診察室の噂 2
トマスの視線に気づいたレオンは、鋭くトマスを睨み、口を開いたらどうなるか分かるな?と目線だけで脅した。こくこくと勢いよく頷いたトマスをみて、ルイーゼに視線を戻した。
レオンの脅しが効いたのか、トマスはあれからレオンから許されるまで一言も声を発することはなかった。
「ゔっ!いっ……」
ルイーゼの魔力が神経を繋げるとやはり刺激が強いのか、ジョルジュは顔をしかめて呻き声が出ていた。
痛そう……痛いに決まってるか。
血は止まったし、内部の修復も出来たと思う。確かにこんなこと何人も出来ないわ。レオンが言ってたことが漸く分かった気がする。
魔力で治すことは、なにせ疲れる。集中力がいるし、この状況で他の騎士が来ても対応出来ない。たまたまレオンがいて周囲を管理してくれて、たまたま他の騎士が来ていないから出来ていることだもん。
薬学を学ぶことは理に叶ってる。それなら、薬師が処方して治癒魔法が扱えない人でも平等に治すことが出来る。便利だと思ってたけど、意外と魔力があっても大変なんだな。あればあったで大変か……やっぱりどの世界も立場が変われば意見も変わる、か。
治療を始めてから30分以上経過したころには、血は止まり、傷口を塞ぐだけで終わる程度まで進んでいることを確認し、レオンはルイーゼに声をかけた。
「ルイーゼ、もういい」
「え、でもまだ……」
「あとはこいつ自身で治せるところまでやった。ここからは魔力は必要ない」
「んー、でもまだ私はいけますよ?」
仁王立ちしたままの落差でルイーゼの頭にチョップした。
「いたい!」
「前も言っただろ。さすがにやりすぎだ。……アレクシスのところに行くか?」
頭を手で押さえながら、ルイーゼは首を全力で左右に振った。手を離すと光は消えていった。
やっと魔力を止めたルイーゼを横目に、まだ顔が白いジョルジュを長期治療用のベッドにレオンが移し、痛み止めと化膿止めの薬草を傷口に塗っていった。ルイーゼは、頭頂部のじんじんとした痛みを我慢しながらジョルジュの血液で汚れたシーツを交換したり、使用済みの器材を消毒液に浸けたりとテキパキと診察室内を動いていた。
「……なんだよ、あれ。奇跡かよ」
何事もなかったかのように時間が進んでいる光景をみてやっと声が出せたトマスは、自分が見た光景を信じられなかった。混乱した頭をなんとか整理しようとしていると、目の前が暗くなった。
「おい」
声をかけられ首を上げると、目の前にレオン先生が俺を見下ろしていた。
「は、はいっ!」
反射で直立してしまったが、レオン先生は人差し指でソファーを差した。座るしかなかった。
「トマス。ジョルジュは大丈夫だ。あとは寝て食って血を作れば問題ない。」
ぱぁっと明るい顔になり、トマスは大いに喜んだ。
「本当ですか!はぁ、よかった……」
「ニコラウスにも伝えておく。安心していい」
「分かりました!ありがとうございます!」
深々と頭を下げてレオンにお礼を言うトマスの顎を掴み上げて、目を合わせた。
「っ!れ、レオンしぇんせい?」
幸せな気持ちから一変。トマスは全身脂汗が浮かび、長い前髪から覗く金色の瞳に縛られているのか、なにかに身体を固定されているかのように動かなくなった。
「お前はこの時間、何を見た。何を感じた。全てを話してみろ」
蛇に睨まれた蛙のような状況にごくんっと、トマスが息を呑んだ音が響き渡ったように感じた。
「っ、そ、そこのじょせ、女性の魔力が、き、金色で、ジョルジュの傷を…」
レオンは首をかしげながら、言葉を続けた。
「ほう、そんなことがあったのか?俺は見てないな」
「へ?」
力の抜けた声しか出なかったトマスは、全力で今なにが起こっているのか、頭をフル回転させた。
なんだよ、なんなんだよ!!!見てない、なかったことにしろってことか?!こえーよ!まず!
わかんねーよ!直接言うなって言ってくれよ!!口止めしてくれよ!黙ってるからさ!!!
