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眠れぬ悪魔のベイビーフード  作者: 堂島チロル
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第1話:スマホを知らないだけなのに

とある『目的』を持って、極秘で人間界へやってきた

魔王城城主・ストロベリーマフィンたち。

最初に取った行動は……?

「あの……よかったらこの席、座られませんか?」

「うむ、そうさせてもらおう」


見事なホワイトヘアの男性が譲られた席に腰かけると、

学生服を着た少女ははにかむように笑って手近な吊り革を握る。


この時代にもできた人間はいるものだ――と、

ストロベリーマフィンは感心しながら整えられた顎髭を撫でる。

しかもこの座席は特等席のようではないか。

高貴というには程遠いものの、可能な限り上等を目指したらしく

他の席とは違ったボタニカル調の布が張られている。


(若返りの法を使うことも考えていたが、このままでも不都合はないようだな)


しかしこやつに関しては――と、膝の上に鎮座している毛だらけの生き物を見下ろす。

その生き物は丸い体を更に丸くして、まるで餅のようになっている。

――我が腹心の部下よ。

何が災いして、かような下等魔獣のごとき姿に変わり果ててしまったのか。

シュガープレッツェルの魔法陣が不完全だったのか?

それとも想定外の要素が悪影響を及ぼしてしまったのだろうか?

