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妖精に願い事を叶えてやると言われたので、悪玉コレステロール対策をお願いしてみた

作者: 河辺 螢

※ 特定の商品をほのめかすような表現がありますが、表現上必要であり、CMではありません。効能は人それぞれなので、ふと思いついて試す気になっちゃったかたは、自己責任のもと注意書きを正しく読んでお試しください。




 公園でよく会う猫が獲物を追い詰めていた。壁際を向いて身をかがめ、今にも飛びつこうとしている。ネズミかスズメかな…。

「おーい、ニャン太郎」

 私の声を聞いて、ハンティング中の猫、通称ニャン太郎が振り返った。

 そのすきに生き物は逃げ出そうとしたけれど、それより早くニャン太郎が振り返ってジャンプし、両手で押さえつけた。鋭い爪のついた前足でしっかりと押さえつけられた生き物は、起き上がることもできずジタバタしている。


「ニャン太郎、そんなの相手にしてないでさー、いつもの、いる?」

 持っていた買い物袋から、さっき買ったばかりの魚肉ソーセージを出すと、ニャン太郎は簡単に獲物を解放し、しっぽをピーンと立てて私の方にかけてきた。

 ニャン太郎は時々公園で見かけるなじみの野良っぽい猫で、いけないと思いながらもついついおやつをあげてしてしまう仲だ。


 狙われていた生き物はいなくなっていた。無事逃げ出せたようだ。どうせ食べもしないのに面白がってハンティングしてたんだろうなあ。猫ってそういうとこ、あるから。


 ぴっちりとしてむきにくいオレンジのパッケージを指先で裂き、ちょっとづつちぎってニャン太郎に差し出しすと、はむはむはむと顔を左右に傾けながらかじっている。四分の一ほど食べ終わるとニャン太郎はあっさりと立ち去った。今日はあれで満足だったみたい。どっかでおいしいもの食べた後だったのかな。足りない時はもうひとスリスリしてくるんだけど。さっきの獲物のことは完全に忘れてしまったみたいで、公園の奥の団地の方に消えていった。



 家に帰り、昨日の残りの煮物で簡単に夕食を済ませることにした。今日は新刊コミック三冊買ってきたから、さっさと食べて読みふけるぞ。


 鞄から本を出して机の上に積んでおき、茶碗を洗って戻ってきたら、本の上に変なのがいた。

 …小さい、おっさん?

 頭にサンタクロースのような三角帽子(赤じゃなくて茶色だけど)を被った、350mlのペットボトルくらいの高さのおっさんが本の上に座っていて、私に手を振ってきた。

 驚いたけど、不思議と恐くはない。


「さっきは助かったわい。ありがとなぁ」

 さっき、と言われても、心当たりがない。

「よ、…妖怪?」

「妖精と言うてほしいんじゃが…」

 要請?…陽性? …! 妖精!!

 うおおおお、人生初のトンデモ現象に、おっさんをしげしげと眺めてしまう。

「さっき、ネコから助けてくれたじゃろ」

「ああ、あのネズミ!」

「…ネズミじゃない、妖精じゃ。まあええわい。…なんか、いい匂いがするのう」

 ついさっきまでご飯を食べていたんだけど、丁度お皿を片付けたところ。もうちょっと早く出てくればいいのに。

「ごめん、ご飯終わっちゃった。クッキーならあるけど」

 買い置きのピスタチオの入ったクッキーを袋から出し、手渡すと、両手でドデカクッキーを抱え、がぶりとかみついた。

「こりゃうまい」

 妖精のおっさんはクッキーがお気に召したようで、くずを周りにこぼしながらもりもり食べている。

 ペットボトルの蓋にお茶を入れると、

「おお、すまんのう」

といって、飲みにくそうにしながらも口をつけた。

 小皿を取ってきて、クッキーを小さく割って小皿の上に置くと、破片から落ちてきたピスタチオを拾って、リスのように頬張った。

「うまいのう、うまいのう」


 おっさんがお皿の前に座り込み、のんびり食べている間に今日買ってきた本を手に取り、クッキーのくずを払い、ぴっちり覆われたナイロンを剥いてページをめくった。おっさんより続きが気になる。

