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眠れぬ悪魔のベイビーフード  作者: 堂島チロル
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プロローグ:魔王城の城主

漆黒の風がじっとりとうねりを(まと)いながら空を埋め尽くす、恍惚の夜。

荘厳たる石造りの城の地下深くには、せわしなくうごめく何者かの姿があった。

痩せこけたその顔にはわずかに焦りのようなものが見受けられる。

それもそのはず。

このカビ臭い男――年に一度も呼ばれることはないが

<シュガープレッツェル>なる名を持つ――は、

とある人物から、極秘かつきわめて達成困難な命令を受けていた。


『我輩をこの城のなんぴとにも知らるることなく、人の世へ送り届けよ』


そう、ここは魔がひしめく世界。その中枢も中枢たる、魔王の城である。

地下666階、そのまた奥深くにこの研究室は存在しているのだ。

足を踏み入れようなどと思う物好きは、

住人たる彼――シュガープレッツェル――のほか、いようはずもなかった。

だが今日は、今夜だけは特別だ――シュガープレッツェルはほくそ笑む。

あの方が数十年ぶりにここを訪れる。

一年で最も『魔』が濃くなるといわれるこの日に、

人間界へ向かわれるというのだ。

しかも私のこの、長年の研究の末に生み出した、最新の魔法陣を使って。


「ククク……ハーハッハッハッハッハ!」


高笑いの後、激しい咳に襲われた。

魔王城といえど地下もここまで深くなるとカビが我が物顔ではびっこっており、

硝子細工のごとく繊細な悪魔の喉では耐えきれぬこともある。

しかもそんじょそこらのカビではない。魔王城のカビである。

――キヒヒヒヒッ。

笑い声が聞こえた気がした。

カビの野郎、おれで遊んでやがる――悪態をついた、その時だった。

シュガープレッツェルの絡まりあった白髪の奥から、尖った耳がツンと突き出る。


靴音が近づいてくる。この音は。

聞き間違えようがない。魔界で最も優美でかつ、もっとも残酷な靴音。


「ストロベリーマフィン様!」


待ちきれずに内側から扉を開ける。

目に飛び込んできた眺望はシュガープレッツェルの期待を裏切らなかった。

数百年前にお目にかかった時と寸分たがわぬ姿のこの城の主。

細身の御体で着こなすのは上等で真っ黒な、闇をくり抜いたようなスーツ。

すっと通った鼻筋の両側には、真鍮色の瞳をもつ両眼が、

ナイフで描いたような優美なカーブを備えながら一対の眼窩におさまっている。

撫でつけられた髪の一束が落ち、映画スターさながらの頬にかかる、

その陰こそ美しく。


「息災のようだな、シュガープレッツェル」

「ええ、ええ。お陰様で! ストロベリーマフィン様」


曲がった腰を更に曲げて礼を言っていると、

城主の後ろからひょっこり顔を出す者がいる。


「よっす」

「まさか……クリームパイ様でいらっしゃいますか!」

「もちろん! たった数十年で、顔忘れちゃった~?」

「い……いえ、そんなことは」

「はっきり言ってやれ。太りすぎだと」

「え~? このくらい大したことないですって」

「ははは……」


クリームパイ様といえば、ストロベリーマフィン様より

少しだけ背が低いのだけが玉に瑕だが、

目鼻立ちのハッキリした顔に洒落たスーツがお似合いの美丈夫だった。

城主ストロベリーマフィン様の腹心の部下であるゆえ、

私も幾度となくお目にかかったことがあるのだ。

今は随分と丸みを帯びていらっしゃるが、

ストロベリーマフィン様と共に私にとって命の恩人でもあり――


「どうした、シュガープレッツェル?」

「も、申し訳ございません。ついつい思い出に浸ってしまい……」

「ふ。では城に戻った暁には、3人でたっぷり語り明かそうではないか。

悪夢のようなあの時代について。……だが今は急ぐからな。準備は良いか?」


城主の問いかけに、鷹揚にうなずく。


「整ってございます……どうぞこちらへ」


奥に進むと多少開けた場所があり、私はそこに魔法陣を描いていた。

使ったのはとある気高き生物の血だ。

読者が泡を噴いて倒れるのは本望ではないゆえ、名は伏せておく。


「見たことのない陣だな」

「私めが独自に開発した、最新式のものですから」

「おニューなんだ? そういうのアガるよねぇ~!」

「目的さえ達成できるならば、どのようなものでも構わぬ」


城主ストロベリーマフィン様が威厳に満ちた足取りで魔法陣の中央に進み出る。

コツ、コツと重い音が石の床に響いた。クリームパイ様がその後に続く。

私はストロベリーマフィン様から合図を受けて転送用の詠唱を始めた。

するとお2人の体は、毒々しい光に包まれ始める。

お姿の輪郭が歪んでいき、徐々に闇へと練り上げられていく。

成功は間近だ。確信した私の全身を興奮の震えが走った。


「必ずや手に入れてみせるぞ。覚悟しておれ、人間ども……!」


最後にストロベリーマフィン様の麗しい声だけを残し、

お2人の姿は完全に闇の粒子となって消えた。


「やった……やったぞ!