魔王城の主たるストロベリーマフィンは

長年の部下の心中を思うと、冷たい心臓がぎゅっと掴まれるようであった。

当のクリームパイはというと、そんな主の心遣いなどつゆ知らず

主人の膝の上の寝心地のよさに、まどろみかけていたのであるが。


「ねえねえ、あのおじいちゃん、ぬいぐるみ持ってるよ。

 まんまるで茶色くて……なんだろう? パンみたい!」

「こら! 余計なこと言わないの」


クリームパイよ、貴様ぬいぐるみだと思われているぞ。

気高き血筋の悪魔ともあろう者が痛ましいことだ。

ストロベリーマフィンは、部下の名誉を守らんがため、少年に釘を刺した。


「こやつはパンではない。高貴なるドラゴンなのだ、我輩の相棒のな」

「ドラゴン? でも牙も尻尾もないよね」

「今は姿を変えておる。そう……人々を怖がらせぬように」

「たしかに怖くないね! 触ってもいい?」

「それはまあ、構わんが……」


顔は少年に向けたまま、ちらりと斜め上をうかがう。

実は先程から、強烈な視線を感じていた。

それは殺意でもなく怨嗟でもなく、しかし確実に負の念を纏った……


「すみませぇん、息子がご迷惑をおかけしましてぇ。――こっちに来なさいッ!」

「いたたたた! お母さん、爪食い込んでるー!」


視線の主は少年の母親であった。

もしや彼女は何らかの特殊な能力を所持しているのやもしれぬ。

たとえば悪魔の存在を感知するような……。

かつて一世を風靡した悪魔祓いは、現代では鳴りを潜めていると聞くが

この母親がそのような血筋を引いていないとも限らぬ。

ここは事を荒げぬよう、静観するのが悪魔のたしなみだ。

ストロベリーマフィンは伏せ目がちに車内の様子を探ることにした。

それもこれも、数百年前に来た時とは様変わりしているこの人間界に

いち早く馴染み、『目的』を遂行するためである。


しばらく車内の様子をうかがう。

するとストロベリーマフィンはあることに気づいた。

老いも若きも、四角い板のようなものを持っている。

形状は様々だが、共通しているのはその表面には文字や絵が表示されていること。

本のようなものだろうか? 当世の人間は移動中も本を読むのか。

ふむ、なかなか知的な生活を謳歌しているらしい。

我輩もあれを持つべきなのではなかろうか?――悪魔的直観がそう言っていた。


「皆、ソレにご執心ですな。レディ」


我輩に席を譲った女学生にそっと声を掛ける。

すると素っ頓狂な声が返ってきて、膝の上のカレーパンのような部下が

びくりと身を揺らした。


「れれれれれれれれレディ!!」


女学生は目を大きく見開き、ずっしりとふくれ上がったカバンを取り落とす。

四角い本のようなソレも同じく落下したが、これはさすが若者というか、

素晴らしい反射速度でキャッチする。

我輩がカバンを拾って渡すと、女学生は恐縮しながら受け取る。


「お、おじさまは持ってらっしゃらないんですか、スマホ」


気を取り直した女学生が質問を返してくる。

なるほど、あの本らしき物体は『スマホ』と称するようだ。

名前もどことなく『ホン』とにている。やはり本の仲間なのかもしれない。


「老いぼれには、よくわからんのでな」

「うちのおばあ……祖母も同じこと言ってました。

 でもいざ使ってみたらすごく便利みたいです。

お店で聞いてみるといいですよ。

 スマホがあったら、ちょっとしたこととかすぐ調べられますし」

「ほう、そんなこともできるのかね」

「はい! ぜひ」


親切な女学生は3つ先の停留所に大きなスマホの店があると教えてくれ、

丁重に礼をしてバスを降りて行った。


「ふむ……スマホか」



白を基調とした店内に、整然と四角な機器が並ぶ。

ここは界隈きっての大規模スマホショップだ。

内側から押し開けた扉を背に、若い店員風の男が客を見送る。


「本日はご契約ありがとうございました。

改めまして、お嬢様のスマホデビュー、おめでとうございます!」

「ありがとうございまーす」

「なんだかんだクレジットカードまで作らされちゃったけどね?」


ちょっぴりの毒を含みながらも、

母親らしき女性の顔には満足気な笑みが浮かんでいる。


「1万ポイント貰えるからいいじゃーん! 私、半分でいいから。ね?」

「こらっ、そういう話は帰ってから。本当にありがとうございました、えーと……」

「タナカです。何かございましたら気兼ねなく当ショップにご連絡ください」


うなずく娘に会釈をする母親。

手を振って去る親子の背中が見えなくなるまで、タナカは店の入り口から見送り続けた。

その丁重振りときたら、自動車ディーラーの見送りと見紛う程である。

ゆっくりと扉を閉めて店内に戻ってくると、

待ち構えていたように他の店員の声が飛んでくる。

今はショップの中に、客はひとりもいないからだ。


「タナカさん、今日もバリバリだねー。

新規契約の上にカードと、あとアプリも入れてもらってたでしょ?

