勇者パーティーの紅一点に訪れた幸せな後日譚
現在、私の目の前には信じがたい光景が広がっている。
国王陛下の御前だというのに、仲間たちが私――アレクサンドラ・デュプランティスに向かって跪いているのだ。
「あんたたち……陛下の御前ってわかってやってる?」
私は仲間たちそう苦言を呈すと、陛下に視線を向けて様子を窺う。
すると、幸いにも陛下は気分を害していなかった。
最初は陛下も私と同じように仲間たちの行動に驚いていたが、今では空気を読んで見守ってくれている。――いや、愉快そうに観察していると言ったほうが正しいかもしれない。
その証拠に、私の視線に気づいた陛下はウインクを返してきた。
「魔王を討伐したら気持ちを伝えようと思っていたので、気が逸ってしまいました!」
爽やかな笑顔で弁解する勇者――ユリウス・フィッシュバーン。
表情から察するに、こいつ全然反省してないな……。
「こいつらに先を越されるわけにはいかねぇからな」
仲間たちを牽制するように睨みつける戦士――レオンハルト。
陛下の御前なんだから、耐性のない人が意識を飛ばしてしまうような圧がある敵意を剥き出しにするのはやめなさい。
「そんなことはどうでもいいから……」
陛下の存在を歯牙にもかけない弓使い――フェリクス・パウムガルトナー。
相変わらず声が小さいけど、今はそれが助かる。多分、陛下の耳には届いていないだろうし。
「寛大な陛下ならお許しくださるはずです」
ちらりと陛下に視線を向ける魔法使い――ヴィンセント・バルバストル・レイヴンズクロフト。
うん。あんたは陛下のこと尊敬してるもんね。でも、陛下の優しさに甘えるのは違うでしょうに。
というか、陛下はヴィンセントの視線に答えるようにサムズアップしているし……。ノリノリだな、おい。
「なので、改めて言います」
ユリウスが先んじてそう宣言すると――
「師匠! 僕と結婚してください!!」
「姐御! オレと結婚してくれ!!」
「姉さん、俺と結婚してほしい」
「ミレディ、私にあなたと生涯をともにする権利をください」
ほかの三人も先を越されまいと言わんばかりに、ユリウスと同時に求婚してきた。
そして四人は私に向かって手を差し出す。
う~ん、これは現実なのだろうか?
四人に慕われているのはわかっていたが、まさか恋愛感情が含まれているとは思いもしなかった。
いや、私たちには魔王討伐という使命があったから、四人はそれを疎かにしてはいけないと思って必死に自分の感情を押し殺していたのかもしれない。
実際、この子たちが目的を見失うような事態になっていたら私は間違いなく説教していただろうし……。
いずれにしろ、私は男一人に縛られるのなんて御免だし、自由気ままに過ごしたいから結婚する気なんてさらさらないんだよね……。
もちろん結婚したいと思ってくれているのは嬉しいけどさ。
「私が特定の相手を作る女じゃないのは、あんたたちも知ってるでしょ?」
そう、この子たちは知っているはずなのだ。
旅をしている時に私が気に入った男を摘まみ食いしていたこととか。――まあ、隠す気なかったから知らないほうがおかしいんだけど。
「もちろん知ってます! でも、そういう自由なところも好きなんです!!」
ユリウスは濁り一つない澄んだ瞳で見つめながら気持ちを伝えてくれる。
彼は裏表がない素直で真っ直ぐな性格だから、嘘偽りない本心なのだろう。
そう思うと、さすがに少しむず痒くなる。
「俺は姐御がいなかったら今頃どうなっていたかわからねぇからな。救われたこの命は今後、姐御のために使いてぇと思ってんだ。だから姐御は今まで通り自由に過ごしてもらって構わねぇよ」
気恥ずかしそうに言うレオンハルト――レオの姿に、私は胸中で苦笑する。
本当にこの子は義理堅いというか、変に真面目というか……。
あれは気まぐれでやったことだから、そんな恩に感じなくてもいいのに……。――まあ、こういうところがこの子のいいところであって、かわいいところでもあるんだけどさ。
「姉さんの幸せが俺の幸せだから問題ない」
うん、フェリィ――フェリクスの愛称――あんたはそういう子だもんね。
でも、そろそろ姉離れしたほうがいいんじゃないかな? ――まあ、それはそれでちょっと寂しいけど。
「私はミレディ以外の女性には全く興味が湧きませんし、近寄りたくもありません。あなたのおそばに侍る栄誉を頂けるのでしたら、ほかにはなにも望みません」
昔のあんたなら考えられない台詞だね、ヴィンセント。
恭しいその仕草には育ちの良さが滲み出ていて感心するけどさ、あんたは自業自得な行いのせいで女性恐怖症になっているだけでしょうに。
自業自得な行いに関しては私も他人事じゃないから苦言を呈すことはできないけれども。
でも、私はちゃんと後々面倒なことにならないように配慮しているから、そこが彼の詰めの甘さだったのだろう。
「……」
四人の答えを聞いた私は、自分の頬を抓りたい気分になった。
だってさ、私にとって都合が良すぎでは?
