第4話:あくまで悪魔ですから
タナカにスマホを教えてもらおうと、実家まで追ってきたスドウ(ストロベリーマフィン)。
はたしてその願いは聞き届けられるのだろうか…?
「タナカくん、我輩にスマホの操作を叩きこんでくれ! この通りだ」
どちらかというと居丈高。威厳と言い換えるにはギリギリ感漂う、強い圧。
この男は店で見かけた時から、そんな『タダモノでなさ』を漂わせていた。
どんなバックグラウンドを持つのだろう――
タナカは気になりつつも、深く考えるのを避けつづけていた。
誰だって隠したいことはあるものだ。
スドウ氏の前に接客した、娘のスマホデビューを仲良く祝っていた母娘も、
実はしきりと父親にバレないかどうかを気にしていた。
そんな様子を見れば事情が気になってしまうのが人の性。
だからといって「何があったんですか」なんて聞きはしない。
それが都会の優しさというものだ。
だから探らなかった。尋ねなかった。
政界のドンだと言われても、地域に根差しまくった特殊な団体のトップだと
言われても納得してしまう風貌のこの男に、そんな無粋なことは。
でも今の自分はスマホショップの店員ではない。店もブランドも背負ってはいない。
何の肩書もない、ただのタナカなのだ。無職は、無敵だ。
「何者なんですか、アンタ」
「…………」
「人を尾行して頼みごとしといて、だんまりですか」
「……しがない年寄りだ。あまり苛めないでくれ」
そう言ってスドウ氏は、唯一の手荷物であるボストンバッグを強く抱きしめ、
うつむくのである。
「なっ……」
まさか泣き落としとは。タナカは唖然とし――やがて脱力感に襲われる。
「スマホ、そんなに覚えたいんですか?」
「……覚えたい。いや、どうしても覚えなければならない」
「俺を追っかけてきたってことは、他の人には聞けない事情があるんですよね」
「…………」
質問には答えないまま、少し沈黙した後、スドウ氏はつぶやいた。
「許してくれるのか」、と。
タナカはため息交じりに答える。
「……コーヒー、冷めますよ」
◆
互いのコーヒーの隣には、豆皿に乗った傾国ホテルのチョコレート菓子が並ぶ。
「なかなか良い趣味をしているな」
「祖母が集めてたんです。九谷焼って言ってたかな」
腰を落ちつけて改めて事情を問うと、やはりスドウはタナカを『スマホの師』と仰いで
ここまで追ってきたらしい。
「また来店されるだろうと思って、ショップの者には引継ぎしてたんですが」
「それについては礼を言おう。だが貴殿の働きに比べて
彼奴らの愚鈍なことときたら……到底代わりになどならん」
スドウ氏は比較的寡黙なタイプのようだが、その時だけは違った。
滝のように口から流れ出るのは、応対したショップ店員に対する愚痴である。
ひとつひとつは何気ないスマホショップの日常なのだが、
慣れていない人からはこんなふうに見えるものなのかと、
タナカは聞いていて思わず吹き出してしまう。
「すいません。ある意味、特殊な業界なんですよね……」
だからといって、こんな辺鄙な所までいらっしゃらなくても――タナカが
至極真っ当な問いを発すると、スドウ氏の眼光が鋭くなる。
「師事する先達によって、結果は大きく左右される。いかなる道であろうとな」
あまりの本気ぶりに呑まれそうになる。たかがスマホなのに。
タナカが黙っていると、理解できなかったと思ったのか
スドウ氏は咳ばらいをひとつして、もう一度口を開く。
「ここに来てから、スマホというものが生活必需品だと知った。
これを使いこなせなければ我々の目的は――ゲホゲホ――
我輩はここでの生活に馴染めないと確信したのだ。
スマホを使いこなせる者には、この切実さは分からないだろうが」
――今、また何か妙なことを言ったような、誤魔化されたような。
だが話の核心はそこではない。真剣そのもののスドウ氏を前にして、
揚げ足を取るような真似はしたくなかった。
きっとスドウ氏はどこか遠い国から来たのであろう。
今の時代、スマホのない国など限られてると思うが、ないことはない。
「確かにここみたいな田舎でも、今やスマホは必須ですからね」
「やはりそうか」
「電波は悪いですけどね」
その時、真夜中を報せる振り子時計の音が、ボーン、ボーンと鳴った。
「……とりあえず、風呂沸かしてきます。入るでしょう?」
「あ、ああ。すまんな」
年寄りに田舎の夜の寒さはこたえるだろう。
話の続きは明日の朝すればいい――タナカはそう結論づけた。
◆
あてがわれた客間は、風呂に入っている間にほんのりとあたためられていた。
畳の上には清潔そうな布団も敷かれている。
ストロベリーマフィンは枕元にボストンバッグを置くと、そっとジッパーを引いた。
「……起きているか、クリームパイ」
「ええ、ぱっちり目覚めておりますとも! 真っ暗で棺桶の中のようでしたけども」
ぴょこんと飛び出したのは、
まるまる太ったぬいぐるみのような形状の自称・ドラゴン、
中身は魔王城の主ストロベリーマフィンの長年の侍従である、
クリームパイである。ここまでタナカを追ってこられたのも、
ひとえにドラゴンの嗅覚によるものであった。
「本当によく働いてくれた。疲れたろう」
「このくらい朝飯前ですよ! ドラゴンの体って便利ですねえ」
彼がこうまで言うからには、
見た目はどんなにぬいぐるみのようでも、本当にドラゴンなのだろう。
「それで、ストロベリーマフィン様。うまくいきそうなんですか?」
「ああ。タナカ君は我輩の師匠となってくれるだろう」
「それは聞こえておりましたが……その先のことですよ」
そうだ。
我々はなにもスマホを覚えるために人間界に来たわけではない。
これはあくまで手段であって目的ではないのだ。
「皆まで言わずとも、わかっておる。クリームパイ」
ストロベリーマフィンは、しっかりと引かれたカーテンを開け放ち、
窓の外の月を背に、唇の端を上げる。
「……この時代に生きる人間どもを、ことごとく不眠に陥れてやろうではないか」
//5話に続く!
4話お読みいただきありがとうございました!
次回5話も、来週金曜日更新予定です。
どうぞよろしくお願いいたします!