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三級魔術師シオンの革命的魔術理論 ~出来損ないと呼ばれても魔術の道を究めてみせる~  作者: 秋野 錦
第一章 幼少年期篇

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第9話 僕と契約して億万長者になってよ!


 セト・ブラウニーは出版ギルド『紙々の集い(オリヴァーン)』で働く平凡な職員であった。

 今日もいつものように出勤したセトは上司から驚愕の一言を受けることになる。


「前に連絡をもらった貴族の御子息が来られている。セト、お前対応して来い」


「え……っ!?」


 貴族の誰かがギルドを訪れることは少なくない。

 そして、その要件はたいていが理不尽な内容である。


 機嫌を損ねると、その領地で発行物が販売できなくなる可能性もあるため無下にもできない。

 職員からすると厄介な案件だった。


 上司にイヤとも言えず、押し付けられる形で応接室に向かうセト。

 その足取りは海底を歩いているかのように重かった。


「失礼いたします」


 いつもの数倍気を使って応接室に入室したセトはまずそこに獣人の少女がいることに驚いた。

 眠そうな目でうつらうつらと船をこぎ始めている少女を隣に立つ初老の男性がチョップしたあたりで、すっと立ち上がる少年の姿が目に入る。


「初めまして。シオン・ロス・シルフィードだ」


 堂々とした態度の少年の名乗ったロス、という名字に思わず背筋が伸びる。

 貴族の名乗るミドルネームはその地位を示す。


 ロスとはこの国で王家を除き四番目に高い位にいる伯爵家を示す名前だ。

 地位としては中間くらいだが、そのくらいに位置する人間の絶対数で数えると上位10%に入る程に希少な位の持ち主である。

 つまり、そう簡単にはあしらえない相手、ということである。


(しかもまだ、ほんの子供じゃないか……!)


 一体、どんな厄介ごとを頼まれるのかと内心で頭を抱えるセト。

 しかし、職業人として顔に出すことは許されない。


「この度はご連絡をいただきまして誠にありがとうございます! 早速ですが、この度はどういったご用件でしょう?」


「うむ。実は御ギルドに買い取ってもらいたい魔術があってな」


「なるほど?」


 尊大な態度だなぁ、と思いつつ丁寧に対応するセト。

 シオンの持ち込んだ書類に目を通しつつ、彼の語るビジネスモデルを聞く。


 最初はどんな美辞麗句でご機嫌を取ろうかと考えていたセトだったが……

 シオンの話を聞き終わる頃には、まるっきりその意識は変わっていた。


「この術式があれば今よりも遥かに安価で、かつ迅速に出版物が作れるはず。どうだろう、僕と契約して億万長者になるつもりはないか?」


 堅苦しい契約の場に、シオンはあえてジョークを持ち込んだ。

 過度な緊張は人の判断を硬化させるからだ。


 実際、この術式がどれだけの利益を生み出すかシオンには分からない。

 学園への入学に必要な2000万コル程度は稼がせてもらいたいところだが、流石に億万長者は言いすぎだろう。


 にこやかに営業スマイルを浮かべるシオンに、セトは真面目な表情で向き直る。


「億万長者なんてとんでもない」


「はっはっは、分かっているとも。流石にそこまでは……」


「この魔術にはそれ以上の価値がありますよ! シオン様!」


「……え?」


 ぽかんとした表情を浮かべるシオンに、セトは鼻息荒く語りだす。


「この魔術が普及すれば、製造速度は今の10倍にはなるでしょう! つまり売り上げが10倍に伸びるということです! いや、実際は需要限界がありますからそう単純な計算ではないでしょうけど、それに近い数値は出るはずです!」


「お、おお?」


「今のギルドの総売り上げから概算し、シオン様の提案にありました5%の魔術使用料をお支払いすると仮定した場合……シオン様に支払われる年間使用料はこちらになります」


 さらさらと手元にあった紙に金額を示して出すセト。

 そこに書かれた金額を見て、シオンは目玉が飛び出るかと思った。


「にじゅっ……!?」


 椅子から転げ落ちそうになるところを、シオンは何とか踏みとどまる。

 後ろで話を聞いていたセバスも、珍しく口を開けて驚いていた。


「? なあ、セバス。これってどれぐらいすごいんだ?」


「……単純計算でレウが1万人買える額です」


「いちまん? ってどれくらいだ?」


「……とにかくたくさんですね」


「なるほど! それはすごいな!」


 この場で一番冷静でいられたのはもしかしたらレウだったかもしれない。


「これほどの規模となると私の一存で契約はできません。なので、すぐにギルドマスターを呼んできます。申し訳ありませんが暫し! 暫しお待ちを!」


 何度も頭を下げながら退出していくセトを尻目に、シオンは目の前の書類を呆然と見つめていた。

 まさかここまで高く評価されるとは思っていなかった。


 貴族として多額の物品に囲まれて育ったシオンの金銭感覚からしても、あり得ない報酬額だ。

 まるで夢でも見ているかのように現実感がない。

 だが、それでもはっきりとしていることもある。


「……やはり、魔術の持つ可能性は途方もなく恐ろしいな」


 今だ見えぬ魔術の深淵。自分が3年で辿り着いた浅瀬でもこれだけ世界を変える力を持っている。

 もしももっと深く深く潜っていったなら……


 ──一体そこにはどんな景色が待っているのだろうか?


 想像するだけでシオンの身体にゾクゾクとした快感が走る。

 この時、既にシオンの脳は魔術の魅力にどっぷりと焼かれ始めていた。

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