第10話 王都豪遊
「今日は天才魔術師シオン誕生の日である! 好きな物を好きなだけ買うと良い! 父が許さずとも、この僕が許す!」
「流石でございますシオン様! わたくしめは『石の煌めき』が販売する最新式の懐中時計が欲しゅうございます!」
「良いだろう! 10個買え!」
「レウは美味しいもの食べたいぞ!」
「構わん! いまから夜まで食べ歩くぞ!」
数時間かけて契約を結んだ後に、シオン一行は王都の街を豪遊していた。
その浮かれっぷりは周囲から見てもかなり浮いているものだった。
それもそのはず、契約にあたり頭金としてもらった額だけでも学園に入学が叶う額だったのだ。
今までに見たことがない大金を前に浮かれるなという方が無茶な話である。
「うぷ……食べ過ぎたぞ……」
「気分が悪いなら僕にもたれかかると良い。なに、吐いたとしても構わないさ。替えの服ならいくらでも用意できる。なにせ今の僕は金持ちだからな!」
はーはっは! と高らかに笑うシオンは完全に調子に乗っていた。
だからこそ、その事件が起きたのはある意味で必然だったと言えるだろう。
「……シオン様」
「ん? なんだセバス。耳打ちなんてして……」
「尾行している者がいます。詳細な人数までは分かりませんが複数人かと」
「……なんだと?」
「振り返らないでください。感づかれます」
咄嗟に背後を確認しようとするシオンをセバスは静止する。
「……何が狙いだ」
「どこかで我々を見ていたのでしょう。恐らくは金銭の類かと」
「まあ、それしかないか……」
ただでさえ身なりの良いシオンはどこからどう見ても金持ちだ。
もっと周囲に警戒するべきだったと、今さらながら思い至る。
「撒けるか? セバス」
「やってみましょう。次の路地を左へ」
セバスに合わせ、進む方向を変えるシオンたち。
「今です。走りますよ」
追跡者の視線が外れたと思われるタイミングで駆けだす。
背後から男たちの大声が聞こえて、追跡者の存在がシオンにもはっきりと感じられた。
「はっ、はっ、はっ、はっ……!」
シオンは運動が得意ではない。
ずっと家の中で引きこもって勉学ばかりしていたのだから当然である。
走り慣れていないシオンは数10メートル走っただけで既に息が上がっていた。
「レウ! シオン様の後ろへ! 何があってもシオン様だけはお守りしろ!」
「あ、あいっ!」
複数人の足音が路地に響く。
シオンからしてみれば永遠にも感じられた追いかけっこだったが、実際にはすぐに終了した。
「止まりな!」
「…………っ!」
前方に回り込まれてたシオンたちは挟み撃ちになる形で逃げ道を防がれる。
前方から3人、後方からは4人。
体格の良い男たちがじりじりと詰め寄ってくる。
「要件は分かってるな? 命が惜しければ金目の物を出しな」
その中でもリーダー格にあたるのか一人だけ帽子を付けた男がシオンたちに呼びかける。
先ほどまで堂々と交渉に応じていたシオンも、この時は緊張で何も言えなくなっていた。
「分かった。金は渡す。だから我々に手を出すな」
代わりに声を出したのはセバスであった。
「なんだ、物わかりの良い爺さんだな」
「……受け取れ」
セバスは男たちとシオンの間になるべく体を挟みつつ、金貨の入った袋を地面へ放り投げる。
そしてゆっくりと脇に逸れるようにシオンを連れて逃げ出そうとするが……
「待て。まだ何かあるだろう」
「それで全部だ。嘘はついてない」
「信じられないな。そこを動くな」
帽子の男はシオンに歩み寄ると、小さな体に手を伸ばす。
「──身体検査だ」
その手がシオンに触れる。その瞬間……
「シオンに……触るなっ!」
後ろから飛び出したレウが男の腕に嚙みついた。
「ぐあッ……! このガキ……!」
「いけない! シオン様!」
男がナイフを取り出すと同時に、セバスはシオンの身体を背後へ押しやった。
その衝撃で尻もちをつくシオンの前で、セバスは体を捩じり、回し蹴りを放つ。
「──はッ!」
一撃目は男のナイフを弾き飛ばし、二撃目で男の鳩尾を正確に蹴り抜く。
急所に入ったのか、男は白目を剥いてその場に倒れていった。
「な、なんだこのじじい! 滅茶苦茶強ぇぞ!」
「執事たるものこのくらい……はッ!」
近くにいた二人目を前蹴りで吹き飛ばし、三人目には手刀で対応する。
明らかに訓練された者の動きで無双するセバス。
「……美しい」
その洗練された動きは思わずシオンが唸るほどだった。
「セバスは強い! こんな連中相手にもならんぞ! それより逃げるぞシオン!」
「あ、ああ。そうだな!」
差し出されたレウの手を取り、起き上がろうとするシオン。
その瞬間、レウの肩越しに何かを構える男の姿が目に入った。
そして……
──パンッ──
聞き慣れぬ破裂音が周囲に響いた。
「おまっ……何やってる新入り! こんな街中で……」
腹部にかかる重い衝撃。
ぬるりとした嫌な感触が下腹部を伝う。
「──銃なんて使ってんじゃねぇよ! バカが!」
叫ぶ男の声がどこか遠く聞こえる。
「シオン様……!」
あれはセバスの声、か……?
「シオン!?」
耳元のレウの声さえ、どこかぼんやりとしている。
「お前、なんでだ!? なんで……レウをかばった!?」
ひんやりとした感触が体の背面に伝わる。
いつの間にか倒れ込んでいたらしい。
(あれ、僕は……どうなった、んだ……?)
衝撃のあった腹部に手を当て、眼前に持ってくるシオン。
「ちっ、警邏の連中に銃声が聞こえたかもしれねぇ! さっさとずらかるぞ!」
男達の足音を振動と共に感じながら倒れるシオンは自らの手を見た。
べったりと血の付いた、自らの手を。
それが意識を失う前に見た、シオンの最後の光景だった。




