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三級魔術師シオンの革命的魔術理論 ~出来損ないと呼ばれても魔術の道を究めてみせる~  作者: 秋野 錦
第一章 幼少年期篇

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第11話 二人の過去と未来


「お前、三級魔術師なんだってな!」


 いつか誰かに言われた言葉が暗闇に反響する。

 確かどこかの貴族専用パーティーに呼ばれた時のことだったと思う。


 貴族社会は実力主義の世界で、特に子供の間では分かりやすい指標が取りざたされやすかった。

 シオンは子供たちの間でバカにされ、仲間外れにされていた。


 難しい話をする大人たちにも混じれず、ただポツンと中庭で空を見ていた。

 曇り空が広がる空は面白くとも何ともなかったが、それでも眺めていた。


 そんな彼に……


「シオン、何をしているんだ?」


「……お母様?」


 声をかけたのはシオンの母、オリヴィアだった。


「もしかして……泣いていたのか?」


「……お母様、僕はできそこないなのですか?」


「なんだと?」


「さきほど言われたのです。三級魔術師の僕はできそこないだと」


「そんなことあるわけがないだろう」


「でも……」


 下を向くシオンの身体を、オリヴィアはそっと抱きしめた。


「何級だろうと関係ない。お前は私の宝物だ」


「…………はい」


 シオンが泣き止むまで、オリヴィアは彼の頭を撫で続けた。

 普段なかなか会うことができない母との交流は、シオンにとって特別な時間であった。いや、シオンだけではない。オリヴィアにとってもそれは変わらない。


「……シオン、魔術は好きか?」


「え……? どう、でしょう。考えたこともないかも」


「そうか。なら特別に見せてやろう」


 抱きしめたシオンの身体を、オリヴィアは更に強く抱きしめる。

 そして……


「──『超躍(ジャンプ)』」


 シオンの世界が、一瞬にして切り替わった。


「うわあ……っ!?」


 先ほどまでいた中庭から一転、シオンは空中にいた。

 落下を始める体に、思わず母の身体に抱き着かずにはいられなかった。

 いきなりの展開にぎゅっと目を瞑り固まるシオンへ、


「見上げてみろ! シオン!」


 オリヴィアが声を張り上げる。

 母の言葉を信じ、恐る恐る顔をあげると……


「どうだシオン! 実に美しい景色だろう!」


 ──そこには満天の星空が広がっていた。


 オリヴィアの魔術によって地上から、高度数千メートルの地点に瞬間移動させられたのだと、その頃のシオンには理解できなかった。

 理解できたのは……


「──美しい」


 ただただ、それを美しいと感じる自らの心だけだった。


「そうだろうシオン! この世界は自分が感じたことが全てだ! だから他人の言葉に一々惑わされる必要もない! お前はお前の心にだけ従っていればいい!」


 それは母から受けた初めてにして唯一の教えであった。

 真っすぐなこの母の言葉はシオンの心に深く刻み込まれることになる。


「自分の心に……従う」


 同時に、この時の思い出がシオンを魔術へ。

 ひいては宮廷魔術師への夢を思い描くに至るきっかけとなるのだった。



  ◇ ◇ ◇



「シオン様!」


 目を開くと見知らぬ天井とセバスの声が聞こえてきた。


「セバス……? ここは、どこだ……?」


「病院でございます。シオン様。ああ、まだ動かれないで。血を失いすぎてございます。急に動くとまた倒れてしまいますぞ」


「血を……? ああ、そうか……」


 そこまで聞いてシオンは何があったかを思い出す。

 調子に乗って豪遊したあげく、賊に目を付けられて襲撃されたのだ。


「なんとも恥ずかしい無様を晒したものだな。レウは無事か?」


「はい。シオン様のおかげです。レウ! いつまで隅っこにいるつもりだ! さっさとこっちに来て謝らんか!」


 セバスの叱責に、部屋の隅で縮こまっていたレウがびくりと肩を震わせる。

 それからとぼとぼとシオンの元へ歩み寄るとセバスに頭を掴まれる。


「守るべき主に守られるなんて従者失格であるぞ! ほら、謝れ!」


「……ご、ごめんちゃい」


「真剣に謝らんかッ!」


「だ、だってだって! シオンがレウの身体を押しのけたんだぞ! シオンが怪我したのはレウのせいじゃないぞ!?」


「まーだいうかこのガキぃ!」


「落ち着けセバス。高血圧で死ぬぞ。それにレウの言っていることは事実だ」


 レウに向けて振り上げたセバスの拳が空中で止まる。


「僕がレウを庇って銃弾を受けたのだ。レウに責はない」