四人が同時に求婚してきたことでさえ現実かと疑いたくなる状況なのに、ありのままの私を受け入れるとまで言っているんだよ?
それはつまり、仮に結婚しても、自由気ままに私がやりたいことを好きにやってもいいということだ。しかも、ほかの男と特別な関係を結ぶことすら認めるってことになる。
そんな私にとって都合がいい展開に直面したら夢を見ている気分になり、頬を抓って現実かどうか確かめたくなるってもんでしょ?
「それに姐御は年下好きだろ? だったらオレでもいいはずだ」
「……」
うぐっ。
夢現な気分を味わっていた私の意識を現実に引き戻すレオの言葉がものの見事に図星を突いており、返す言葉が見つからない。
ほかの三人もレオに同調するように頷いているし……。
摘み食いした男たちはほとんど年下だったからバレていても仕方ないけど、無性に居た堪れない……。
なぜなら、仲間の四人は揃って私より年下だから……。
「ヴィンセントはともかく、ほかの三人は同年代の若い子のほうがいいんじゃない? いや、レオもギリセーフか……?」
ヴィンセントは私の三つ下だから、今は二十二歳。
女の方が年上の夫婦は比較的少ないけど、そこまで珍しいわけじゃない。三歳差となるとさらに数は減るけども。
レオは二十歳だからまだいい。
女が五つ上なのは多分、相当珍しい部類だろう。でも全くない話ではない。
だが、十八歳のユリウスと、十五歳のフェリィは別だ。
七歳差と十歳差は、この国――ブラウンシュヴァイク王国だと非難されかねない。おそらく近隣諸国でも同じだろう。
男の方が年上な分にはどれだけ離れていても問題ないが、立場が逆だと世間の目が厳しくなる。
若い男に手を出して、と謗られかねないのだ。
そりゃあ、女は年を取ったら子供を産めなくなるから、若いほうがいいのは当然のこと。
生まれた子が大人になるまで順調に育つかわからない世の中だからね。
外には魔物が闊歩しているし、賊の類や国同士の争いもあるから大人だっていつ命を落とすかわからない。
今は魔王討伐という各国共通の課題に立ち向かうために不可侵条約を結んでいるので、戦争に発展することはなかった。
しかし魔王が討伐された以上、今後も国同士が衝突しない保証はない。
だから男が結婚相手を選ぶなら、同い年か年下が望ましい。それがこの国や近隣諸国の価値観だ。――まあ、ユリウスやフェリィくらいの年齢の男を散々摘まみ食いしていた私が言っても全く説得力がないのだが……。
でも、別に本気の愛を求めていたわけではなくて、あくまでもその場限りの関係だ。結婚とは関係ないから問題ないでしょ――と言い訳してみる。
「それにあんたたちは魔王を討伐した勇者パーティーなんだから、これから女の子に相当モテるんじゃない? 今、私に求婚するのはもったいないと思うけど?」
四人とも間違いなく美男子だ。
現に、以前から女子にモテている。
それが魔王を討伐した英雄という肩書も得たのだから、今以上に女がすり寄っていくはずだ。
にも拘わらず、行き遅れの私に求婚するのは非常にもったいないと思う。これから選り取り見取りの人生が待っているのだから。
一応補足しておくと、国によって多少は前後するが、女性の場合は二十歳で未婚だと行き遅れと見なされてしまう。
ぶっちゃけると、結婚相手としての価値が著しく下がるということだ。跡継ぎや重要な職務を任せられる身内が必要な貴族や商家、働き手が欲しい農家などは特にこの傾向が強い。
「姐御以外の女になんか微塵も興味ねぇよ」
「それは僕も同じです。師匠以外の女性と結婚する未来なんて考えられません」
レオが視線を逸らすことなくはっきりと断言すると、間髪入れずにユリウスが同意するように頷いた。
凄い自信だな……。
私だったらそんなこと絶対に口にできないわ……。
一人の男に縛られる人生なんて想像したくもないし――と身の毛もよだつ気分になりかけたタイミングで、フェリィが口を開いた。
「ほかの女に言い寄られても鬱陶しいだけだし、そもそも俺は姉さんと離れる気なんてないから」
「それなら今まで通り弟として一緒にいられるでしょ」
「姉さんのことは姉としても慕っているけど、一人の女性としても惚れているから、弟と夫の立場を両方手にする。そして姉さんのことを幸せにしたい」
「……」
弟にそんなに想ってもらえるのは嬉しいけども、ちょっとシスコン具合を拗らせすぎでは……?
姉として少し心配になるレベルなんですけども……。育て方を間違えてしまったか……?
