魔導師団副団長
滅多に人に笑いかけないレオン様が、この女に笑いかけているだと・・・?!
「レオン様!この女は一体何者なのですか!まさか!誑かされているのですか!」
長髪メガネは、緊急事態だと判断したのか静かに扉を閉めて鍵をかけた。鬼気迫る表情でずんずんと診察室に入り、レオンに迫った。
「いけません、あなた様がこのような女に誑かされるなど。貴様!レオン様に何をした!」
急に方向転換をして、ルイーゼを怒鳴りつけた。この発狂ぶりに乱されることなくレオンは淡々と話を進めていった。
「今日は何の用だ」
偉そうに座ったままのレオンと直立不動の長髪メガネの関係性は全く理解できなかった。
レオンって結構偉いのかも。偉そうな長髪メガネがレオンに様つけてるし。あーやだやだ。私関係ないし、この角ならレオンたちからは見えないし、座ってさっきの続き読んでよっと。
朝食を食べたソファーの後ろに隠れるように座り、ルイーゼが医学書を読み進めていくと急に手元が暗くなった。
「貴様!なにを勝手に座って、本を読んでいるんだ!」
急に医学書を奪われ、目の前に立っている男を睨んでしまった。
「はぁ?本返してよ」
「なんだ!その口の利き方は!」
「その本はレオン様のだけど。雑に扱わないでもらえる?」
「ならば、お前も勝手に触るのではない!」
レオンの医学書を持ちながら、怒鳴りつけるこの男。男尊女卑なわけ?この世界。
初対面でこんな失礼なことって普通なわけ?!もう怒った!我慢できないもんね!
「レオン!なんなのこの人?失礼な人しかいないんだけど!むかつく!」
「貴様ッ!不敬極まりない」
レンズ越しの目に殺気が纏ったことに気を取られ、長髪メガネの髪がふわっと浮いたことに遅れて気が付いた、瞬間、空気が消えた。
琥珀色の瞳が怒りから恐怖へ変わっていく中、再び、彼の声がこの空間に響いた。
「ワートルラーデ」
「はっ」
男がレオンの足元へ跪くと、やっとルイーゼの目の前が明るくなり、一拍遅れて肺が膨らんだ。
「っ、はぁっ、はぁ、っ」
酸素が全身を駆け巡っているのに、頭はまだぼうっとし、冷水を浴びたように全身が冷たい。震える手を力いっぱいに握りしめ、救ってくれた声の主の方向になんとか目を向けると、ひとつに結んだ長い銀髪が優雅になびき、男はレオンの足元に膝をつき、心臓の前に右手を当てていた。
「なにをしている」
「はっ、レオン様への侮辱と判断いたしました」
当然のことと言わんばかりに言い切る、ワートルラーデと呼ばれた長髪メガネ。
静かだが、反論は許されないような声で問いかけていた。
「俺への侮辱か。ふっ、それはお前ではないのか」
「まさか、私はあなた様に忠誠を誓っております!」
体勢は崩さず、顔だけを上げて信じてほしいという目で見つめた先には、前髪の間から覗く金色の瞳が細まった。
「俺の助手だと言ったはずだが?」
主からの言葉で少し前の出来事を思い出す。俺の怒気に涙を流すこともなく覚悟を決めた顔でカーテシーをする姿で”レオン様の助手”だと言い、レオン様もそれを否定をしなかった。そうか。俺はレオン様を裏切る行為をしてしまったのか。これまでの積み上げてきた信頼を地に落とすほどの無礼さに、自分自身への怒りと後悔の念が溢れ、この命を差し出す覚悟を決めた。ワートルラーデは、無意識に身体を強張らせていた。
「・・・申し訳ございませんでした」
呼吸が落ち着き、恐怖が和らいできたルイーゼは、ソファーの後ろからこそっと二人の様子を覗いていた。
なにやらあの長髪メガネが焦っている様子だ。レオンにこっぴどく怒られているように見える。
ざまあみろ!会話がはっきり聞こえてはこないが、さてはテレパシー?!
「次はない」
「はっ」
命からがら助かったと、ワートルラーデは静かに息を吐いた。
「ルイーゼ」
名前を呼ばれてやっとこっちの世界に戻ってきた途端、ソファー裏まで来ていたレオンはしゃがんでいた私に目を合わせてきた。
「あいつはもうお前に一切危害を加えない」
急な立場逆転。意外と真面目に守ってくれそうだし、やっぱりレオンを選んで良かったかも。ってことは強い味方ゲットじゃん!
