その老紳士は世界はもうすぐ滅びると言った
とある休日の昼頃に青年が一人、することもなくなりなんとなくテレビをつけるとちょうどニュース番組がやっていた。そのニュースではつい先ごろ起こった凶悪な通り魔事件についての報道がなされていた。
「最近こんな事件が多いなあ」
青年はそう呟くと、まるで末法の世だなとそんなことを考える。
そうしてニュースを眺めているとチャイムが鳴るのが聞こえてきた。なにか荷物でも届いたのかと思った青年はソファから立ち上がると玄関へと向かう。
玄関のドアを開けてみるとそこには見覚えのない一人の老紳士が立っていた。どこかで会ったことのある人かと青年はその顔をじっと見つめるが、しかしまったく思い出せない。
「ええっと、どなたでしょうか?」
青年の言葉に老紳士はペコリと一礼すると、怪しいものではございませんと言い、いまお時間はございますか? と丁寧な口調で尋ねてきた。
暇を持て余していた青年は時間ならありますが、と答えてからもう一度その老紳士の姿をよく観察してみる。
見たところ怪しい点のないその老紳士は青年の答えにそれは良かった、と言うと持っていた鞄から一つの小冊子を取り出して青年の方へと渡してきた。
受け取った青年がその冊子に目を落とすと、その表紙には「世界が終わる前にできること」と書かれており、天国と地獄を思わせる絵が表紙の上下に描かれていた。
「ははあ、つまりは宗教勧誘か」
冊子を見た青年は思わず馬鹿にしたような口調でそう呟く。
老紳士は青年のそんな態度にも怒ることなくある意味ではその通りですねと頷き、このことに関して説明させていただいてもよろしいですか? と聞いてきた。
普段は宗教勧誘などすぐに追い返してしまう青年ではあるのだが今日はとにかく退屈であったし老紳士の言う「ある意味」という言葉が気になったので詳しく話を聞いてみることにした。
そこから老紳士は、ある日突然にインスピレーションを得てこの世界がもう少しで終わってしまうことを知り、そして政治、経済学、気象学、その他ありとあらゆる観点からいまの世界を調べてそれが事実であるという確信を得た、という話をし始めた。
話の合間に自身で集めたというその証拠をどんどん提示してくるが、青年には話が難しすぎてよくわからないことではあった。だが、ただならぬ説得力を持っていることだけはたしかだった。
青年が老紳士の話、世界が滅びるという話を信じて震え始めた頃、老紳士は急に口調を明るく変えてこう言った。
「しかし同時に私は世界が滅びたあとに天国へと行ける方法のインスピレーションも得たのです」
それはどういう方法だと勢い込んてま尋ねる青年に向かい老紳士はこう告げる。
「いまからでも人を助けて善行を積んでください。それだけで十分です」
話し終えた老紳士が帰ったあとの部屋に一人残された青年は先ほどの話をぼんやりと考えていた。真に迫った話だった。本当にこの世界は滅びてしまうのだろうか。
そういえば老紳士が来る前に聞いたニュースでも凶悪な事件のことを報道していた。あれも世界の滅びる前兆のようなものなのだろうか。
そんなことを考えている内にふとあることに気がつく。老紳士は世界が滅びることに関しては様々な証拠を提示してくれていた。だが、天国の存在とその行き方に関しては証拠もなくただただ言葉で告げただけだった。
それはつまり、本当は天国なんてないんじゃないのか? 世界は本当に滅びるとしても天国に関してだけは老紳士の妄想なのではないのか?
やがて日も落ちて暗くなった部屋の中で青年は一人であることを決め、そしてニヤリと笑った。
地獄の底にて、一体の悪魔が地上のニュース番組を見てニヤニヤと笑みを浮かべている。それは一人の青年が凶悪な事件を起こして捕まり、死刑に決まったということを報道していた。
ニュースが終わると悪魔は紳士のような格好に着替えると次の獲物を探しに地上へと向かう。
地上は今日も滅びる様子などなく、ほとんどの人にとっては平和そのものの様子で一日が始まろうとしていた。
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