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眠れぬ悪魔のベイビーフード  作者: 堂島チロル
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第7話:美青年の事情

見ず知らずの老人を居候させていると知られ、職場で変人扱いされてしまうタナカ。

一方、タナカ家では謎の美青年が全裸でシチューを作っており…!?

「味見なさいますか? ストロベリーマフィン様」


年季の入った一戸建ての古めかしい台所で、

()()()だけを手に振り返る全裸の金髪美青年。

突然の登場人物に驚かれた読者もあるかもしれない。

だがここで思い出してほしい。家主であるタナカの機嫌取りのため、

好物のシチューを作りに行ったのが誰であったかを。

そしてその誰かが、元々どのような姿をしていたかを。


「味見はするとして、クリームパイよ。なんだその姿は」

「ドラゴンの姿は、人間の料理は作るのに適しておりません。

 変化(へんげ)の魔法を使うくらいのことはお許しいただきたく」

「我輩もその程度のことを追及などせん」


ではなぜ? そう言いたげな表情で、美青年――もといクリームパイは

小首をかしげた。やわらかなカーブを描いた髪の毛が、ふわりと頬にかかる。

しかしストロベリーマフィンから返ってくるのは、鋭い眼光だけだった。


「変化の魔法を使うのは良い。だが何故『本来の姿』に戻らない?

 人間界で魔力を使えば使うほど、魔界から我々の行動を察知されやすくなるのだぞ」

「しかし……そうは言いましても……」

「ええい、黙れ! その姿形はすでに失われた過去のもの。

 今の貴様はもっと腹がぶよぶよで、顔が首に埋まり切っておるだろうが!」

「!!」


――カチャン。

クリームパイは整った顔をゆがめると、おたまを小皿に置いて

そのまま膝を抱えて座り込む。


「お、おい。クリームパイ……。すまぬ、言いすぎた」

「……いいんです。事実ですから」


だってだって。自分だって好きで太ったわけじゃないんですもん。

少しの間くらい夢見たい時もあるんです。

魔力を余分に使うのは分かってたから、そのぶん服は省いて、

素肌に飛んでくる油とかにも耐えながら料理してたのに。

何百年という付き合いでもわからないもんですよね。

ええ、ええ。そのくらい覚悟はしておりましたとも。


「ええい、ぐちぐちと五月蠅いぞ!」

「私は何も言っておりませんが……」

「佇まいが語っておるのだ! とにかくエプロンくらい着なさい」

「裸にですか? さすがにタナカに申し訳ないような気が……」

「その前に我輩への不敬を気にしたまえ」

「ははっ。申し訳ありません」


気を取り直したのか、クリームパイはひょっこりと立ち上がり

椅子の背にひっかけられていたエプロンを手に取る。


「早く着ないか」

「急かさないでくださいよ。

 この紐がどこに繋がってるかよくわからないんです」

「見せてみろ。……ん?」

「ほら、わからないでしょう」

「待て、もうすぐわかりそうなんだ。こら、引っ張るな!」


主人と従者がエプロンを引っ張りあっていた、ちょうどその時。

ガラガラと聞き覚えのある戸の音が悪魔たちの耳に届いた。


「しまった! 帰ってきたぞ!」

「え? まだそんな時間じゃ――」

「いいからお前は隠れろ!」


ぽんっ。

小さな破裂音と共に、美青年が姿を消す。

いつものカレーパンに戻ったクリームパイは、

そっと冷蔵庫の陰に隠れた。

タナカが台所に入ってくる、ほんの一瞬前のことだった。


「スドウさん、この匂いってもしかして……」


いつもより心なしか上ずった声。

しかしタナカは最後まで言い終えることなく、話題を変更した。

否、変更せざるを得なかった。


「……何してるんすか、スドウさん?」


そこにはおたまを持ったまま、

奇妙な具合にエプロンに縛り上げられたスドウの姿。


「お、お帰り……タナカくん」

「……ども」


その夜、タナカは『スドウさん』お手製のビーフシチューに舌鼓を打った。



居間に置ききれない段ボールが積み上がった、タナカ家の客間。

隙間を縫うようにして客用布団が敷かれている。

真っ暗闇の中にスマホの明かりだけひとつ。

そこはさながら、秘密基地のようにも見えた。


「今日は危なかったな、クリームパイ」

「申し訳ございません。次からは正しく術を使いますので」

「その件はもうよい。よもやタナカの帰りがあんなに早いとは」

「そちらのほうでしたか」

「人型を取らないと料理や家事に支障をきたすだろうが、

 お前はいないことになっている。

 誰にも見つからぬよう、これからも細心の注意を払ってくれ」

「御意」


枕の上にちょこんと乗ったクリームパイが、顔を埋めるようにして頷いている。


「我々は、悪魔だと知られるわけにはいかないのだ」


その時、ストロベリーマフィンたちは気づいていなかった。

積み上がった通販段ボールの更に向こう、

襖の外の廊下で、彼らの話を漏れ聞いた者がいることを。


「……誰と話してるんだ?」


焼き直したパンの良い香りと共に、その姿は静かに遠ざかっていった。


//8話につづく!

お読みいただきありがとうございます!

先週は年末進行のため1週お休みさせていただきました。

お待ちいただいていた方がいらっしゃいましたら申し訳ありません…!

今回は今年最後の更新となります。

スドウやタナカたちと出会ってくださった方々に大感謝です!

来年も週1ペースで更新予定ですので、どうぞよろしくお願いいたします。

少し早いですが、良いお年を!

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― 新着の感想 ―
こんばんは!チロルさん。   最後に話したのはタナカですよね! ごめんなさい。私の方こそ誤解させる書きかたをしたようです。 プロローグももう一度読んでみますね。 ご自愛ください。
次回までは、ゆっくりと最初から読み直そうと思います。二人の会話が楽しみです。 それにしても、ニャッとします。 焼き直したパン おいしそうですね 
こんばんは!チロルさん。  元気にされてるようで良かったです。 第7話面白かったです。まさか美青年がクリームパイとは想像もしませんでした。  確かに長い紐のエプロンをすると、ややこしくなって結局足から…
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