これではこの子の両親に顔向けできない――いや、あの二人なら笑って受け入れるかもしれない。むしろ今の状況を楽しむ可能性のほうが高いな……。
それこそ私とフェリィが結婚するのを勧める気さえする。
あの人たちは結構ノリがいいし、私のことを実の妹のようにかわいがってくれたから。――まあ、今となっては笑い合うことも、冗談を言い合うこともできないんだけどさ……。
「私は――」
「――あんたは言わなくてもわかってる」
感慨に耽っていた私は、口を開いたヴィンセントの言葉を強引に遮る。
思い出に浸っていたのを邪魔された気分になって、つい語気が強くなってしまった。
早々に遮ることができたのは、彼の言葉を最後まで聞かなくてもなにを言うつもりだったのか予測できたからだ。
女性恐怖症のヴィンセントが、私以外の女に近寄りたがらないのはわかっている。
そして女性恐怖症を治す気がないのも知っている。
だから私が尋ねたのは、始めからヴィンセント以外の三人に向けてのものだった。
「私はミレディと添い遂げることができないのならば、一生独身を貫きます」
「……その言い方は卑怯じゃない? しかも重いし……」
私以外の女は眼中にないどころか、近くにいたら脱兎の如く逃げ出す始末のヴィンセントがまともに結婚できるとは思えない。
彼が宣言した通り、私と結婚できなかったら本当に生涯独身を貫くつもりなのだろう。
私のことが好きだから結婚したいのか、ほかの女が怖いから私で妥協しているのか、果たしていったいどちらなのだろうか? と首を傾げたくなる。
いずれにしろ、私と結婚できなかったら一生独身を貫くと言われてしまっては、彼のことを弟分として可愛がっている身として同情心が湧いてしまうし、なにも悪いことをしていないのに最悪感が押し寄せてくるではないか。
もしかして、同情を買って求婚を受け入れてもらおうという算段だったりするのだろうか……?
「それは失礼致しました。しかし、ミレディのことを想っているからこそ出た言葉だと思ってください」
「うん。悪気がないのはわかってる」
いろいろ言ったけど、本当はヴィンセントに同情を買うつもりがないのはわかっている。
ただ、私がちょっと現実逃避したかっただけだ。
だって、まさか仲間の四人に同時に求婚されるとは夢にも思わないじゃん。しかも私にとって都合が良すぎる条件付きで。
でも私にとっては四人とも弟みたいなものだから、申し訳ないけど異性として意識したことなんて今まで一度もないのよね、と胸中で独白していると――
「お願いします師匠! 僕と結婚してください!!」
「姐御! 頼む! オレには姐御しかいねぇんだ!!」
「姉さんと結婚できたら俺はほかになにもいらない。だからお願い」
「ミレディを幸せにする栄誉を私にください」
再び四人が求婚の言葉とともに手を差し出してきた。
「……」
正直、私も女だから男にこれだけ想ってもらえているのは嬉しい。
姉貴分の私が保証できるほど優良物件の四人だから尚のこと。
だけど実際に四人のうちの誰かと結婚できるかと問われても即答できない。
四人は結婚しても今まで通り自由気ままに過ごしていいと言ってくれているが、家庭を持つ以上は限度があるだろう。
ほかの男は私に夫がいるとわかったら敬遠するだろうし、今まで通り好き勝手に摘まみ食いできなくなるかもしれない。
私は結婚よりも恋愛を楽しみたいタイプだ。大恋愛よりも気軽な恋がいい。
それこそ一夜の愛を楽しんだりするほうが性に合っている。
だから夫がいるという理由で敬遠されてしまうのは都合が悪い。
それにいくら夫公認でほかの男と関係を持てるとはいえ、さすがに申し訳なくて男漁りするのは気が引けてしまう。
誰かに気を遣うことなく自由気ままに一度きりの人生を楽しみたいから、私は結婚を避けているのだ。少なくとも今は純愛を求めていない。
一応誤解がないように言っておくが、別に年がら年中、男遊びをしているわけではないわよ?
あくまでもそういう気分の時に気に入った男を見つけたら手を出すというだけだ。そもそも暇がなければ遊んでなんかいられないし。
「――すまぬが、少々話に介入しても良いか?」
四人の求婚に返事をせずに黙り込んでいた私をみかねたのかはわからないが、ずっと愉快そうに趨勢を見守っていた陛下が口を挟んできた。
「なんでしょうか?」
私は陛下に顔を向ける。
すると、ユリウスたちも私から視線を逸らして陛下に顔を向けた。
「私はお主がどのような人柄なのか知っているつもりだから言わせてほしいのだが……」
陛下はそこで一旦口を閉じると、言葉を続けていいか問うような視線を私に向けてくる。
私と陛下はそこそこ付き合いが長い。
確か初めて会ったのは私が十五歳の頃だから十年前になる。
今は勇者パーティーの一員として活動しているが、私は元々傭兵だった。――いや、一応、今も傭兵だけど。ちなみに私の戦闘スタイルは今も昔も拳闘士一筋だ。
そして当時、既に傭兵として活動していた私は、隣国との争いの際にブラウンシュヴァイク王国の陣営に加わった。
ブラウンシュヴァイク王国側の陣営として参戦することを決めたとある理由により鬱憤を溜めていた私は、気を晴らすように戦場で暴れに暴れまくり、とんでもない功績を挙げまくってしまったのだ。