「……まさか事実だったとは。シオン様、なぜそのようなことを……」


「さてな。気付けば体が動いていた」


 腹部に手を当て、当時のことを思い出すシオン。

 銃口はレウの背中に向けられていた。


 確実にかわすことはできないと、そう思った。

 思った瞬間に体が動いていた。


「死ぬとか危ないとか、そういうことは考えていなかったな。本当に咄嗟(とっさ)の行動だった。反省している。後悔はしていないがな」


「……シオン様。今回ばかりはきつく言わせてください。たかが亜人の奴隷を守るために御身を危険に晒すようなことは今後一切行わないで下さいませ」


「分かっている。だから反省していると言っただろう」


「後悔はしいていないとも聞いておりますぞ」


「……ご、ごめんちゃい」


「はあ……何はともあれ、命に別状がないようで安心しました。少し疲れましたので失礼ながら休ませていただきます」


 深々と礼をして、病室を出て行くセバス。

 残されたレウは気まずそうに尻尾の毛を弄っていた。


「な、なあシオン? レウのこと……怒ってないか?」


「ん? なぜ怒る必要がある? 先ほども言っただろう。この怪我はレウの責任ではない。むしろ安心しているところだ。レウが無事でよかったとな」


「…………」


 笑みを浮かべるシオンとは対照的に、レウは今にも泣きそうな顔を浮かべる。


「……どうした?」


「レウは……情けない人間だ」


 ぎゅっ、と服を握り俯くレウ。


「レウはお前のように思えなかった。自分にあたらなくてよかったとそう思った。お前はレウよりずっと弱くて頼りないのに……レウはお前に守られた」


「だからってレウが情けない人間ということにはならんだろう。そう思うのは当然のことだろうしな。僕だって深く考えての行動ではない。冷静に考える時間があれば同じようにしたかは分からんぞ?」


「それでも、だ。お前はこれまでちゃんとケーヤクを守ってくれた。なのにレウは守れなかった。それが悔しくて、情けないんだ」


 契約、と聞いてシオンはレウと交わした言葉を思い出す。

 レウがシオンを守る限り、シオンがレウの生活を保障する。

 二人が交わしたのはそういう契約だった。


「レウは守れなかった。だからもう、レウにはお前と一緒にいる資格はない……」


「レウ……」


 目元を必死に拭うレウ。

 だが、それでも零れる涙は隠しきれていなかった。

 そんな彼女に対し、シオンは……


「……なら、再契約だ」


「え……?」


 ベッドに横になったまま、レウに向けて手を伸ばす。

 あの日、始めてレウに会った日にそうしたように。


 しかし今度はシオンから強引に手を結ぶことはできない。

 差し出された無防備な手を、レウはただ茫然と見つめていた。


「もう一度、契約しようではないか。レウが僕を守る限り、僕もレウを守る。この内容ならもし次があっても気に病む必要はない。そうだろう?」


 シオンの語る内容に、レウはただただ目を見開くばかりだった。


「……い、良いのか? レウなんかで、良いのか?」


「自分のことをなんか、なんていうものではないぞ。自分の心は自分だけのものだ。ならば自分の一番の味方は自分でなければな。他人の言葉に振り回される必要はない。肝心なのはレウがどうしたいか、だ」


「レウが……どう、したいか……」


「ああ、そうだ。レウはこれからどうしたい?」


「レウは……」


 涙を拭っていた手を、レウは恐る恐る伸ばす。


「レウは……シオンともっと一緒にいたい! お前だけだったんだ! レウのことをきちんと見てくれたのは!」


 物心ついた頃、レウは両親に売られた。

 誰からも必要とされず、存在を認められなかったレウにとって、誰かに必要とされたのは初めての経験だった。


 種族としての誇りなんて言葉を口にしたのも、自分が独りではないと思いたかったから。どこかに属する存在であると思いたかったからだ。


 しかし、シオンはそんなレウの表面的な部分など見てもいなかった。


『僕は君が欲しい』


 シオンの言葉はレウの心を深く打った。

 その時は怖くて取れなかったシオンの手に、今、レウは手を伸ばす。


「だから……レウを、シオンの従者にしてくれ!」


「……ああ。分かったよ、レウ」


 触れ合う指先で、互いの熱を感じ取る。

 今、ここに確かに存在しているのだと分かる。


「……契約、成立だな」


「──あいっ……!」


 ゆっくりと絡み合う指。

 互いに形を確かめ合い、固く握手を交わす。

 その時にはもう、レウの瞳から涙は消えていた。

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