「ごっそーさん」

 クッキー一枚分をペロリと平らげると、小さなおっさんは満足そうにおなかを撫でながら足を投げ出した。食べ終わったらとっととどこかにいなくなると思ってたのに。横目でおっさんをちらりと見ると、おっさんはにっこりと人の良さそうな笑みを見せてこう言った。

「親切な娘さんじゃ。お礼に願い事を叶えてやろう」


 おとぎ話では良くある展開ながら、現実世界でそうそうそんなおいしい話がある訳がない。本の間に挟まっていた広告をしおり代わりにして読みかけの本を閉じ、小さいおっさんに

「べつにいいよ。気にしないで」

と答えると、おっさんは不服そうな顔をした。

「何じゃおまえ、妖精の恩返しを無にする気か? あとで『やっぱりお願い事があったー』とかほざきよっても聞きゃあせんぞい」

 そう言われると、せっかくのファンタジー・チャンス、試してみないのももったいないかもしれない。

「それじゃあねえ…」

 かといって、こんなちっさいおっさんにできること、あるだろうか。

 今気になること。うーん。


「ちょっとおなか周り、痩せたい、とか?」

「痩せたい? 腹一杯おいしいものを喰いたいと言われたことはあるが、痩せたいとな? 一体どういうことじゃ? 痩せたいなら、喰わなければ良かろうに」

 そういうごもっともで全く意味のないことを言われてもねえ。

「おいしい物は食べたいでしょ? 我慢して痩せるってのは、別にお願いしてすることじゃないじゃない。検診でさあ、悪玉コレステロールの値が悪かったんだよねー。その辺から改善できたら」

「…悪玉? こ、これ捨てろ?」

「血の中からばあああっと悪玉のコレステロールだけ減らしちゃうみたいなこと、できない?」

 私の説明に、おっさんは完全にフリースしていた。


「血…? 血の中に捨てにゃいかんもんがあって、それがおぬしには見えておるのか?」

「い、いや、別に見えてる訳じゃなくて、血液検査したら数値を教えてもらえるんだけど、その数値が下がればいいなあって」

「…ようわからんのう」

 …だよねー。こんなおっさん妖精へのお願いは、もっとシンプルに、わかりやすいものでないと。

「ごめん、じゃ別のことを」

「いや、願い事として一番に言ってきたということは、切実なのであろう。その願い、叶えよう」

 きらりーんと光る鋭い目。あ、スイッチ入っちゃった?

「悪玉のこれ捨てろと言われているものを、わかりやすく説明せい」


 説明って…。

「多分、体の中の脂肪分が、なんか、血の中にいっぱい溶け込みすぎて、なんか、将来的に血管が詰まったり、健康に良くないようなことがあるって、そんなことを、…聞いた、よう、な」

 自分でも大してわかっていない依頼をしてしまったと気づき、スマホで検索。

 何だっけ? 悪玉コレステ、体脂肪、…おなか周りは内臓脂肪だっけ? 高脂血症?

 私がスマホに文字を打ち込むのを、いつの間にか私の肩に乗ったおっさんがじっと見ていた。


「これは何じゃ」

 …そこからか。

「これはスマホって言って、ここの窓からこうやって文字とか入力すると、インターネットで世界中の情報を検索して、色々教えてくれる便利なもので…」

  悪玉コレステロール 減らし方  「プチ」っと検索。…

「『適度に運動』せいと書いとるわい」

 わかってるわ!

と叫びたくなる気持ちをぐっと抑えた。


 ええ、ええ。インドア派の私にとって、一番のアドバイスは適度な運動でしょうよ。

 そう言われて、はい運動しまーす、っていう素直な私なら悩みはしないのよ。

 そもそも、今まで太ってるなんて言われたことなかったし、それなのにおなか周りは最近すくすくと充実してきてサイズアップ、血液もドロドロって言われて、気になっているからちょっとお願いできたらなーなんて思ってみただけで…。

 妖精への願い事なんて、無駄な独り言と一緒だったわ。はぁぁぁぁぁぁ。

「どうせ妖精に言って何とかなるもんじゃないと思っていたし…」

 溜息交じりのこの一言が、妖精のおっさんには気に入らなかったらしい。

「妖精を舐めるなー!」

 そう叫ぶと、おっさんは突然光に包まれ、私のスマホの検索窓の中にすーーーっと引き込まれていった。


 まるで何もなかったかのように部屋は静まり、机の上には数粒のクッキーかすがついた小皿が残されていた。




 ただの妄想? ただの夢?