軍団を壊滅させたり、複数の敵将を討ち取ったり、自軍の危機を救ったり、地形を変形させてしまったりなど、それはもう盛大に暴れ回った。
戦自体は私の暴れっぷりが功を奏したのか、ブラウンシュヴァイク王国の勝利で幕を閉じた。
そうして、戦後行われた論功行賞で陛下に対面したというわけだ。
私はそういった堅苦しいことが嫌いだから出席したくなかったのだが、自分でもやりすぎたと自覚していたほどの功績を挙げてしまったので、さすがに逃げられなかった。
その日以降、私と陛下の交流は続いている。
しかもなぜか陛下に気に入られてしまったようで、身分の差を超越した態度で接してくる始末だ。
でも、陛下が私の人柄を知っているというのは正しい。
私も陛下の為人を知った上で信頼している。世話になることもあったからね。
だから陛下が今のような真面目な場面で遠慮がちに話に割って入ってくる際は、必ず益となる結果を齎してくれるというのも知っている。
なので、四人に求婚されて困っている私は助け舟を得られると思い、陛下の視線に応えるように頷いて続きの言葉を促した。
「四人はお主の自由を保証してくれているようだし、結婚してやっても良いのではないか?」
ユリウスたちを一瞥した陛下は――
「お主も少なからずこやつらのこと想っているのだろう?」
と問うてきた。
「それは……そうですね」
そりゃあ、私にとって四人は弟みたいなものだからかわいいよ。
一緒に魔王討伐の旅をした仲間でもあるから、当然、情だって湧く。
でも、それはあくまでも姉貴分として、仲間としての情であって、男女間に生じる類のものではない。
「それで充分なのではないか?」
「そういうものですか?」
政略結婚じゃないのなら、互いに愛し合っている者同士が結婚するものでは? と思った私は少しだけ首を傾げる。
「愛があるから情が生まれる。情があるから一緒にいたいと思うし、支え合えるものだと私は思う」
確かに……。
「それに結婚から始まる恋愛もある。私がそうだったからな」
そんなこと言われましても、陛下、あなたには奥様が二十三人もいらっしゃるでしょうに。
だから、どなたとの馴れ初めのことを指しているのかわかりませんよ。
「どの妃殿下との話ですか?」
「この場で例を挙げるならマルスリーヌが最も相応しいな」
「正妃様ですか」
「ああ。隣国の王女だった彼女とは、嫁いで来るまで顔を会わせたことすらなかったからな」
あ~、そういえばマルスリーヌ様は隣国の王女様だったね……。
私が生まれた頃には既に陛下のもとに嫁いでいたから、元は他国の人だったってことを完全に失念していた。
「妃の中には私が見初めた者もいるが、ほかにも政略結婚した者が複数いる。だが、マルスリーヌを始め、彼女たちとは結婚してから愛を育み、仲良く暮らしている」
陛下と妃殿下たちの仲の良さは有名だ。
女のことを政略結婚や子作りの道具としか思っていない男は多い。――特に王侯貴族の男性は顕著だ。
そんな中、陛下は妃殿下たちを一人の女性として愛し、とても大事にしている。
ちなみに陛下には側妃のほかに十五人も妾がいる。――もしかしたら今はもっと増えているかも?
好色なところがある陛下と上手くやれているのだから、妃殿下たちは不満があまりないのだろう。
まあ、この国で一番の権力者である陛下に表立って不満を口にすることなどできないのかもしれないが、それでも後宮に不穏な動きや雰囲気がないのは国内では有名な話だ。
なので、多くの妃たちと円満な関係を築いている陛下が口にすると説得力がある。
「故に情があるなら結婚して、その後、夫と恋愛してみたら良いのではないか? 仮に上手く行かなかったとしても、ほかの男と関係を持つことを認めてくれているのだから、お主にはなにも不利益はないだろう? 離縁してから惚れた男と結婚することだってできるだろうしな」
そう言われると結婚するのは悪くない気がしてきた。
仲間の四人に抱いている情は揺るがないし、今は弟のようにしか思っていなくても、今後も同じとは限らない。一人の男として好きになることだってあるかもしれない。
それこそ夫婦になりパートナーとして向き合ってみたら姉貴分としての情が、妻としての愛情に変わることだってあり得る。
少なくとも、結婚したことがない私がその可能性を否定することなんてできない。
「一理ありますね……」
「結婚したくない相手ならともかく、しても構わないと思っている相手なら一考の余地はあるのではないか?」
「まあ、私も女として生まれたからには一度くらいは結婚したいと思っていますし、いつかは子供を産みたいとも思ってはいますが……」
私はそう言いながら、ちらりとユリウスに視線を向ける。
白い肌のユリウスは、黒いショートヘアを清潔感のあるスタイルにまとめている。
少しあどけなさが残る顔は女性が見惚れてしまうほど整っており、濁りがない澄んだ茶色の瞳は彼の真っ直ぐな性格を表しているかのようだ。
真面目で裏表がなく、困っている人がいたら助けなくては気が済まないお人好しな性格は好ましいし、適度に鍛えられた肉体と、長い手足が不自然にならない平均よりもやや高めの身長もポイントが高い。
出会った頃は頼りなさげだったのに、今は頼もしさすら感じる。
そんな彼と出会ったのは三年前。
当時、魔王の動きが活発になり、各国が対応に奔走していた頃だった。
