診察室の噂 1
「はぁーーっ!」
カキーンと刀身がぶつかる音が響き渡り、日々のごとく騎士たちは剣術の訓練に勤しんでいた。
「もっと腰をいれろ!腕だけじゃ身体がもたんぞ!」
副団長のニコラウスは剣術での訓練で檄を飛ばし、騎士たちの士気を高めていた。
第三騎士団所属、なにかと面倒事を巻き込まれるが、なにかと頼られる三番手といえば、この俺、ジョルジュ。
団長がサプライズ登場したあの訓練から、少しずつだが実戦に近い訓練内容が増えているような気がする。ほかの団員たちは気づいていないように見えるが、俺には分かる。俺にとっては初めての四神聖が選ばれるからなのか、いや千年に一度ならほとんどの国民が初めてか。
とにかくなんの意図があるのかは分からないが、怪しい。警備体制の会議もやるんだろうが、毎回団長同士の嫌み合戦を仲裁するのも一苦労だ。
はぁ、やめだやめだ。片手間に訓練をやれば、自分に返ってくる、集中を途切れさせるな、ジョルジュ。
頭を切り替えて訓練に再度集中することにした。高負荷の訓練を続ければさすがに疲労度も上がり、息も上がってくる。
ペアを変えながら、一通りの型を通して、騎士たち全員が手合わせできるように回している。
ニコラウス副団長は、後ろ手に組みながら騎士たちの身体の使い方をみて、個別に指導をしているがいつもながらなんでこの人が団長じゃないのか不思議だ。
身体もデカイ、男の俺がみてもデカイ。リンゴを潰すなんて朝飯前。鉄のフライパンもおそらく朝飯前だ。
その割には、戦闘ではかなり器用に動かれるし、身体の使い方は天才的だと思う。
現にこの訓練でも足の使い方、腰の入れ方、重心の動かし方や剣の握り方まで、細かくみて一番身体に負担がかからずも切先まで力が伝えることができるように細やかな修正を行っている。
その代わりに日常では見た目どおりの粗雑な大男であの団長に睨まれてもガハハと笑っているのは、正直副団長だけだ。
脳内会議をしていると、少し鈍い音がジョルジュの耳に届き、その音の方向へ目線を向けた。変な音だったと思ったが、目の前で俺と打ち合いをしている汗だくのトマスと目が合った。
「はぁっ、っ、ジョルジュ!お前!なに考え事してんだよ。っく、くそっ、お前も結局体力オバケかよっ!」
トマスが片手間に訓練をしていることに苦言を呈した。
「おいおい、副団長たちと同じにするなよな。それに、お前が体力ないだけだろ。よっと、ほら腰入れろ!」
やはり基礎体力向上が必要だろうか。
さすがに副団長と同じにされては困る、俺はまだ人間だ。人間でいさせてくれ!頼む!
結局、脳内会議を続けているといつの間にかペアが変わっていた。
「しっかり柄を握れー!指先まで力をいれないと剣が飛んでいくぞ!」
ニコラウスが声を上げた途端に、事件は起きた。
バキン
トマスの剣が何度も打ち付けている内に、細かいヒビが偏った力に耐えきれずに折れた。その折れた刀身がジョルジュたちのペアの方向に飛んでいったのだ。考え事をしていたジョルジュはいつものように鎧を着用しているときの癖で咄嗟に右腕を出し、刀身が刺さるのを防いだ、はずだった。
ほとんどの訓練では鎧は着用しない。訓練着のまま、生身の腕を飛んできた刀身に向けて差し出してしまった形になった。
「あっぶねーだろ!トマス!!!」
「あ、お、おい……お前」
謝罪の言葉もないのかとトマスをもう一度見ると、真っ青な顔で少し下の方を見ていた。その視線を辿ると、俺の右腕には折れた刀身が刺さっており、重さに耐えきれずに地面に落ちていった。
「え」
刀身が抜けた途端に右手の指先全てを辿り、赤い水溜まりが出来ていた。嘘だ。
動かないのか動かせないのか、呆然と地面を見つめているジョルジュに騎士たちは大慌てで駆け付けた。
「ジョルジュ!しっかりしろ!レオン先生のところに行くぞ!」
「ジョルジュ!耐えろ!大丈夫だ!」
騎士たちが端切れを作り、止血のためにジョルジュの上腕をきつく締め上げるが止血はできていなかった。この傷は深いと誰もが分かるほどに赤い水溜まりは広がり、騎士たちも真剣な顔つきになっていた。
あれ、俺なにしてんだろ。痛ぇはずなのに、感覚がねえな。動くのか俺の腕。トマスが訓練用の剣を手入れしてたら腕自体なくなってたかもしれないな。ある意味トマスに感謝か?
