第5話:赤きこと血のごとく
『目的』を達成するため、タナカに弟子入り志願したストロベリーマフィン。だがその翌朝、問題が発生……!?
タナカの実家に珍客が転がり込んだ、その翌朝。
香ばしいトーストの香りが、珍客ことストロベリーマフィンの鼻を
今すぐ起きよとばかりにくすぐった。
「ほう。これは……!」
傾国ホテルのトーストもなかなかのものだったが、その上を行くのではないか。
ひと口かじるなり、ストロベリーマフィンは目をみはった。
「美味しいですか?
友人が朝早くから焼き立てを持ってきてくれたんですよ」
「素晴らしい友人だな。
力ある者の周囲には、同じく力ある者が集まるのは、世の常ではあるが」
「……俺にはなんの力もないですよ。
卵も野菜も買ってないんで、せめてこれでも塗ってください」
「これはまた、血のごとく赤い――」
「ただのイチゴジャムですよ」
「……わかっている、大丈夫だ」
大丈夫と言われると何も言われないよりも一大事のような気がしてくるが、
タナカは深追いしない。そういう男なのだ。
「ところで、あれから考えたんですけど」
ビクリ、とストロベリーマフィンの肩が揺れる。
「まさか……」
「そんな顔しなくても、帰れとか言わないんで」
「……そ、そうか。それは非常に助かる」
「スマホ教えてほしいって言ってたじゃないですか。
まあ、みっちり1週間くらいかければ大体のことは覚えられると思うんですよ。
要するに『わからないことを調べるスキル』っていうのが身に着けばいいんで」
「調べるとなると……字引きのようなものが存在するのか?」
「じ、字引き? ええと……図書館、みたいなもんですかね。
とりあえず1週間と見てください」
「わかった」
「で、その間の住まいなんですけど……あいにくこの辺って、
田舎すぎてホテルとか宿泊系の施設がないんですよね」
――沈黙。
これは無言の戦いであった。
何としてでも弟子入りをしたいストロベリーマフィンと、
あわよくば自分から諦めて出ていってくれないかと願うタナカとの。
そして、お互いの目だけが彷徨うこと、
カップラーメンが美味しく出来上がるほどの時を経て。
「……ので、まあ、うちに居候でもどうですかね。条件はありますけど」
「その条件、飲んだ!」
「返事速すぎでしょ!?」
にらめっこに負けたのは、タナカだった。
そもそも勝てるはずがなかったのだ。
タナカの両親は仕事で家を留守にしがちで、
ほとんど祖父母に育てられたようなもの――要するにジジババっ子だ。
どんなに居丈高であろうと、身なりがきちんとして金持ちそうであろうと、
夜中にはイノシシの出るような山奥に老人を捨て置くなどできない。
「で、一泊いくら必要なのだ? 授業料は別途か?」
「お金なんて取りませんよ。
頼みたいのは留守番と、家事周りです」
「なんだ、そんなことか」
ストロベリーマフィンが安堵を顔に出すと、今度はタナカが目を丸くする。
これでも無茶を言ったつもりだったのだ。
超高級の傾国ホテルなんて泊まって、何でもかんでもやってもらって
靴の紐すら結べないのではないかとすら思っていた。
そのじいさんが家事を『そんなこと』と言ってのけたのである。
――へえ。それなら、やってもらおうじゃないか。
「んじゃ、これで契約成立ですね」
「ん? 契約……契約と言ったか!?」
急に取り乱したストロベリーマフィンにタナカの怪訝な視線が注がれる。
「その……契約というのは、スマホの時と同じ形式でいいのか?」
「え? むしろ今のは言葉のあやで、
契約書なんて交わすつもりもなかったですけど……。
あった方が安心なら、電子でも紙でも、なんでも用意しますよ」
「あ、ああ……そういうことか。すまんな、少々勘違いをしていた。
貴殿に任せよう」
ストロベリーマフィンの安心しきった表情を見て、タナカは理解した。
この人って、血判とか必要な世界から足洗ったのかもしれないな――と。
//6話につづく!
5話をお読みいただき、ありがとうございました!
年末進行と重なり、今回かなり短くなっております。申し訳ございません…
年内はこのくらいのペースになっていきそうです。
とはいえ毎週更新を目指しておりますので、来週金曜日6時もよろしくお願いします!