避難民としてフォルトゥーナ教国に逃れたユリウスがコーニーリアス大聖堂で管理されている聖剣に触れると、煌々と輝いて彼と融合するように吸収されたらしい。
その瞬間――新たな勇者が誕生したのだ。
魔王に対抗する手段を得た人々は歓喜したが、ユリウスは戦闘経験など持たないどこにでもいる普通の少年だった。
そこで、当時世界最強の傭兵と謳われていた私がユリウスの指導役に選ばれたというわけだ。――ちなみに推薦したのは陛下らしい。
だからユリウスは私のことを師匠と慕ってくれている。
女としても好いてくれているというのは完全に予想外だったが――と胸中で苦笑しながらレオに視線を向ける。
彼は私と同じ褐色肌だ。
前髪の中央部分が逆立っているのが特徴の銀髪で、肩に掛かるくらいの長さがある。
気が強そうな顔つきと、鋭さのある赤い瞳に近寄りがたさを感じる人もいるが、彼も間違いなく美男子だ。
大柄で鍛え上げられた肉体を持つ彼に抱かれたいと願う女は多い。私も出会い方が違えばその一人だったかもしれない。
大盾を持ち、身体を張って仲間を守る姿には頼もしさがあるし、素直にかっこいいと思う。
出会った頃はやんちゃ坊主だったのに、今となっては彼が前線にいると安心して戦うことができる。
そんな彼と出会ったのは五年前のこと。
場所は隣国の貧困街。
そこで孤児のレオと出会った。
彼は貧困街で少年少女たちのリーダーのような存在であり、とても慕われていた。
生きるために悪さをするのは当たり前の生活だったそうだが、仲間たちと協力しながら楽しく暮らしていたらしい。
しかし、やんちゃが過ぎたのか本物の犯罪組織に手を出してしまい、仲間諸共、命の危機に瀕してしまった。
レオは仲間を守るために一人で犯罪組織と相対する覚悟だったらしい。
ところが、別件でたまたま貧困街を訪れた私が、犯罪組織の連中が傷だらけの少年を取り囲んでいる現場に遭遇してしまったのだ。
そして、その少年こそがレオだった。
先を急いでいた私はレオを囲っている大人たちが悪者だと決めつけ、邪魔だったので通り掛けに蹴散らしてしまった。瞬殺である。
その結果、助けた形になったレオに慕われてしまったのだ。
義理堅い性格の彼が恩返しさせてくれと懇願するので、私が困った時に助けてもらうから強くなれと言ったら、本当に強くなってしまった。
私も時々、暇を見つけては指導をしに赴いていたが、ほとんど自力で強くなった彼には度肝抜かれたものだ。鍛え抜かれた身体を見て相当努力したのが感じ取れたから。
そうして勇者とともに魔王討伐に向かう者を探していた時にちょうどいい人材だと思い、レオを勧誘しに行って今に至る。
もしかしたら四人の中で一番戦闘センスがあるのはこの子かもしれない――と彼の底知れないポテンシャルに将来が楽しみになった私は、気持ちを切り替えてフェリィに視線を向けた。
透き通るような白い肌をしているフェリィは、四人の中で最も小柄だ。
でも、ほかの三人が高身長なだけで、別にフェリィの背が小さいわけではない。もしかしたら細身の体型が余計小柄に見える原因かもしれない。
白桃色の髪で翠色の瞳を宿す左目が隠れている上に、表情の変化が乏しいのでミステリアスな印象を周囲に与えるが、実際はクールで無口なだけであり、気を許している相手には多少なりとも頬の筋肉が緩む。そこがこの子のかわいいところだったりする。――姉馬鹿かもしれない。
中性的なルックスの美少年なので、年上の女性にすこぶる人気がある。
これに関しては世のご婦人方に全面同意だ。――やっぱり姉馬鹿かもしれない。
今まで何度も姉だの弟だの言ってきたが、実は私とフェリィは本当の姉弟じゃない。
この子と初めて出会ったのは私が駆け出しの傭兵として活動し始めた十二歳の頃なので、十三年も前のことになる。なので、四人の中で一番付き合いが長い。
私のことを実の妹のようにかわいがってくれた傭兵夫婦の息子がフェリィだった。
それがきっかけで、当時二歳のフェリィと出会ったのだ。
だから私は当時から実の弟のようにかわいがっていたし、フェリィも舌足らずな喋り方で「ねぇね」と呼んで懐いてくれていた。思い出すだけで頬が緩んでしまうほどかわいかった。
しかし、それから三年後、私がブラウンシュヴァイク王国側の陣営に加わって暴れ回った例の戦が行われるきっかけになった隣国との小競り合いで、傭兵として参戦していたフェリィの父が戦死してしまったのだ。
怒りと悲しみに暮れていた私は、フェリィの母の気持ちも背負って例の戦で暴れ回り敵討ちを果たした。
ところが、再び三年後に不幸が訪れる。
フェリィの母が流行り病に侵されてしまったのだ。
別の国にいた私が駆けつける間もなく亡くなってしまった。
それでも慌てて駆けつけた私に悲しみに暮れる暇はなかった。
なぜなら、当時八歳のフェリィが一人取り残されることになったからだ。
幸いフェリィは母親が体調を崩す前に知人の家に預けられていたので無事だった。
そのことに安堵した私は、兄、姉と慕った二人の忘れ形見であるフェリィを引き取ることにしたのだ。
以降、本人の意向もあり、最低限一人でも生きて行けるように戦闘技術などを叩き込んだ。
私が勇者パーティーの一員として魔王討伐に赴くことになった時、フェリィを連れて行く気はなかった。
彼は当時十二歳だったし、かわいい弟を危険な旅に連れて行きたいと思う姉がいると思う? いないよね?
