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優しさと昔話

「よし、これなら大丈夫だろう。」


厨房では明朝の下ごしらえと片付けをしている部下をよそに、料理長のアドルフはセバスチャンに言われた料理を誠心誠意作っていた。

体に負担が少なく、栄養もあって、温かいもの。

ひどい怪我をしたルイーゼには、早く元気になってもらわないといけない。自分の経験と最高の食材を使う許可を得たアドルフは、いつになく楽しそうに軽やかに調理をしていた。



「はあ、いててて」

全身の痛みに動くたびに呻くような声を出してしまう私の部屋にノックの音が鳴った。

ベッドの上で打ち身でひどく痛む身体を気遣ってくれたアドルフは、リゾットとスープを部屋に持ってきてくれた。

「嬢ちゃん、大丈夫か?セバスから食べやすいものをってことだったが、これ、食えそうか?」

初めて会った時のような威圧感はなく、私をちゃんと心配してくれているように優しかった。

「みなさんに手当てもしていただいたので大丈夫です。わぁ、とっても香りが良いですね。お腹が空いてきました!」

アドルフが持っているお皿から香る魚介出汁の香りが、ルイーゼの顔を緩めた。

「なら安心だ。飲ませてもらったスープの残りをフォンとして使ったんだ。一人分なら作れる量で丁度良かった。きっと口に合うと思う。」

どこから来たか分からない、自分の仕事を脅かすかもしれない私を癒すためにいろんな趣向を凝らしてくれたアドルフの思いにぐっと胸が苦しくなったが、しっかり味わって感謝を述べようとメイドさんの手も借りて、ベッドから起き上がった。


ベッドのサイドテーブルに置かれたお盆の中には、細かく刻まれた野菜とお米がスープと一体になったリゾットが置かれていた。いつもより量は少ないが、野菜の甘い香りが日本を思い出させるような香りで幸せを感じた。

「ふふっ」

つい笑顔になったルイーゼを見て、メイドとアドルフは目を合わせ、微笑んで見守ってくれた。

一口食べると、空腹だったことを思い出したのか、どんどんスプーンが進み、ペロリと完食することができた。アドルフは満足げに口角が上がり、メイドたちも肩を撫でおろした。

「美味しかったです。とっても幸せな気持ちになりました。ありがとうございました。」

嬉しくて美味しかったことを素直にアドルフに伝えると、また明日、と笑って厨房に戻っていった。

しかし人間は、お腹が満足すると本当に眠くなってくるのだ。もしかしたら血糖値爆上がりのせいかもしれない。ふふふ、でも今日くらいは許してほしい。

うとうとと瞬きがゆっくりになり、何も言わずともメイドたちは、ルイーゼが休めるようベッド周りを整え始めた。


「ルイーゼ様、本日はたくさんお身体を使いましたのでしっかりおやすくださいませ。私たちはすぐ近くに控えていますから、いつでもお呼びくださいね?」

いいですか?と念押しをしてメイドたちは部屋を出ていった。

あっという間に規則正しい寝息をたてているルイーゼを扉の隙間から確認し、メイドたちはホッと一息をつき、そっと扉を閉めた。


太陽が大地に光を注ぎ、鳥たちが活動開始する早朝。

ルイーゼを起こさないように、メイドたちは一日の仕事を始めた。

メイドの仕事は多岐に渡る。

ジャンヌはもちろん、いつお客様や旦那様たちが来られてもいいように常に準備万端の状態を保っている。今日は特別だが、いつもの朝のルーティンを終えたメイドたちは客人であるルイーゼの部屋に向かった。


ノックをしても返事がないことに一抹の不安を感じながらも、丁寧に部屋に入りルイーゼを確認した。

「ルイーゼ様?おはようございます。入りますね。」

部屋は荒らされた様子もなく、ベッドも乱れていないことにほっと安心して、ベッドに近づくとすーすーと規則正しい寝息をたてているルイーゼがいた。やはりまだ体調が芳しくないのかと心配しつつも体調確認はこの部屋付きのメイドの仕事の一つである。


「ルイーゼ様、ご体調はいかがでしょうか?」

寝ているルイーゼに何度か声をかけやっと、まぶたが反応した。

「ん、あぁ、おはようございます。なんかまだ眠く、て・・・」

まぶたが開かないのか、目を閉じたまま返事をするルイーゼにメイドは少し違和感を感じた。

「失礼いたします」

メイドは迷わずルイーゼの額に手を乗せ、「やっぱり」と呟いた。


そうなってからの動きは素早く、さすが貴族のメイドと言えるほどの腕前だった。

ルイーゼを起こしに来た2人のメイドは分担して、メイド長への報告と毛布の準備を始め、冷えないようにお湯も用意するよう厨房への依頼もしていた。


「ルイーゼ様、お食事は召し上がれそうですか?」

「いら・・・食べられないかもです。ごめんなさい」

「かしこまりました。お休みください。」

優しい声でお休みと言われ、ルイーゼは暖かな毛布に包まれているとまた睡魔に誘われていった。心配そうに寝息を立てているルイーゼを見つめるメイドたちは、夕食も準備を中止し、そっと部屋から出ていった。


