄るモリアン。
その手がシオンの腕を掴む。
「──『形成』」
「……うわああッ!?」
掴まれた二の腕が不自然に折り曲がったことに対し、反射的に悲鳴が上がる。
「心配しないで。すぐに戻せるから」
モリアンの言う通り、シオンの腕はすぐに元に戻った。
「分かったでしょう? 魔力量が少ないあなたは外部からの魔力に対し、抵抗力が低いの。形を変えることに特化した土系統の私の魔力だからこの程度で済んでいるけど、熱を操る火系統の魔術師に触られたら……」
「まさしく火達磨、というわけですか」
「そういうことね」
肩にかかった髪を払いながら、さらりと告げるモリアン。
シオンは自分が三級魔術師であるということの意味を、完全には理解できていなかったことを悟る。
自分が思っていた以上に、魔力量の差というのはハンデとなるのだと。
「魔術の道を諦めろってのはそういうことよ。魔術は戦うための技術なのだから、弱い魔術師に価値なんてないわ。それさえ理解できずにこの道を進むのなら……」
俯くシオンに対し、モリアンは冷たい口調で語る。
「──あなた、本当に死ぬわよ」
それはモリアンにしては珍しい、心からの忠告でもあった。




