休息時間
いつもはすぐ着くはずのジャンヌの家までの道のりが今日ばかりは遠く感じた。
長髪メガネ・改、もといワートルラーデの襲来や日々の訓練、それにジョルジュの治療・・・濃厚な時間を過ごしたルイーゼは、久しぶりに早めに帰ることができていた。
「ジョルジュさん、大丈夫かな」
ぼそっと呟いた言葉は、あっという間に消え、見覚えのある門が見えると少しほっとした表情になり、少し足が前に進む速度が上がっていくような気がした。
「ルイーゼ様、おかりなさいませ。今日はお疲れのようですね」
「ただいま戻りました。皆さんの笑顔が癒しの時間です。ありがとうございますーふわぁぁ・・・」
笑顔で迎えてくれたメイドの笑顔に癒されて、ふにゃふにゃになると私は、たちまち眠気が襲われ、家に帰ってからの光景は、ぼんやりとした記憶しか残っていなかった。
お出迎えをしてくれたメイドたちの顔をみた瞬間に緊張の糸が解けてしまったルイーゼは、どっと疲れが身体中を駆け巡り、どんどん瞼が重くなり、急に足の力が抜けていくようにぺたりと玄関の絨毯に座りこんでしまった。一瞬驚くメイドたちだったが、すぐにルイーゼを抱え、部屋に運んでいった。
規則正しい寝息をしているルイーゼをメイドたち数人がかりで湯浴みを行い、全身マッサージに香油を塗りこみ、日々の疲れを吹っ飛ばすために時間を割いてくれた。時折、気持ちいいのか口角が上がりながらも瞼が一切開かずに寝ている姿をみて、メイドたちは休めるようにと懸命に尽くしてくれた。
いつも以上にふかふかに感じたベッドに入ると、夢を見ることなくぐっすり寝た。
それはぐっすりと・・・
朝を迎え、カーテンの隙間から差し込む朝日がルイーゼをまどろみの外から呼んでいるように思えた。
窓から見える庭の木々には小鳥たちが立ち止まり、朝の会話を楽しんでいた。
「んん、っよく寝たぁー!」
ふかふかのベッドの上で全身を全力で伸ばすと同時に、ノックの音が聞こえた。
ルイーゼは服のしわや髪の毛を手櫛で整えると、いつもの明るい笑顔で朝の挨拶をしてくれたメイドたちに朝の爽やかな挨拶をしてくれた。
「ルイーゼ様、おはようございます。とてもお疲れのようでしたね。お身体はいかがですか?」
流れるような所作で私の体調を気遣い、水差しからコップに水を入れて渡してくれる神業に圧倒されながらも、そういえば、昨日疲労困憊であったことを思い出した。
「お陰様でたっぷり眠ることができました!昨日は、帰ってきてからあんまり覚えていなくて・・・なにかご迷惑をおかけしていなければいいのですけれど・・・」
これは本心だ。なんとなく覚えているようで詳細は覚えていない。
まさか途中で寝てしまったなんてことはないと思うが、やはり謝っておくのが一番いいだろうと私は思った。もらった水を一口飲むと、爽やかなレモンのような柑橘の香りがすっと香るものだった。口がさっぱりして、非常に爽やかな気持ちにもなれた。
ジャンヌさんちのメイドさんたちは、絶対に優秀だと思う。
「よく覚えていらっしゃらないのも無理はないですわ。一昨日、レオン様のところからお帰りになって、すぐに眠ってしまわれたんですよ」
「えぇ?!」
ふふふと上品に笑う仕草がキレイだったが、それ以上に寝てしまったということに驚いた。
すぐに眠くなってしまったということは?まさか・・・寝ながらの私にいつものマッサージなどをしてもらったということか?!
ルイーゼは、すぐに姿勢を正し、恐る恐る質問をした。
「まさか、私は呑気に寝ながら、皆様の温かいおもてなしを受けたということでしょうか・・・?」
ルイーゼの質問にメイドたちは笑いながら釈明をしてくれた。
「とても気持ちよさそうにしていらして、私共は非常に嬉しかったんですよ。とてもやりがいのある時間でしたので、むしろ感謝をしているくらいです。少しでもお疲れは取れていらっしゃいますか?」
「はい!身体が軽くてとてもスッキリしています、本当にありがとうございます!少しでもこの御恩をお返しできるようにしますね!」
拳をぐっと握り、自分の意思を魅せるようにしていると、ふとおかしい感じがした。
一晩ぐっすり寝ていたと思っている私だが、なにやら、一昨日という言葉が聞こえてきた気がする。
「ちょっと待ってください。いつレオンのところから帰ってきたと言いました?」
「一昨日です」
なにか疑問でもあるのかと首をかしげながらメイドは言った。
「私、二日も寝ていたんですか?!」
夕食に朝昼晩と4回もご飯を食べ損ねてるし、無断欠勤では?!