「レオン、様」
名前を呼んだ瞬間に長髪メガネからの殺気と息が詰まるあの光景がフラッシュバックした。
目線を下げた私の前にキラキラと光る何かが映り、ふっと顔を上げると、レオンと目が合った。
「正式な場所以外では、レオンでいい」
表情の読めない目元なのにそれに少し安心したルイーゼは、肩の力が少し抜けた。
「分かった」
ソファーに座り直し、隣から目の前に長髪メガネが座るよう声がかかった。が、主従のような関係性を示す同じ光景をもっと近くでみることになった。
「いえ、私はここに。この度は、ルイーゼ様に私の謝罪を受け取っていただきたい。今後は、あなた様の盾となり、剣となりましょう」
手のひら返しの如き言動、権力と忠誠心の怖さに日本に生まれてよかったと心底思った。
「いえ、レオンの味方であれば、よいです。たまには私を護ってくだされば結構です」
ピシャリと言い切ったルイーゼに二人は目を見張った。
「何を驚くことがあるんですか。無条件に私を護ってくれる方なんていないに決まっています。それにこの方は、レオンへの不敬に対し、私にどんなことをしましたか?私だってすぐ信じます、なんて言える訳がないでしょう。レオンといるときにレオンを護るついでに護っていただくくらいが丁度いいと思いませんか?」
家名もない、正体不明の女をどの義理で命がけで護ることが出来るのか不明だ。この人の場合は特に、レオンを裏切らない保証のもとに私がレオンの近くにいれば守ってくれると判断するのが普通だと思う。
「言っていることが正しいが、はぁ。素直に護られていてもいいだろう」
確かにレオンの言っていることは正しい。レオンが常に近くにいるわけでもないし、ジャンヌさんの家にずっといられるわけでもない。それを考えれば、素直によろしくお願いします、と言った方がいいのかもしれない。
「そうですね。レオンがいてこそ成立する後ろ盾は、確かに今、必要かもしれませんね」
初めて感じる雰囲気でレオン様が会話を交わしているのを横目に長髪メガネは、状況を整理した。
この女、ルイーゼだったか。幼稚かと思えば、年相応で年増の発言をすることもある。
どこかちぐはぐな印象が強いルイーゼを俺は、未だ信用に値する価値はないと考えている。感情に乗せられ、久しぶりに主から叱責を喰らい、全身を強張らせるなど、散々な日だ。ただ、レオン様がYESと言えば、YESなのだ。
レオンに忠誠を誓い直し、長髪メガネ・改として「ルイーゼ」の物語に正式参加することになった。
「・・・で、この人は誰なんでしょうか」
頭を下げていたかと思えば、急に顔を上げてレオンを見つめて悶々とした表情をした後、スッキリして決意表明したみたいな顔をして忙しそうな長髪メガネ・改をルイーゼは、不審そうに見つめていた。
ルイーゼの声に合わせて、レオンは跪いている長髪メガネ・改に視線をズラすと、すくっと立ち上がった。慣れた手つきで銀縁の眼鏡をかけ直すと、ダンスを踊るかのように優雅に頭を下げてくれた。
「遅くなり大変申し訳ございませんでした。私は、ヴィルフレイム王国魔法師団副団長を仰せつかっております。ワートルラーデ、よろしければ、ラーデとお呼びください。」
「あれ、魔法師団団長ってアレクシス・・・の部下ってこと?」
「まぁ、立場上部下、となっていますが、私の忠誠はレオン様のみ。もちろん団長も素晴らしい実力をお持ちですが、如何せんこどもっp「アレクシス避けに使えるぞ」
アレクシスをこどもっぽいと言い放とうとしたラーデの話をレオンが遮ってくれたお陰で彼の役割を理解することができた。
「団長の判断はほぼ独断です。ニコラウス辺りがうまく収めているでしょうね。ただ疑問が残ります。」
「ぎもん?」
急な真面目モードに追いつけないルイーゼは、首を傾げた。
「ルイーゼ様にはどんな秘密があるのですか」
レオンは表情を変えずに、目を合わせることなく耳だけをラーデに傾けていた。
「いくら団長でも魔導師団と騎士団を束ねている方です。親密な女性との話もない団長が、急に一人の女性を囲うような真似をしたのか不思議でなりません。それにレオン様までも彼女を助手だと認めていらっしゃる。なにかあるのではと邪推するのは、私だけではないでしょうね。」
なぜか私に緊張をまとわりついてくるのに、隣のレオンはいつも通りに座ったままだ。
「ルイーゼ、アレクシスに教わったやつをやってみろ」