……白く、霧か?こんな日中に霧なんておかしい
くらっと足元がふらついたジョルジュをトマスは支え、騎士団の診察室に向かおうとニコラウスへ報告する声が響いた。
「副団長!ジョルジュが!俺、ジョルジュの腕を!」
「トマス、落ち着け。右腕は上げたままでいけ。大丈夫だ、レオンなら治せる。しっかりジョルジュを届けろ」
「はいっ!」
眉間に皺を寄せたニコラウスは止血のための端切れを追加し、ジョルジュの右腕に力強く巻いた。
「ジョルジュ、気をしっかり持て、痛みで気を失うぞ」
「っく、え「えええ!!!ジョルジュ、気をしっかりな!行くぞ!」
トマスの慌てっぷりとガンギマリの目をみてしまい、ジョルジュは余計なことを言うまいと口を閉じた。
第三騎士団全員が2人を見送り、重い空気が漂う前にニコラウスが声を上げた。
「よし、各自交換して剣の点検を行う!終わり次第、体術で手合わせするぞー!」
体術訓練がこの世で一番キツイ訓練であることが唯一の救いで、次の訓練への恐怖心に刷り変わり、訓練を無事に続けられていた。
その頃のトマスとジョルジュは、久しぶりの診察室への道順を数回間違えながらもなんとか足を進めていた。
「おい、ジョルジュ、生きてるか?!血が止まんないぞ!!!ジョルジュー!」
「うるせえよ、トマス。勝手に殺すな。道間違えんな」
「そ、そうか。そうだな!もう少しだぞ!たぶん!」
肩を組みながら、貧血気味でふらつくジョルジュをトマスが支え、責任感と仲間を想う気持ちだけで気を保っているトマスのお陰でジョルジュも意識を飛ばさずにいることができた。
あぁーくそ、さすがに意識がそろそろ限界かもしれない。トマスがうるせえからなんとか保っているが、腕も力入んねーな、レオン先生に早く手当を、し、てもらえれば。……待てよ。あのマッドサイエンティスト、無麻酔でやばいことされたりしないよな……やめだやめだ、
死ななければいい。指先も動かないし、感覚もないから事務職への復帰かぁ、マシューもうるせえんだよな。
ありがたくも三番手として仕事ができてよかった。団長、副団長とあの二人の近くで仕事が出来たことは俺の人生で最も有意義でかけがえのない経験だ。これを忘れずに、俺はまた新たな人生を生きるしかないな。
死にはしないだろうが、さすがに剣は難しいだろうな。
ジョルジュは得意の脳内会議を進めつつも、人気がないマッドサイエンティストの根城は、行けばすぐに診察できると思っていた。すると、目の前から歩いてくる騎士たちが変なことを言っていたのが聞こえた。
「なあ、やっぱりあの子はレオン先生と親しいんだろうな?」
「バカいえ!んなわけないだろう!」
「女神だな、あれは。可愛い」
「レオン先生が怖すぎていつもは我慢してたけど、あの子がいるなら今度からはちゃんと行こうな」
「そうだな、行けば、あの子に会えるしな」
なんなんだ?
レオン先生に会いにいく?マッドサイエンティストに会うなんてこの騎士団にいる奴全員が思うわけない!
それにあの子?可愛いって、女か、誰か診察室に入ったのか?
まさか、マッドサイエンティスト二人目か・・・?