 おふたりの旅路に最上級の悪夢が降りかからんことを!」


私は蜘蛛の巣だらけのグラスに安物のワインを注ぎこみ、高く掲げるのであった。



満天にちりばめられた星の下、心地よい夜風がさらさらと草木を揺らしている。

ここは地上の星々を遠く見晴らす都会の丘の上。

贅沢にもふたつの星空を望む丘の上には、

小ぶりのキャンプ用テントがいくつか張らている。

その近くで焚火を囲みながら、若い男たちが愉し気な声を上げていた。


「来たぜ俺のターン! 魔法カード発動!」

「この時を待ってたぜぇ~! 罠モンスターの攻撃!」


うぐぁ、と喉から声を絞り出してのけ反る男。ポーズを取って勝ち誇る相手側の男。

ただしそこにはモンスターの姿もなければ、

突風が吹き荒れるわけでも、治癒をしてくれる精霊がいるわけでもない。

これはいわゆるカードゲームというものだ。

モンスターや魔法などのイラストと共に

ゲーム上の効果が書かれたカードを使って戦う。

ポイント化された生命を削り合い、相手のポイントをゼロにしたほうが勝者だ。


「サレンダーか?」

「俺は先祖の名にかけて、絶対にサレンダーせんのだ!」


彼ら2人の隣でも、同じようにカードバトルが繰り広げられている。

こちらは幾分、穏やかなようだ。


「街はハロウィンパーティでごった返してるってのに、俺たちときたら……」


自嘲的な笑み。しかしその笑みはとても複雑な味を含んでいる。

諦念と言うべきか、はたまた達観というべきか、

いやむしろ優越ですらあるのかもしれない。


「俺たちがパーティに参加したって、いいとこ飴配り係ですよ。

 ……あ、召喚いっすか?」

「ドゾー」


あくまで訥々と。彼らの野外バトルは進行していく。


「寒くなってきましたね。テント戻ります?」

「だね。この回が終わったら――ん?」


訥々グループの一人が、手に持ったカードにメガネをかけた顔を近づける。


「どうしました?」

「いや……俺、このカード、デッキに入れてたかな? と思って」

「どっかで紛れ込んだんじゃないですか?」

「そっかなぁ……ていうか、微妙にイラストもテキストも

 通常のと違う気がするんだけど」

「見せてくださいよ」

「普通にやだよ。

 てか、イレギュラー召喚できるみたいだから、やらしてもらうわ」


彼はすでに場に出しているカードを幾枚か重ねたり横に外したりなんたりと

存分にいじくった後、もう一度じっと手元のカードに目を落とす。

そして意を決したように、その1枚を相手側にくるりと向ける。


「モンスター召喚! 『魔王城の城主』」


言葉が発せられた瞬間。風が変わった。

さわやかに草木を揺らしていた夜風は、じっとりとぬめった質量を持つ。

カードは禍々しい光を発しており、パタパタと揺れている。

地面から起きたとしか思えない突風が男の髪を逆立て、

他のカードを辺り一面に舞い上がらせた。


何が起きているのか。

その場にいる男たち全員の視線が、くぎ付けになっていた。


「なにこれ。先輩、演出仕込んでたんすか?」

「んなわけねーんだわ!」


カードが派手に宙を舞う中、つむじ風の中に人影が見えた気がした。


「だ、誰かいるのか!?」


その影は、風に歩を乱されることもなく、ゆっくりとこちらへ向かってくる。


「召喚大儀であった、人間よ」

「その服に、その顔……ま、『魔王城の城主』!?」

「ほ、ほ、本物!? いや、コスプレ?」


どっちにしろヤベェ、逃げろ!――誰かが叫んだ。

その途端、男たちは足をもつれさせながら必死に走り始める。


「おい、待たぬか」


つむじ風と共に現れた男が呼び止めても、彼らの足は止まらない。

ややあって風がおさまった後、残されたのは芝の上に散らばる大量のカードと――


「……行ってしまいましたねぇ。ストロベリーマフィン様」

「これでは礼ができぬではないか。困った奴らめ……む?

 クリームパイ、どこにおる」


ストロベリーマフィンと呼ばれた男は、

腹心の部下を探してきょろきょろと辺りを見回す。


「ここですよ、ここ。貴方様の後ろです! ……ってええええ!?!?!?」

「なんだ、そんな奇矯な声を出して。……おい、貴様どうした、その姿は!」

「ストロベリーマフィン様こそ!」

「待て、落ち着け。我輩が鏡を所持している」


ストロベリーマフィンが胸元をさぐり、細かな細工が施された小さな鏡を取り出す。

訝しみながら、ピカピカに磨き上げられた鏡を覗き込むと――


「いやああああああああああああああああ!!!!」

「ぎゃああああああああああああああああああああ!!!!」


そこに映っていたのは、ぶかぶかのスーツを着たしわくちゃのおじいさんと、

その後ろに浮かぶ、カレーパンとしか形容しようのない、

毛むくじゃらの何かであった……。


//第1話につづく

お読みくださりありがとうございました!

以降は毎週金曜日更新、全16話程度を予定しております。

どうぞよろしくお願いいたします。

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こんばんは!堂島チロルさん。 "眠れぬ悪魔のベイビーフード"面白かったです。毎週金曜日に更新されるとのこと嬉しいです。 明日楽しみにしています。
ワクワクして読みました 第一話が楽しみです
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