 あれから三日経ったけど、その後妖精に会うことはなかった。その間ニャン太郎は一度見かけたけど、満腹だったのか愛想も振ってこなかった。


 仕事から帰り、のんびりしていた夜の七時頃、ピンポーーーンと呼び鈴が鳴った。

「宅配便でーす」

 特に何も頼んだ覚えがないのに荷物が届き、着払いじゃなかったから受け取ったけど、

 健康茶? 1ケース?

 あれ、これCMでやってる、トクホのやつじゃない?? 


「ふはははは、無事届いたか!」

 声のした方を見ると、あの妖精のおっさんがとことこと歩いてきて、箱の上に乗っかった。

「熱湯の中をうろついておったらのう、これが結構効くらしいんじゃ」

「…はあ」

 熱湯…。ネットか。

「おぬしがこの時間には帰ってくると知っておったからのう、受取時間をちゃんと指定しておいたぞ。わしはえころ爺なんじゃ」

 えころじい…。そうですね。

「これを飲むとな、これ捨てろの仲間を砕いてくれるらしいわい。たーんと飲め」

「…いや、あの、まさか、これ、ポーションに近いとか、思ってる? 即効性、ない、よね?」

 おっさんは自慢げに手を腰に当てて胸を張った。

「すぐ効くと言って売りつけてこようとした奴もおったが、そやつの心は真っ黒じゃった。しかも何やら体に良くないもんが入っておったしのう。そんなもんをおぬしに飲ませる訳にはいくまい」

 おおお、相手の心を読めるし、物の良し悪しの判定もできるんだ。さすが妖精。ちょっと感心した。

「これでおまえさんの願いは叶ったのう。ふぉっふぉっふぉ!」


 得意げに高笑いする妖精。だがしかし、

「…待てい」

 私は騙されない。

「私の願いは、健康茶を手に入れることではない。コレステロールを下げることだよ。…これ、確実に下がるの?」

「数週間は飲み続ければ効果が期待できると…」

 …そういうCM、やってたね。

「飲んでみるのは、悪くない。せっかくだから試してみるけどさ。…これのお代は?」

「お代?」

「よく見ると、ネット通販サイトから、私が依頼したことになってるじゃない。お金払わないと買えないでしょ?」

「おお、ぽいんととやらがたまっておってな、それで送ってくれたぞ。金は使っておらんぞい」

「私のポイント!」

 くっそじじいいいいいいいいい!

 私はおっさんの胴体を握りしめた。

「くぉら。何勝手に人のポイント使ってんだよ。私のポイントで勝手に品物購入して、願いを叶えただと? あん? ただの買い物代行じゃん! しかもまだ効果はこれからじゃ、叶うかどうかもわかんないじゃん! この腐れ妖精が!!!」


 怒りすぎて危うく妖精のおっさんを握りつぶすところだった。いかんいかん。冷静になれ。

 …所詮は世の中においしい話はないって事だよ。

 そもそも血液検査なんて、妖精にわかる訳ない。

 痛いのを治すとか、食べ物を施すとか、目の前の魔物を倒すとか、そういう具体的なことならともかく、ちっちゃいだけのおっさんに自分もよくわかっていない事をお願いしたところで、何とかなる訳ないじゃない…。


「もういいや。願い叶ったことにしてくれていいから、もうどっか行って。バイバイ」

 私の言葉におっさんはがっくりと項垂れ、とぼとぼと歩いて行くと、人のスマホを勝手にいじっていつ覚えたんだかPINを入れてロックを解除し(こらっ!)、検索窓からどこか見知らぬWeb世界の彼方に消えていった。