「はぁ……行きたくねーな」
脳内会議の末、ジョルジュの落胆の声にトマスはさらに慌ててしまった。
「おい!ジョルジュ!生きろ!まだ死ぬな!!!レオンせんせーい!!!ジョルジュが!生きる希望をあたえてください!!!!」
角を曲がると見える診察室に向けてトマスがめいいっぱいの大声で叫んだ。
「やっと着いた!レオンせんせーーーーい!!!ジョルジュが死にますーーー!!!」
「だから、勝手に殺すな、うるせえ」
右腕には、何重にも布をきつく巻いていたが、傷が深く、完全に止血は出来ずにいた。徐々に腕の色も青白くなっていき、生気がなくなっているような感覚さえした。布からの血液の滴りが減少しているのをジョルジュが目視すると、ガクンとジョルジュの膝が折れ、トマスでは支えられず、倒れそうになった。
「ジョルジュ!!!もう入口はすぐそこだ!!!しっかりしろぉーー!!」
トマスが慌てふためき、両足を肩幅以上に開きジョルジュの身体を支えるように重心を低くとって、叫ぶしかなかった。
「ったく、脳筋野郎はうるせえな」
ふっとトマスにのし掛かっていたジョルジュの重さがなくなり、何が起きたのかとトマスは混乱した。
足音なく近づいてきたその人の白衣が視界の端に映り、診察室に到着し、治療してもらえることが分かるとトマスは身体の力が抜けてしまった。
「騎士様はこちらにおかけになっていてくださいね!」
急に若い女の声で入口付近の椅子に誘導され、ポカンとしているとトマスの目の前を浮いたジョルジュが通っていった。
「ジョルジュ!」
「黙ってろ、治療の邪魔だ」
レオンの苛立つ声に肩を落とし、口を噤むしか出来なかったトマスは、不安な顔をしたまま自分の足元を見続けていた。
「大丈夫ですよ。レオン様が治しますから!」
先ほどの若い女がトマスを元気付けるように声をかけ、トマスは祈ることしか出来ないと判断し、ただただジョルジュの腕が治るように神に祈り続けた。
レオンが魔術でジョルジュをベッドに寝かせると、端から酸化して赤黒くなっている布を切り始めた。トマスを椅子に座らせてからルイーゼは、ガーゼ代わりの布や消毒を準備し、レオンが治療を進められるように看護師だった血が疼き、気合いをいれた。
改めて患者である騎士の顔をみると青白かったが、見知った第一発見者だった。
「ジョルジュ……」
「ルイーゼ、こいつはお前がやれ。ジョルジュを治してみろ」
「え、でもレオンが治すんじゃないの?」
「知ってる顔なんだろ。このままじゃ騎士としては生きられないかもしれない」
「……」
なにを考えているのか分からないレオンの言葉にルイーゼは状況を見極めるしかなかった。
「ルイーゼ、本来お前は殺されても仕方なかったはずだ。分かるな?こいつがお前を生かしたから、今、ここにいるんだ。恩をここで売っておいても損はないと思うがな」
レオンの言うことは正しい。
……そうだ、私は死んでたかもしれないんだ。あの森で治安のために刺されていてもおかしくないんだ。だって、私はこの世界にはいるはずがないんだもん。
ジョルジュが私と会ってくれたから、発見してくれたから私はこうして生きていられるんだ。生きるための選択をすることが出来たんだ。
「よしっ」
ルイーゼはジョルジュを見つめた。
真っ白で生気が失くなってきているけど、まだ命はある。死なせはしないし、私を守ってくれたこの腕を元に戻してみせる。
患部の右腕からの血は止まらず、すこし傷を広げただけで骨まで見える深いキズだ。洗浄液で傷口の汚れを洗い流し、緊急手術でのイソジンをボトルから直接注ぐように消毒薬を傷口に流し込んだ。傷口をくっ付けながら両手で幹部を押さえてから、目を閉じて深呼吸をし、魔力循環を強化させた。
「この腕を治す治す」
両手に魔力を集中させ、筋肉を繋ぎ、血管と神経を繋ぎ……不自由なく動かせるようにと、イメージを全て魔力に置き換えるように糸に見立てて繋ぎ合わせていった。
光輝くジョルジュの右腕は、ルイーゼの金色の魔力によって縫合されていき、徐々に傷口が消えていった。
ふわふわと揺れるルイーゼの髪は、魔力が通り金色にも見えていた。
そして、右腕を治して治していった。
「ゔっ」
「ジョルジュ?!」
ジョルジュの呻き声が聞こえると、トマスは祈りを中断し、声のした方向を見た。そこには、レオン先生の金色の瞳が光り、長い前髪に隠れていた目鼻立ちのハッキリした顔が見えた。先生の表情からはかなり厳しいのかと思ったが、その目線の先には、先生の前に膝をついてジョルジュの右腕に手を翳している女がいた。顔は見えなかったが、金色に光る魔力が女を包み、その魔力がジョルジュの右腕に入り込んでいるように見えた。
「なにが、おこってるんだ……」
ニコラウス「あの傷の深さは、レオンがどこまでやれるかに期待するしかないか・・・」