でも一緒に行く気満々だったフェリィに、「姉さんも十二歳の頃から傭兵として活動してたじゃん」と反論の余地がない指摘をされてしまい、泣く泣く同行を許可した。
まあ、結果的には戦力として申し分ないほど技術を叩き込んでいたから大いに助かったのだけれど――とフェリィが無事だったことと、かわいい弟が頼もしくなったことに感慨深くなった私は、最後にヴィンセントに視線を向ける。
金髪碧眼のヴィンセントは伯爵家の人間だ。
長髪を靡かせる姿と、低音ボイスから紡がれる甘い言葉には色気がある。また、名門貴族出身故に教養と品格があり、多くの女性を虜にしてきた。
日焼けしていないように見える綺麗な白い肌から温室育ちと思われがちだが、実際は正反対であり、堅苦しい貴族社会を毛嫌いしている。
貴公子然とした振る舞いをするので、市井の人々が想像するような容姿端麗の貴族そのものと言ってもいい。でも性格は貴族らしくなく、相手の身分関係なく誰とでも分け隔てなく接する。
魔法使い故に華奢な印象があるかもしれないけれど、レオに次ぐ高身長であり、実は身体能力も高い。
そんな彼と初めて出会ったのは四年前のこと。
彼は今でこそ女性恐怖症を患っているが、元々はかなりの女好きだった。
名門であるレイヴンズクロフト伯爵家の直系、優れた容姿と魔法の才能など、女性にモテる要素を複数備えていることを自覚していたヴィンセントは、それらを武器に散々女遊びをしまくったそうだ。
しかし、度が過ぎたのか、対応を誤ってしまったのか、彼は一人の女性に粘着されることになってしまう。
それは嫉妬だったのか、恨みだったのか、独占欲だったのか、原因は今でも定かではない。
いずれにしろ粘着されてしまったヴィンセントは、その女性に呪いを掛けられてしまったのだ。
法に反する呪法に犯されてしまったヴィンセントは、生殖能力を失った上に、件の女の言葉に逆らえない身体になってしまった。
ヴィンセントは優れた魔法使いであり、豊富な魔力を有していたため、完全に言いなりならいように抗えてはいたが、女の奴隷同然の存在に成り果ててしまい、半ば監禁状態になってしまった。
ところが、むしろ家に帰れなくなったことが彼を救うことになる。
なぜなら、いつまで経っても帰宅しないヴィンセントのことが心配になった兄――伯爵家の当主が陛下に相談したからだ。
そして相談された陛下が私に捜索依頼を出した。
その結果、私がヴィンセントを見つけ出して救出したのだ。
もちろん呪いも解呪した。少々強引だったけど、生殖能力が戻ったんだから許してほしい……。
この時の出来事が原因でヴィンセントは女性恐怖症になってしまったのだが、元はと言えば自業自得である。女遊びをするにしても、もっと上手くやれば良かったのだから。
だからこそ彼は、多くの妃や妾と円満に暮らしている陛下のことを尊敬しているのだ。
男を摘まみ食いしている以上、他人事ではない私も気をつけよう――と改めて自戒した。
「……師匠?」
「姐御?」
「姉さん……?」
「ミレディ?」
おっと、いけない。
思考の海に深々と潜っていたら、つい長々と黙り込んでしまった。
四人が跪いたまま怪訝な表情で私のことを見上げているではないか。
「なんでもないわ」
素知らぬ顔でそう誤魔化すと――
「なに、言わずともわかっておる」
なぜか陛下が訳知り顔で頷きながら呟いた。
「仮に求婚を受け入れるにしても、四人のうち三人は断らなくてはならないことに気を揉んでいるのだろう?」
うん、全然違います。
でも話が逸れたから結果オーライ。
四人の意識が陛下に向いたし、ナイス勘違い!
いや、陛下に視線を向けたのは一瞬だった。
四人はすぐにほかの三人を牽制するように視線を交わし合った。
まあ、四人で私を取り合っている状況だし無理もないか。
陛下の御前で喧嘩しないだけマシだし。
どちらにしろ、私は非常に居心地が悪いけどね!