 変なもんを助けるのはやめよう、そう心に誓った。




 ところが。

 あれ以来、二日に一度妖精のおっさんは私が家に戻るのを見計らってスマホから飛び出してきて、夕食をねだり、健康茶をちゃんと飲んだかチェックするようになった。

 買い置きがなくなりそうになったら

「効きめが出るまでの期間は飲まんとわかるまい!」

と追加購入させられた。今回は勝手にポイントは使わず、安売りしてるお店を教えてくれたに留まったけど、ただの押し売りじじいか? どこぞの企業が送ってきた新たなAI戦略じゃないだろうな。


 まあ、劇的な変化はないけど、多少は効果がある…かな? と思える程度にはなったような、ならないような…。

 過度な期待は禁物だ。パッケージにも書いていた。

「健康にはバランスの良い食事と適度な運動」

と。



 妖精のおっさんは健康情報よりも巷の噂話やら、事件の真相やらが面白いらしく、いろんな情報をニュース番組のように教えてくれた。錬金術を思わせる化学式だとか新しい物質形成だとかには一切興味なく、自分で特効薬を作る気なんてないみたい。根っからの文系か。


「次の流行はこのピンクのキリンじゃと熱湯仲間が教えてくれたわい」

 そう教えてくれた一週間後、確かにピンクのキリンマスコットがバカ売れしてた。

 そういう情報をかき集めたら、投資とかで金儲けできるのかな、なんて思ってもみたけれど、なんかめんどくさくて、

「ふーん」

と聞くだけの怠惰な私。妖精の力を活かし切れていないとは、自分でも思う。


 夕食を期待するおっさんが、調理中の私の肩に乗ってきた。

「今日は唐揚げだよ」

「また油もんをとりよって。まあ、唐揚げはうまいからしょうがないのう」

 鶏のもも肉についている脂肪をそぎ取っていると、

「そこは喰わんのか?」

と手元を覘き込んできた。

「…多少でも脂っぽいところを取っておきたいじゃない? …余計なこと言わなくていいよ、無駄な抵抗だって自分でもわかってるから」

「ふむ。…おまえの腹のそれも取っちまえばええんじゃないか?」

 !!

「それだー!」


 ようやく言いたかったことが通じた!

「よし、それじゃ手っ取り早く」

 何の打ち合わせもなくいきなり脂肪を取ろうとしたおっさん。

 やな予感がして、

「ちょっとちょっと、何でも全部取ってしまえばいい訳じゃないよ、胸削ったらコロスからね!」

と脅し、とりあえず腹回り、できれば気になる太もも辺りも、筋肉や内臓に鶏肉のようにへばりついている脂肪を取れるか聞いてみたら、

「ほうほう、それならできるわい」

とにっこり。

 妖精のおっさんがふん、と全身に光をまとい、私の腹を指差すと、指先から金色の光がキラキラと流れ出てきて私の体を包み込んだ。

 ものの数秒で、気になっていたウエスト周りがすっきり…。

 いや、これは、成功なんじゃないですか??

「やったー!」

 イッツ・ア・ファンタジー!


 懲りることなく、罪悪感を楽しみながらできたての唐揚げを一緒に食べ、今日はビールも振る舞って、笑顔でスマホの中に消えていく妖精のおっさんに手を振った。

 ようやく願いを叶えてもらった。これでおっさんも心置きなく私の元を去れるだろう。

 おっさん、ありがとう! バイバーイ!




 が。

 その後も気まぐれにおっさんは現れ、夕飯をねだり、世間話をして帰っていく。

 ニャン太郎と変わらないレベルでお世話しているけれど、ニャン太郎と違うのは、腹立つことを交えながらも役立つ情報を教えてくれること。


 私の本棚を見ながら、

「おや、まだ『黄昏時の約束』の三巻、買っとらんのかい。おとといが発売日じゃったのに」

「え、気付いてなかった!」

「プチッとしとこか、プチッと? 明日ならポイントが倍じゃ」

「いや、あれは楽しみにしてるやつだから。今から買いに行ってくる!」

 迷うことなく上着をつかんで、急いで家を出る私を、

「動け動け、健康にいいぞぉ?」

とおっさんは笑顔で見送った。










お読みいただき、ありがとうございました。


健康第一。

誤字ラご容赦。



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