それにしても二日も寝ていたけど、全然身体痛くないな・・・やっぱり疲れてたんだな。
「本当にお疲れになっているのだと思っておりましたし、レオン様も起きるまで寝かせておいても大丈夫と言ってくださっていましたので。それにジャンヌ様も心配しておいででしたが、お顔をみて安心したご様子でした。今のお顔もスッキリしているようで安心いたしました」
そう言ったメイドさんは本当に安心したような表情をしていた。
「今日は、お休みにされますか?」
「いえ、身体はスッキリしていますし、またレオンのところに働きに行かないと!」
無断欠勤じゃないにしろ、休んでしまったことは謝罪しないといけないし、ジョルジュさんの容態も気になるところだ。
「かしこまりました。湯浴みをしてから準備にしましょうか。お食事は、あちらで召し上がりますか?」
物わかりの良すぎるメイドさんたちは、気が利きすぎて最高だ。
「はい!いつも甘えてしまって申し訳ありませんが、よろしくお願いします」
「かしこまりました。準備を進めておりますので、ご安心ください」
なんと食事についてもアドルフが準備してくれているらしい。なんてすばらしいんんだろうか、ビバ貴族。
まあ、ジャンヌ様の客人だもんね。そろそろ家を探さないといけないかも。
湯浴みでさっぱりしたルイーゼは、改めて鏡台の前にいる自分に慣れていなかった。むしろ忘れていた。
光が当たると金髪にも見えるベージュ色のサラサラロングヘアー。今日はストレートにハーフアップの髪を編み込んでもらった。小顔で美人と言わざるを得ない顔にぱっちりおめめは琥珀色。黙っていれば、貴族令嬢と言われてもおかしくないその姿に、ぽろっと口が開いた。
「貴族令嬢みたい」
「ふふ、なにを仰るんですか。そう見えて然るべきなのですよ。自覚をしていただかないといけませんね」
メイドさんの暖かい言葉に私はまた、この世界で生きていくことを実感した。
「では、いってきますね」
アドルフが用意してくれたバスケットを持ち、挨拶をすると
メイドさんたちが頭を下げてくれた奥から、セバスチャンがやってきた。
「ルイーゼ様、お身体はいかがでしょうか。騎士団まで私もご同行いたします」
「おはようございます、セバスチャン。ご迷惑をおかけしましたが、この通り元気です。」
「それはなによりでございます。では、参りましょう」
セバスチャンが私の手からバスケットを受け取り、短い道のりではないが、騎士団まで一緒に歩いた。
いつもより身体が軽いような気がして、足取りが軽くなったのに合わせて、セバスチャンもいつもより歩くスピードが速くしてくれたようだった。やはり本物の執事はすごい。なんでもお見通しだ。
小説で読んでいたように優秀で武術みたいなのもできるのだろうか。でもこの国の人はみんな魔力を持ってるっていうし、もしかしてすごい使い手だったりするのかな。
「ルイーゼ様、そろそろ到着しますよ」
優しい声がルイーゼ様思考を止めた。よく周りを観察すると目の前には騎士団の大きな門が見えていた。
「今日はすごい早く着いた気がします!お付き添いいただいてありがとうございました。」
バスケットをもらおうと手を伸ばすが、手元にバスケットはこなかった。
不思議に思い、セバスチャンの顔をみつめると、
「ルイーゼ様、決して無理はなさらないでくださいませ。私は、ヴァロリアント家の執事でありますが、一個人としては、ルイーゼ様を全面的に肯定したいとも思っております。ははは、困った顔も素敵でいらっしゃる。それでは、いってらっしゃいませ」
自分で話をまとめてしまったセバスチャンだが、ルイーゼはあまり理解できていなかった。差し出されたバスケットを受け取り、騎士団の門をくぐっていた。
今日のセバスチャンはいつも以上にミステリアスだ。
なにかを知っているような、個人的には私を肯定する、ってどういう意味だろう。私の身分は結局はっきりしないままで客人としてジャンヌさんの家に居候している。その違和感を一番感じているのはセバスチャンだろう。ジャンヌさんの執事ではなく、あえてヴァロリアント家の執事と言ったこともなにか理由があるに違いない。恐らく、アレクシス団長との件は知られているだろうから、やはり私の身分のことだろうか。うーん。考えても分からないことが多い。私はまだこの国に関してそれほど知らない。
ただ、魔法使いになりたい一心でここに来てしまったし、死なずに済んでいるのもいわゆるチートのひとつと割り切った方がうまくいきそうだ。たった数か月しかいないが、レオン側についたほうがいいと考えているし、あれ、そういえば、アレクシス団長が言っていた養子縁組の紙って手元に来ていないよね。
「はぁ。頭で考えていても分からないものは分からないや」
「やっと起きたか」
頭の中で会話をしている内に診察室に到着していたようだ。
いつの間にか門からの道のりを体が覚えていて、慣れとは怖いと思った。
「おはよう! レオン!」
「よく眠れたみたいだな」
お互いに立ったまま、レオンはルイーゼの魔力回路を確認すると、問題ないと言いルイーゼが持っていたバスケットを受け取り、いつものテーブルへと運んでくれた。
中に入っている食べ物を取り出しながらどれから食べようかレオンは熟考していると、
そんなレオンの元に足を進めながら、ルイーゼはソファーに座る前に90度のお辞儀をした。
「まさか二日も寝るとは思っていなくて、診てくれたって聞いたの。ありがとうございました。」
「なんだ、急に。また何かやらかしたのか?」
具材がたっぷり入ったサンドイッチを持ちながら、レオンは驚いたように声を絞り出した。
「素直に受け取ればいいのに」
レオンが手に持っていたサンドイッチを奪うようにして取り上げ、大きな一口で味を堪能した。
シャキシャキの野菜たちにたっぷりの濃厚でかつスッキリとしたソースが蒸された鶏肉に合う!