「だが、心配は無用だ」
「と言いますと?」
妙案があると言いたげな表情の陛下に私は首を傾げる。
すると、ほかの四人も牽制し合うのをやめて首を傾げた。
「アレクサンドラ、お主が四人をまとめて婿に取れば良いのだ」
「――は?」
予想だにしない陛下の言葉に、私は間の向けた声を漏らしてしまう。
ちらりと横に視線を向けると、四人も「なに言ってんの?」と言いたげな表情をしていた。
「後日話そうと思っていたのだが、ちょうと良い機会だから、いま提案しよう」
そう一人で勝手に納得する陛下は、私の返事を聞くことなく提案とやらを口にする。
「アレクサンドラ、お主、名誉伯爵になれ」
「……はい?」
「そして、本来は男性貴族にしか許されていない複数の配偶者を持てる特権をお主に与えよう」
そんな決定事項のように言われましても、頭の整理が追いつかないんですけど……。
「今回の魔王討伐の功に際し、お主たちにはなにか礼をせねばならなかった。故に、それを褒賞にしようと思うのだが、どうだ?」
「いやいやいやいや」
ツッコミどころが多すぎるって……。
えぇと、まずはなにからツッコむべきか……。
「陛下、私、何度も叙勲を断っていますよね?」
「うむ。お主が貴族になりたくないのは重々心得ておる」
「ならなぜ……」
「だから名誉伯爵なのだ」
「名誉伯爵……」
ああ、そうか。
名誉爵というのは、その国において貴族と同等の待遇を得られる立場にすぎない。
功績を残した女性貴族などに与える爵位であり、相続権がない一代限りの物だ。
とはいえ、私が知る限りで名誉爵を得た女性も、複数の夫を持つ人も存在しないのだけども……。
それに――
「なぜ、いきなり伯爵なのでしょうか……」
騎士爵、準男爵、男爵、子爵を飛ばして、いきなり伯爵である。
普通は段階を踏むべきでは?
「お主は既に魔王討伐以外にも、国内において数々の功績を挙げておるからな。今まで断られていた褒賞の分も含めたら妥当だろう」
妥当……なのか?
基準がわからないから判断できない……。
「それにお主は傍流とはいえ、デュプランティス侯爵家の血筋だからな。名誉伯爵くらいがちょうど良い」
「そうですが……傍流も傍流ですよ。実際、私は平民ですし……」
一応、デュプランティスの姓を名乗っているが、本家とはほとんど交流がない末席に連なる家系だ。――いや、私が傭兵として名を揚げるまでは全く交流がなかった。
「まあ、それはおまけみたいなものだ」
「そうですか……」
名誉伯爵位を与える理由付けにはちょうどいい要素というわけか。
貴族連中を納得させないと不満が溜まってよからぬことを企てるかもしれないしね。
「本当は名誉爵ではなく、正式に一貴族としての爵位を与えたいのだが――」
「――それは嫌です」
「わかっている。何度も断られているからな……」
そもそも私は女だから無理でしょうに。
なんのために名誉爵があると思っているんですか。
「話を戻すが、いま言ったようにすればお主は一人の男に縛られずに済むだろう?」
「一夫多妻ならともかく、一妻多夫をしている人なんて聞いたことないのですが……」
「南方の一部の部族ではあるらしいぞ」
「この国と近隣諸国の話です」
一妻多夫が主流の部族が住んでいる国には私も行ったことがあるから、存在しているのは知っている。
でも、そんな遠方の話を持ち出されても困る。
あそこまで遠い国だと文化も価値観も違いすぎるから。
まあ、複数の夫を持つ女性たちの姿が羨ましいとは思ったけども。
「それにお主のことだから、四人の中から一人を選ぶことに抵抗があるのではないか?」
「……姉貴分としては、四人が仲違いするようなことは避けたいのが本音ですね」
仮に求婚を受け入れるとしても、四人の中から一人を選ばなくてはならない。
そうなると、選ばれた子と選ばれなかった子たちの間に軋轢が生じてしまうかもしれないので、四人のことを弟分としてかわいがっている身としては悲しいことだ。
せっかく死線を潜り抜けた仲間なのだから、これからも仲良くしていきたい。
故に、私だったら四人の中から一人を選ぶようなことはせず、誰とも結婚しないという選択肢を取る。
逃げかもしれないけど、それが一番平和な解決策だと思う。
私には結婚願望がないし、四人のことを異性として見ていなかったから、おかしな考えではないはず。
「だからこそ、お主が四人まとめて婿に取れば全て丸く収まるだろう?」
一理あるけど、収まる……のか……?