なにが正しい選択か分からないまま、生き延びるために口を開けた。
「え、えっと、レオンしぇんせいがジョルジュを、治し、ましたぁ!」
後半は叫んで耐えきれなくなったトマスは、目を瞑った。この5秒が1時間くらいにも思える間、レオンは黙り、返事のないことに焦ったトマスは、ゆっくり薄目で目の前のレオンを観察しようとした。
そーっと瞼をあげると、瞬きせずにこちらを見ているレオンと目があった気がして、恐怖で再度目を閉じた。
「そうか、そうするのが一番いいか。トマス」
「はいっ!」
名前を呼ばれた反動で目を開けると、目の前にいるレオンと強制的に目が合い、また動けなくなった。
「ここで見たことは他言無用だ。いいな?少しでも漏れれば、お前が口を滑らせたとすぐに分かる。俺が治したってことなら言ってもいい。分かったな?」
もう逃げたい一心で、力を振り絞り立ち上がって宣言した。
「はいぃっ!何言いません、見ていません!ジョルジュはレオン先生が治してくれました!」
「よし、戻っていい」
白衣を翻してジョルジュのほうに向かうレオンの背中に礼をして、騎士団に戻ることにした。
「はっ!失礼いたします!」
扉が閉まり、トマスがいなくなると急に穏やかな診察室に戻っていった。
「トマスさん、かなりビビってたけど、大丈夫なの」
血液で汚れたところを拭きながら一部始終を見ていたルイーゼが心配そうに言った。
「バレたらお前が大変な目に遭うぞ」
「ひぇぇ!それは勘弁して!でもレオンが命令したら早かったんじゃないの?」
「命令よりトマス自身が決めたことに価値がある」
「確かにそれは理解できる」
命令は買収もされるし、騎士なら決めたことを曲げないことが信条としてあるらしい。人に言われるより自分で決めたことの方が納得するし、裏切り的なものが少ない気もする。
「それに今のお前を見た方が驚くぞ」
「え?どうして?」
全く意味が分からず、首をかしげたルイーゼにレオンは、事実を伝えた。
「普通の令嬢は、血を見たら倒れるし、そもそも膝をついて自分で掃除なんかしない」
「……」
納得しつつも垂れた血を拭き取って、きれいになった診察室に満足したルイーゼだった。
レオンはジョルジュを診察し、ひとまず安心する状態になったことを確認すると、ルイーゼの診察を始めた。ルイーゼに近づくと、掃除用具の片づけの手を止めた。レオンが手をかざして、ルイーゼの魔力状態を全身確認すると、やはりな、と呟きながら、他に乱れているところがないか確認を続けた。
「ルイーゼ、魔力が乱れてるな」
「え?そんなに使った気はしないんだけど…」
「ここ最近で一番魔力を使っただろうし、こうなることは予想がつく。いつも通りに整えてみろ」
ルイーゼは深呼吸をしていつも通りに魔力循環をし始めた。すると、いつもよりも膨大な魔力がルイーゼの身体を一瞬にして纏い、レオンは焦って声を荒げた。
「ルイーゼ!落ち着け、もっと抑えろ!」
目を閉じたまま反応しないルイーゼは、膨れ上がる魔力が全身に循環し、魔力の壁が形成され、誰も近づけない状態となった。
レオンはおかしいと感じ、遠隔でルイーゼの魔力を分析した。ほとんどはルイーゼの魔力だが、魔力コアの近くからルイーゼではない奴の魔力を感じた。よく見ると今のルイーゼの魔力には誰かの魔力が混じっていることに気が付いた。
「……誰だ、お前。ルイーゼ!聞こえないのか!」
叫ぶ声に反応したルイーゼは、ゆっくり目が開いた。いつもの琥珀色の瞳がより金色に近い色になっていた。
レオンは目を見開き、驚きを隠せなかった。
「……まだ、たり、ない」
そう言い終わると、膨れた魔力がルイーゼの中に入り、いつものルイーゼに戻っていた。
「どう?まだ乱れて……どうしたの、レオン」
「なんとも、ないのか?」
「何が?」
目も琥珀色に戻り、何事もなかったかのように話しているルイーゼを見てレオンは、ゆっくり手を伸ばしてルイーゼの頬を摘まんだ。
「な、なに、にゃに?!痛いんにゃけど!!!」
わーわーと喚く貴族令嬢とは思えない態度に安堵し、手を離した。
「なんでもない。それにしても見事だった。元通りになっているかはあいつが起きてからだ」
摘ままれた頬をさすりながら、本当に元に戻っているか分からないことに少しスッキリしない気持ちになった。
その気持ちを知ってか知らずか、レオンは気を遣ったように私に声をかけてくれた。
「ここで医学書ばかり読んでいるだろう、他にしたいことはあるか?」
ルイーゼの気を紛らわせるように、話題を変えた。
「どうだろう、魔法は使いたいからもっと勉強したいかな。あと!前にレオンが離してくれた建国の話!この国の歴史を知りたい!」
「あぁ、熱を出したときの昔話か。そうだな、本を手配するか」
レオンは何かをメモして数回折ると、手のひらにおいて息を吹き掛けた。
すると折られた紙はたちまち消えてなくなった。
「今日はラーデの訓練は休みだ。明日、本が届くから今日はもう帰っていいぞ。」
何事もなかったかよようにルイーゼに話し掛けると、
「ちょっと待ってよ!始めた見たよ今の!なになに!紙はどこにいったの!どんな原理!説明して!」
目を輝かせたルイーゼは、ずいずいとレオンの手を触ってじっくり観察し始めた。
「だーめだ。今日は終わり」
「なんで!どうして!ひどい!」
手のひらにはなんのトリックもなく、ただの手のひらだった。手をぎゅっと掴み、離さないというようにレオンから離れないようにした。
「いいから、早く帰れ。疲れただろう」
「疲れてないよ!これからじゃん!今の!紙が消えたやつ!どうやったの!教えてくれるまで帰らない!」
嫌そうな顔で私の手を離そうとするが、負けない!あの魔法を教えてもらうんだ!やりたいじゃん!メモが指定した宛先に飛んでいく……ロマンすぎない?!
それなのにレオンは一向に教えようとしないし、ましてや帰れだなんて!ひどすぎる!
何度言っても男の人の力には敵わず、手はひっぺがされて帰るしかなかった。
魔法になるとしつこいルイーゼに呆れながらも寝ているジョルジュの傍で言い合いを重ね、悔し涙を浮かべながらやっとルイーゼが帰っていった。
その姿をみた騎士たちが広めたのか、いつの間にか、騎士団内では噂が持ち切りとなっていた。
診察室の悪魔が天使を泣かせている、と。
レオン、ルイーゼ「「わーわー」」
診察室に入りづらい騎士たち
「おい、あれなんだ。悪魔が天使を弄んでるのか?泣かせてる?」
「いや、いちゃついてるようにも見えないか?手握ってないか?」
「悪魔がそんなことするわけあるか?」
「握ってるな」
「「「………」」」
「それにしても、顔みてーな」
レオンの殺気……
騎士たち「「「「戻って手当てするか」」」」




