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眠れぬ悪魔のベイビーフード  作者: 堂島チロル
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第6話:パンとビーフシチューと美青年と

タナカ家の居候として契約を交わしたストロベリーマフィン。一方、タナカの勤め先である『ベーカリーなかむら』では……?

焼き立てのパンの香りが、建物中に充満している。

ここはとある田舎の山間部に店を構える小さなパン屋、『ベーカリーなかむら』。

普段は黙々と作業音だけが聞こえる早朝の店内だが、本日だけは違った。


「あーーっはっはっはっは! ひー、ひー、

  ひー……っくく……ぷはっ、あははははっ!」


響き渡っていたのは店長ナカムラの大爆笑。

その止むことない笑い声に、ついに厨房から職人のヤマザキが顔を出した。


「どうしたんすか、店長?」

「だ、だってさ、こいつ、実家に怪しいじいさんを居候させてるって……

 ヒィ、ヒィ……意味わかんねぇ」


手を打ち叩き、指を差されて無遠慮に嗤われているのは、他でもないタナカである。


「え、つい最近こっち帰ってきたんですよね? タナカさんって」

「……はい」


ほんの少し前に紹介されたばかりの同僚が、自分を困惑の目で見ている。

やはり言うのではなかった――タナカの後悔の深さたるや、もはやマリアナ海溝である。

少なくとも話すべきタイミングは今ではなかった。後悔先に立たず。


「どうしてそんなことになっちゃったんです?」

「それが俺にも何が何だかわからなくて――」

「おーい、ヤマザキくん。もうすぐ食パンB焼き上がり、ヨッ」

「サーセン、すぐ戻ります!」


先輩職人であるフジに呼ばれたヤマザキは、

2人にちょこんと会釈をして厨房に引っ込んでいく。

タナカは詳しい事情を話さずにすんだことに、ほんの少し胸をなで下ろした。


現在この店に職人は2人在籍している。

今顔を見せたヤマザキはタナカたちと同年代で、

ベテランのフジ氏はタナカたちの親世代に近い。

そのほか調理補助とレジ接客のアルバイトが幾人が加わって

店を回しているというわけだ。


ではタナカは何の役割を担っているのか。それは店長補佐である。

新規納入先の開拓から新しいパンの企画、チラシの作成まで

店長の手からこぼれる仕事を一手に請け負う、言ってしまえば何でも屋だ。

こんなポジションの人間を田舎のパン屋が雇うのは

現実的ではないのでは、と疑問に思われるかもしれない。

だがなかなかどうして、ナカムラはやり手なのである。


ナカムラはタナカが合流するまでに、

学校給食の納品という安定的な案件を用意していた。

この辺りにも学校はいくつかあり、

街の業者が入っていたのだがいかんせん交通の便が悪い。

そういう事情で、念入りな交渉の末、バトンタッチが決まったのだそうだ。

要するに『ベーカリーなかむら』は、ぱっと見より儲かっているのである。


「ひー、ひー、ひー……そのじいさんって幽霊とかじゃないよな?」

「違う……と、思う」


だって幽霊はイオンスチーマーなんて使わないと思うし。

――そう口を突いて出かけたが、

更なる爆笑を誘いそうだったのでやめておく。


「あはははっ。じゃあ帰り、適当にパン詰めるからさ。

 そのじいさんに感想もらってきてよ」



ブーーッ、ブーーーーッ。

タナカ家の呼び鈴が鳴る。


「はいはいはい、しばし待たれよ」


廊下の奥から小走りにやってきたのは、

噂のじいさんことストロベリーマフィンである。

カギを外すとガラガラと音を立てて、ガラス戸を開ける。


「ちわっす、タナカさん(かた)スドウさん宛です」

「ご苦労」


ストロベリーマフィンは配達員の指さす小さな四角の中に、

『スドウ』と慣れた手つきでサインをする。

――そう、ストロベリーマフィンはスマホの操作をあらかた覚えた結果、

ネット通販にハマってしまっていたのである。

配達員を見送ってから、届いた段ボールを

これまた慣れた手つきで居間に運び込む。


「ストロベリーマフィン様、また買い物をしたんですか」

「うむ。どうしても気になる商品があったのでな」


段ボールの外側には、国内でも広く知られた

健康食品メーカーのロゴが大きく印刷されている。


「またタナカに小言を言われますよ」

「それは勘弁してもらいたいな。クリームパイ、何とかせよ」

「何とかとおっしゃいましても……。

 いつものように、夕食に奴の好物を作ることくらいしか」

「それでよい」

「……承知いたしました」


正直なところ面倒くさいのだろう。

クリームパイはカレーパン状の顔をくしゃくしゃにして、

台所へ向かってふらふらと飛んでいく。


「すまぬ、クリームパイ。苦労をかけるな」


上司であるストロベリーマフィンは、

去っていく部下の背中を見送りつつ、ぽつねんとつぶやいた。


――そしてストロベリーマフィンが

箱の中の説明書をつぶさに読み終えた頃。

台所から肉の旨みがぎっしりと詰まった匂いが漂ってきた。

ストロベリーマフィンはゆっくりと腰を上げ、台所へと向かう。

中からは上機嫌な鼻歌が聞こえていた。


「良い香りになってきたではないか」


ストロベリーマフィンが開け放たれた障子戸越しに声をかけると、

コンロの前にいた人物が鼻歌をやめて、こちらを振り向く。


「味見なさいますか? ストロベリーマフィン様」


笑顔でストロベリーマフィンを迎えたのは、

カレーパンでもドラゴンでもなく――

素っ裸におたまだけを携えた、ギリシャ彫刻のような美青年だった。


//7話につづく!


今週もお読みいただきありがとうございました!

次回も金曜朝6時に更新予定です。

引き続きどうぞよろしくお願いいたします。

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― 新着の感想 ―
こんにちは!チロルさん。 タナカさんの「違う…と、思う」の微妙な間と「更なる爆笑を誘いそうだったのでやめておく。」フフっと笑えて楽しく読ませてもらいました。  ありがとうございます。  次回はび、美青…
美青年と書いてあるので、好みのスターを何人か想像しました。どういう展開になるのでしょうか? 次回が楽しみです。 お腹がすいてきましたよ 我が家に来てほしいです(笑)
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