「え、あれやっていいの」
急に話題を振られたルイーゼは、頷いたレオンをみて、両手の手のひらを器になるように合わせた。
魔力循環をやってるからか、前よりスムーズに魔力操作ができている感覚があった。
全身に纏うように光る魔力が徐々にルイーゼの手のひらに移動していくる様子をみて、レオンは満足そうに口角を上げた。
ルイーゼの手のひらからは、各属性の特徴をイメージした魔力が様々な形をつくっていった。
燃え盛る炎に澄んだ水が噴水のように湧き出ると、竜巻のような風を纏い、木々が生い茂り、ピカピカと荒れ狂う雷雲が現れた。変幻自在に変わる光景に満足げなレオンと驚きを隠せないワートルラーデは固まっていた。
「ふぅ、こんな感じです」
息を吐きながらルイーゼは魔力を抑えると、ふっと手のひらの魔力も消えていった。
「前よりやりやすかったんじゃないか?」
「うん、すぅーって魔力が動きやすく感じた。訓練の成果でしょ!」
「馴染めば馴染むほどに魔力操作はしやすくなる、あとは出力を考えないといけないな」
当たり前の光景かともいうような二人の空気感に置いてけぼりをくらっているワートルラーデは、なんとか声を振り絞った。
「レ、レオン様、これは・・・」
「アレクシスに教わったことだそうだ、厄介だろう?」
「団長が、ですか。確かにこれは、欲しがる理由も分かりますね」
信じられない、団長がこんなのことを教えているとは思わなかった。主属性は基本的に成人前に教会で判断される。それ以外の属性を扱えるのはかなり貴重だ。それなのに、なんださっきのは。手のひらで各属性の魔術が使える、それに自分の意思で変化させたなど、知られれば各方面の貴族からありとあらゆる方法で囲われてしまう。それにそういえば、杖を使っていない・・・まさか、杖無しでも魔術を使えるっていうのか。杖なしでも簡単な呪文は唱えることができるが、さすがにこれは規格外だ。なぜ、団長のもとに行かないという選択を取ったんだ?いや、俺はレオン様のもとにいたからこそ、ここまで知ることを許された。これは、なにがなんでも死守しなければならないだろう。
「レオン様、このことは口外禁止と肝に銘じております。その上で申し上げますが、護衛はどなたに?」
「まだつけてはいない、なんせまだ年が明けて半月も経っていない。それに今はまだ、ジャンヌとのことろに住んでいるんだ。一人で行動するようなことはしないだろうよ」
「ジャンヌ様のところですか、またそれも厄介ですね」
ワートルラーデは、腕を組み思考を進めていた。
あの家は、何気に厄介だ。執事もメイドもジャンヌ様にどっぷり忠誠を誓っている。ジャンヌ様が首を縦に振らない限り、強引になにかを進めることがほぼ不可能だ。彼女を一人で行動させていないということは、ジャンヌ様もかなり彼女にご執心なんだろう。中立を保つジャンヌ様が協力していくれるとしたら、きっと彼女にとってメリットがあること、もしくは彼女自身が選択をすることでしか円滑な動きが出来ないことは簡単に予想できる。だから、レオン様も焦る様子はないのかもしれないな。であれば、最も適切な護衛は・・・
「護りの印をかけるのはどうでしょう」
腕を組むのを辞めた長髪メガネ・改ことワートルラーデが、折衷案とでも言うように発した。
それを耳にしたルイーゼは、興奮気味に両手の指を複雑に動かしていたが、二人の頭には?が浮かんでいた。
「何をしているのか知らんが、じっとしていろ」
「悪意を持つ者を退けよ、ワートルラーデの名のもとに。プロテシエル。」
わくわくしながら待っているとレオンではなく長髪メガネ・改の声から聞こえた。
頭上から空色のベールがルイーゼに落ちてきた。それはどこか温かく、じんわりと身体を包むように浸透していった。
「これでルイーゼ様が嫌だと思った人物やルイーゼ様に対して悪意を持つ者を避けることができます」
「え、すごいです」
本物の魔法をみることができ、ルイーゼは感動して震えた。
「これでも魔導師団副団長ですからね。お安い御用です」
それでは、また。と満足げな表情のまま、マントと長髪を靡かせて診察室を後にした。
「やっぱりすごいね!魔法!」
「ほら、そろそろ帰る時間だぞ」
軽くなったバスケットを持って、笑顔で帰っていくルイーゼに「また明日」と声をかけ、これからの動き方を考えていた。