しかも予約時間5分20秒余らせて!」

「もー、何計ってんすか、先輩。

やりたいことハッキリしてるお客さんは対応しやすいだけですよ」

「また謙遜しちゃって~……うわぁっ!」


店員が驚いたのも無理はない。

スタッフしかいないと思って無駄口を叩いていたのに、いつの間にか客がいたのだ。

商品展示コーナーできつく眉根を寄せているのは、

見事な白髪をなでつけた、気難しそうな高齢男性。

そんな彼に、タナカが無駄のない所作で近づいていく。


「お客様、ご予約はございますか?」

「予約? そのようなものが必要な高級な店であったか。出直そう」


あっさりと踵を返されて内心面食らったタナカだが、

表情にはおくびも出さない。


「失礼しました、念のためお尋ねしたまでです。こちらのカウンターにどうぞ」

「ふむ、では頼もうか」


タナカは普段と寸分変わらぬ所作で新規客をカウンターに案内する。

それを見た同僚たちが、声をひそめて言葉を交わしていた。


「タナカくん、そろそろ休憩じゃなかった?」

「ありゃ捕まっちゃったな。むしろ捕まりに行った感もあるけど」


そして見慣れない形状の椅子――ただのパイプ椅子だが――に

居心地悪そうに腰かけた客、つまりストロベリーマフィンは

開口一番、タナカにこう告げた。


「スマホ、とやらを1枚頼む」

「……枚?」


さすがのタナカもついオウム返しに声に出してしまう。

――この爺さんは、なかなか手ごわそうだ。

唇の端が0.5ミリ上がった。



スマホショップのカウンターテーブルは、客とスタッフの心の距離だ。

縮まったように思えた瞬間があったとしても、それは幻想。

売る側と買う側の、契約を勧める側と勧められる側の、

偶然の利害の一致が生まれた一瞬の産物であって、

その均衡が崩れた瞬間、テーブルの幅は依然変わらないことを思い知らされる。

2年半のショップ勤務を経て、タナカも様々な局面で感じてきたことだ。

相手がスマホ初心者であれば、一瞬のズレが決定的な交渉決裂に至ることもある。


そしてこのドがつく初心者客はというと――


「いやはや、タナカくんといったか。今日は本当に世話になった。

 君のような切れ者を雇った店主はさぞかし幸せだろうね」


ご満悦もいいところだった。

その代わり随分と説明をさせられ、かれこれ2時間経つわけだが。


「勿体ないお言葉です、スドウ様。

何かあればまたお気軽にショップにいらしてくださいね」


こんなお決まりの文句にも、スドウ――ストロベリーマフィン――はご満悦だ。


「そうさせてもらおう」


タナカがドアを背に45度に腰を曲げると、

スドウはちょいと帽子を上げて店を出ていく。

胸のところに、悪くない風が吹いていた。



宿泊先のホテルへの帰り道。

すでにいくらか充電されたスマホをことあるごとに覗きながら

ストロベリーマフィンは街を闊歩していた。

普通なら通行人にぶつかりそうなものだが、

額に目でもついているかのように、すいすいと進んでいく。


「……む?」

「どうかなさいましたか、ストロベリーマフィン様」


開けておいたバッグの口から顔を出したのは、

相変わらずぬいぐるみのようにふかふか丸々とした姿の

クリームパイである。


「いや、あの男――タナカのやった通りに触っておるのだが、言うことを聞かんでな」

「ショップに戻って聞いてみます?」


クリームパイの提案に、ストロベリーマフィンは逡巡する。

戻ろうか、戻るまいか。

そんな彼の姿は、ぱっと見、地図アプリに翻弄されている高齢者である。

案の定、通行人が声を掛けようかと立ち止まって様子をうかがい始めた。


「……いや、やめておこう。この調子だとまだまだ分からないことが

 出てくるはずだ。今戻って聞くより、リストアップしておいて

 明日また尋ねに行ったたほうが、効率がいいだろう」

「さすがストロベリーマフィン様! ご慧眼です」

「あの男はどうも忙しそうであったからな。細かく時間を取っては却って気の毒だ」

「ですね。じゃあホテルに戻りましょう」

「ああ。帰りは地下鉄とやらを使ってみようか」


ぬいぐるみと対話を繰り返す高齢者。

自らの手に負えないと思ったのか、

立ち止まっていた親切な通行人は、いつの間にかいなくなっていた。



ストロベリーマフィンたちが店に戻ることを断念した頃。

タナカは同じ制服を着た、しかし随分と恰幅の良い女性から話しかけられていた。


「タナカさん、最終出社日に大変だったね!」

「いえ。むしろなんか……これからのことが見えてきた感じがして、よかったなって」

「そっか~」

「店長。これまで2年と少し、本当にお世話になりました」


笑顔でお辞儀をするタナカに、小さな花とプレゼントが渡される。

いつの間にか他のスタッフも集まっていた。


「地元に戻ってもがんばってね、うちのカリスマ販売員!」


たくさんの拍手と笑顔に包まれて、タナカは胸を熱くしていた。


//2話につづく

お読みくださりありがとうございました!

第2話は来週金曜日朝6時更新予定です。

悪魔たちの行動力にご期待ください!

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― 新着の感想 ―
こんにちは!チロルさん。   白髪のおじいちゃんがパンのぬいぐるみ(実際はドラゴンだけど)を持っていたら可愛いですよね!私もその場に居たかった。 彼らは何の目的なんでしょ。ますます次回がたのしみです。
スマホかぁぁー どういう展開になろんだろう。それにしても、膝の上のパンみたいなの可愛い 次よろしくお願いします。
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