どのくらい寝ていたのか。

ぽわぁっと体の奥から温まる感覚があり、ゆっくり目を開けた。

「起きたか」

顔が見えないほどの長い黒髪を持った男性から声が聞こえた。

「レオ、ン?」

「意外と病弱だな。熱の原因は過労と身体の傷が原因だろう。治療してやったから良くなるはずだ。」

あぁ、あの温かさはレオンさんの魔力か。

「あったかいです、この魔力。」

「そうか」

優しい声色で笑ってくれた気がした。

もう一度休もうと瞼を閉じると、レオンさんは私に語りかけてきた。

「よく眠れるように少し話をしてやろう。」

窓から入る柔らかな朝日がルイーゼの顔を照らしていたが、その光が瞼からなくなっていくのを感じると、ゆっくり瞼を開けた。

するとそこには、輝く星空が映し出されていた。

「・・・わぁ、きれい」

「こどもと同じだな」

なんだか前よりも優しい声な気がする。やっぱり病人には優しいのかも、いじめっこだけど、今日は素直に優しくされてあげよう。

レオンさんは、ゆっくりと話し始めた。


ーーー


何千年も昔、このヴィルフレイム王国は緑豊かで恵みも多く、生き物のオアシスのような場所だった。

そこには人間たちとの遊びに疲れ、呆れ果てた神々が集まり、四季が始まり巡っていった。そのお陰で動物をはじめとした生き物たちは、知らずに築かれたルールの中で平和に暮らしていた。色とりどりの果実や木の実、キレイな花も咲き乱れ、薬にも食料にもなっていたのだ。日々の感謝を様々な方法で捧げていた。


火の神フーフラムによって心温まる暖かさを

水の神オデュリーネによって満ち溢れる潤いを

地の神キシャルによって命を芽吹かせる力を

風の神エウロボーゲによって滞ることのない空気の循環を

空の神アリュテーヌによって土地全体のバランスを


神々からの加護を受けてきたこの土地は、大陸の人間たちから秘境と呼ばれ、到達することが至高の夢とまで言われるようになっていた。そのため様々な方法で人間たちはこの土地を侵略しようと繰り返し攻めてきた。しかし、周囲を海と底が見えないほどの深い谷に囲まれたこの土地は、数千年もの間、多くの侵略者から守られてきた。

そんなとき、一人の小さな女の子が迷い込んできたんだ。


今まで人間たちの行動で多くの生き物たちは命を奪われ、住処を奪われてきた歴史があり、人間そのものを嫌い、その女の子に対しても威嚇し、この土地から追い出そうとしていた。

平和に飽きてしまった神々は、これはおもしろくなると思い、生き物たちの怒りを鎮め、女の子に加護を与えたんだ。


「この人間は無垢な存在です。我々を守る盾になるでしょう。」


その言葉の通り、その女の子は心優しく育ち、慈愛に満ちた女性になっていった。

神々は少女の成長を見守り、その少女に使命を与え続けた。

その影響でここに住む生き物たちを守り、この土地を守るために人柱となり、人生すべてをこの土地に捧げたんだ。亡き後、その女性の信奉者たちが辿り着き、この土地を守るために人柱として人生を捧げ続けた結果、一人の女性が、このヴィルフレイム王国の初代女王として君臨した。


ーーー


「これが建国の神話だ。」

「神が、いるんだね。この世界にも。」

話を聞いて思った、素直な感想だった。


「そうだ。このヴィルフレイム王国は女神が建国し、神々に護られている国なんだ。毎年、魔力が多い国民上位4人が選抜され、この国の平和のため魔力の奉納と祈りを捧げる。」

「祈りと魔力を?」

「そして今年は1000年に一度の記念すべき年。今年選ばれた者は四神聖と呼ばれ、命尽きるまでこの国のためにすべてを捧げるんだ。すごいだろう?」

レオンは、寝かしつけの絵本を読むように優しくゆっくりな口調で話し続けた。


「すべてを?」

「神が作ったこの国の加護を守るため、人柱として生きていくんだ」

「神は、残酷だね」

「残酷か。しかし、そうとも言えない。今までの加護によって、多くの国民は魔力をもって生まれるからな。日々の感謝をこれからの平和を守るために必要なことなんだ」

なぜかレオンの声が少し悲しみを帯びていて、顔だけレオンの方に向けた。

過去の友情や愛情を思い出し、悲しんでいるようにも見えてしまった。

「・・・過去に、戻りたいの?」

思っていたことが声に出てしまったが、レオンさんは優しい目で私を見た。

「いや、今を生きるんだ。過去にしがみついてもいいことはない。それを忘れてはいけない。」

「そう、だね」


互いになにかを隠していることは明白だったが、とても居心地が良いこの空間を崩したくはなかった。

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