だいぶ無理がある提案だと思うけど……。
なにより――
「そんなのこの子たちが納得するとでも?」
私が陛下の提案を受け入れたとしても、四人が納得しなければ意味のない話だ。
だから私は、複数の夫を持つ女となんて結婚したくないでしょう? という意味を込めた視線をユリウスたちに向ける。
「ほかの男と関係を持つことを容認しているのだから、複数の夫がいても構わないだろう? むしろ死地をともにした仲間のほうが信頼でき、安心してアレクサンドラのことを任せられるのではないか?」
陛下はそう言うと、私と同じようにユリウスたちに視線を向けた。
「僕はみんなのことも好きなので、それでも構いません!」
最初にユリウスが口を開くと――
「こいつらに姐御を取られるくらいならそのほうがマシだな。それにオレは孤児だったから家族が多いのには憧れる」
「姉さんが望むなら俺は従うだけ。姉さんの幸せが俺の幸せだから」
「私はミレディとしか添い遂げることができないので、結婚できるだけも望外の喜びです」
レオ、フェリィ、ヴィンセントも立て続けに本心を口にした。
「ほれ、四人とも問題ないと言っておるではないか」
得意顔になる陛下。
「えぇ……」
予想外の展開に、私は溜息交じりの声を無意識に漏らしていた。
でも実際問題、四人と結婚するのが一番いい解決策なのかもしれない。
一人を選んだことで四人の仲が悪くなるのは私が懸念していることだし、それが解消されるなら願ったり叶ったりだ。
姉貴分として、四人には幸せになってほしいと心から思っている。
その幸せになる方法が私と結婚することなのだとしたら、姉貴分として一肌脱ぐのは吝かではない。
今は自由気ままに生きたいと思っている私だけど、いつかは家庭を築いて子供を産みたいと思っている。だから陛下の提案はいい機会なのかもしれない。
改めて四人のことを結婚相手として考えてみよう。
四人は魔王を討伐した勇者パーティーの一員として一目置かれる存在だし、一人の男としてのスペックも高い。
彼らの容姿、武勇、性格がいいのは姉貴分の私が一番良くわかっている。
ヴィンセントに関しては家柄も申し分ない。
苦楽をともにした仲だからいいところも悪いところも互いに熟知している。
なので、欠点を補い合うことができる。――それは仲間として過ごしてきた中で立証済み。
信頼できる相手だから夫婦として上手くやっていけるのではないだろうか。
それに私の手でかわいい弟分たちを幸せにできるのは姉冥利に尽きる。
しかも私の自由が保証されているおまけ付き。
ついでに下世話な話をすると、世の女性の憧れである四人をまとめて夫にできるのは優越感が半端ないし、女としての自尊心が満たされる。――まあ、そんな低俗な考えがなくても、私は自分に自信があるけど。
それはともかくとして、私にとってもユリウスたちにとっても悪い話ではないのだろう。
姉貴分として四人には情があるから、みんなで一緒に幸せになれるのはこれ以上ない喜びだしね。
だから――
「あんたたちがそれでいいなら、陛下の提案通りにしましょうか」
私は四人に手を差し出しながらそう口にした。
「はい!」
「おう!」
「うん」
「ありがたき幸せ」
ユリウス、レオ、フェリィ、ヴィンセントは同時に頷くと、喜色をあわらにしながら私の手を取った。
「――あ、でも、ヴィンセントは勝手に決めていいの?」
完全に忘れていたが、ヴィンセントは貴族だから婚姻に関しては勝手に決められないはず。
家同士の繋がりや血統を重んじる貴族の婚姻は当主の裁量に委ねられているからね。
「問題ありません。兄には事前に話を通していますので」
「根回し済みなのね……」
さすがヴィンセント。抜かりがない。
普通なら平民の女と結婚するのは許されないことなんだろうけど、彼のお兄さんは若干ブラコン気味だから弟の望みを断る姿が思い浮かばないわ。
まあ、一応、私もデュプランティス侯爵家の血筋ではあるし、国に多大な貢献をしているから名誉伯爵になる以上は、結婚相手として悪い相手ではないはずだけど。
「それに陛下も認めてくれていますから」
「うむ」
ヴィンセントの視線に応えるように鷹揚に頷く陛下。
「確かにこれ以上ない仲人だね」
納得するしかない事実に私は苦笑しながら肩を竦める。
陛下が認めている婚姻に誰が文句を言えるというのか。
まさかヴィンセントはそこまで見込んで陛下の御前で求婚したのか……?
「よし、決まったな。そういうことなら、後日行われる凱旋式でアレクサンドラの叙勲を発表しよう」
今日は陛下に魔王討伐の報告をしに来ただけで、式典が行われたわけではない。
そういう面倒な式典は後日行われる。
まずはゆっくり休めという陛下なりの配慮なのだろう。
「お主は見世物にされるのを嫌うから、婚姻に関しては大々的に公表せずとも良い」
「それは助かります」
名誉爵とはいえ、一応、貴族の一員なので、本来は正式な手順を踏まなくてはならない。
だが、私は貴族の堅苦しい仕来りが嫌いだし、見世物にされるのも勘弁願いたい。
故に、陛下の配慮はとてもありがたかった。
「それでは陛下、お騒がせしました」
私が頭を下げると、一拍遅れて四人も続いた。
そして陛下に挨拶を済ませた私たちは謁見の間を後にした。
私は背後にいる四人の姿をちらっと確認する。
まさかこの子たちと結婚することになるとは……。
しかも四人まとめて……。
数刻前まで全く考えもしなかった展開に驚きつつも、内心では満更でもなかったりする。
その事実に、四人と結婚できることに喜んでいる自分がいるのだと自覚させられた。
もしかしたら自分では気づいていなかっただけで、私は四人に対して弟分以上の感情を持っていたのかもしれない。
まあ、これから自分の気持ちに向き合えばいいか――と私は一先ず考えるのを後回しにするのであった。
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