しっとりとしたパンとの触感のコントラストにさらにもう一口とそそられる絶品っぷりに拍手喝采。
「んー!美味しいっ!ほら、レオンも食べて?」
絶品のサンドイッチをすすめるためにレオンを見ると、初めて感じる雰囲気をしていた。
不愛想なレオンがこんなに穏やかな雰囲気、口元もすこし笑っているようにしていることなんてあるんだ。顔はきっと小説みたいにキレイなはずなのに、こんなに長い前髪でいれることは不可解ではあった。時折見える金色の瞳は宝石のように輝いているからもったいないと思う。
なにを思ったのか私は、サンドイッチを持っていた右手を離し、前髪を耳にかけるようにしてレオンの顔を拝んだ。
「キレイな顔」
切れ長の目から金色の瞳が太陽光で輝いている。それにくすみのない陶器のような肌で、鏡の前でキレイと思った自分でも羨ましいほどの顔だった。
呟いた瞬間に顔を引かれ、耳にかけた前髪が元の位置に戻ってしまった。
残念そうに見つめると、意地悪そうに口角を上げた顔になった。
「惚れたか?」
「いや、美術品みたいだった」
本音を伝え、食べかけのサンドイッチをまた頬張った。
想定外の反応だったのか、それ以上言われることもなくサンドイッチを食べ始めていた。
「うまいな」
「でしょ?」
いつものように朝ごはんを食べ終えると、思い出すように私は声を上げた。
「あ!ジョルジュさんの容態は?!」
「忘れてただろ、順調だ」
ソファーからベッドの方に振り返ると、ベッドに座ったままこちらを見ているジョルジュがいた。
骨折したときのように負傷した右腕を布で首から吊っている彼の顔色は比較的良く、順調といったレオンの言葉が嘘ではないことが分かった。
すぐにジョルジュのもとに駆け寄ると、すこしそわそわしながらルイーゼと向かい合った。
「おはよう!腕はどう?」
「ルイーゼお前、レオン先生とどういう関係なんだ?」
腕の状態を聞いたのに、なんでレオンの話?意味が分からない。
「私、腕のこと聞いているんだけど。痛くない?動く?」
ジョルジュさんの足元にしゃがんで、吊っている腕に巻いている包帯が汚れていないか、指先をツンツンして知覚が残っているか触って確認した。
「お、おう。痛みはほぼないが、まだ思うように動かせてないな。ルイーゼ、レオン先生とはどんな関係なんだよ」
指先は温かいし、ちゃんと血管は繋がってそうで安心した。触れば知覚はあるし、私の弱い刺激でも指先は少し動いたからなんとかいけるかも。ただ、リハビリを丁寧にやらないと今までと同じようには難しいかもしれない。ニコラウスさんとも比較的対等に話してたし、ちょっと偉い感じではありそうだよね。
「そっか、リハビリが必要だね。きっと怖いよね、動かすの」
「リハ?なんだ、それは。で、レオン先生とどういう関係なんだよ」
「リハビリね、元のように動かせるように少しずつ慣らしていく練習みたいな感じ。いつも通りに動かせるようになるといいけど」
「そうか。で、レオン先生とどういう」
「しつこいな、もう!やっぱりさん付けはやめた!ジョルジュ!」
「な、なんだ急に!勝手に名前を呼ぶなと言ったろう!」
「うるさい!最初に会った時から口煩いんだから!ジョルジュはジョルジュで十分!」
私は立ち上がって、ジョルジュを睨むとジョルジュもそれを買って口論が始まった。
売り言葉に買い言葉とはよく言ったものだ。
犬猿の仲のようにキーキー言い合いをしていると急に頭部に衝撃を受けた。
「いったーい!」
「うぐっ」
言い合いをしているジョルジュとルイーゼにチョップを喰らわせ、レオンはいつも通り冷酷な言葉を浴びせた。
「やかましい、命はひとつしかない。希望は聞いてやる」
いろんな意味を含んだレオンの言葉に二人は、しっかり口を噤み、ジョルジュはベッドに横になり、ルイーゼは休んだ時間を取り戻すように仕事を始めた。




