本編1
「名前書いた?じゃあココとココに判子押して」
「はい」
今自分が居るのは代行者の本部、というか蛇池さんのオフィスというか部屋だ。朝起きたらお医者さんに「退院して大丈夫」と言われ昨日来ていた蛇池さんの部下の方に来るまで連れてこられ、今に至る。
「あの…俺は蛇池さんと一緒に行動するんですか?」
「私はこれでも代行者としては上の方でね、書類仕事とか出張とかそういうのがメインなんだ」
「1人では無いから安心してね」
「ただ…」
「君みたいな残穢と人間の中間の存在は数は少ないけど存在はするんだ、だからその人達と組んでもらう」
「俺の仕事って殆ど残穢との戦闘ばっかりなんですか?」
「基本的にはそうなるね、無い場合は残穢の出現場所が多かった場所を見回りしてもらう事になる」
喧嘩とかした事ないのに大丈夫かな…
「誰か来るかは楽しみにしててね」
蛇池さんが袋からガサガサと何かを取り出す。
渡されたのはボタンが沢山着いているコートみたいなものと黒のズボン。そして藍色の羽織。
「いっぱいボタン付いてるでしょカソックだかキャソックだかそんな名前なんだって仕事してる時はこれ着てね中のシャツとかは適当でいいから」
こんな感じでいいのだろうか、思ったよりふわふわしてる…
「じゃあ着替えてね」
「え、ここでですか?」
「うん」
室内には俺と蛇池さんしかいないけど女性の目の前でズボンを脱ぐのは抵抗があるというか…お縄につく可能性も。蛇池さんは一切こちらを見ずに淡々と仕事をしている。興味が無いとかそんなレベルでは無い、俺は存在しているのか、幽霊では無いのかそう思わせる程だった。さっさと着替えよう。
「あ、あの着替えました」
「ん?…あぁいいんじゃない?そろそろ来る頃かな」
コンコン、とドアをノックする音と「エミリアです」という声が聞こえてきた。
「どうぞ」
入ってきたのは2人の女性、1人は髪の色は金、髪型はポニーテール、強気な顔をしている。
もう1人は髪の色は黒、髪型はボブ、自信が無いのか俯きがち。
「蛇池さん、この人は?」
「エミリアちゃん、新人君だよ挨拶して」
「私達だけで足りませんか?新人を入れてもまたすぐに消えますよ」
「でも2人だとやれる事少ないんだよね、君達の戦い方的にもう1人は居た方がいいと思うよ」
「分かりました…」
「私の名前はエミリア・ドール、エミリアでいい」
「わ、私の名前は、、日下部亜衣っていいますです…はい……」
なんだろう性格が両極端な二人の間に挟まれて大丈夫かな…
「俺の名前は、佐原陽ですよろしくお願いします」
「よろしく」
「……」
ぶっきらぼうに返事するエミリアと頷くだけの日下部さん。うん、仲良くなれる未来が見えない。
「仲良く交流出来たことだし、パトロールに行ってきてもらおうかな」
蛇池さんがニコニコしながらそう言った。
「あ、あの!私…」
「大丈夫分かってるよ、でも今日は許可出来ない」
「は、はい」
日下部さんが蛇池さんに許可を取ろうとしているが許しが出なかったようだ。
街中の時計を見ると11時半を回っている。お昼を食べに人が混雑し始めかなり煩い。今3人で歩いて居るのは本部近くの中華街。今のところは特に何も起きていない。パトロールに行く前、蛇池さんに
「あの、武器とかってないんですか?」
と聞いてみたところ
「君は許可降りてないから使えないね、まぁ残穢になってるから武器要らない人が大半なんだけどね」
と言われて素手でパトロールに来ている。学生時代から喧嘩なんてした事ないのに化け物相手に素手で挑んで果たして生きて帰れるのか…。不安なことばっかり考えてもしょうがない。
「あ、あのエミリアさんは」
「エミリアでいい」
「ここで働いて何年ぐらい…ですか?」
「1年ちょっと」
「それよりも!アンタは何が使えるの?」
おそらく残穢になったお前の能力は何?と聞いているんだろうが分からない。みんな孤児院を燃やしたアイツみたいに炎を出したり特殊な事が出来るんだろうか…
「いえ、分からないです…」
「子守りじゃないこんなの」
「ま、まぁこれから分かるかもしれない……よ」
早くこのパトロールを終わりたい…もしくは自分の能力さえ分かれば子守りなんて言われなくても済むのに。
「あ、エミリアちゃん…猫ちゃんいるよ」
日下部さんが指をさした場所には雑居ビルとビルの路地裏から三毛猫の顔が見えている。
「ニャ〜」
3人が近づいても怖がること無く鳴いている。大分人馴れしているんだろうか。
「可愛いね〜」
エミリアが撫でようとした瞬間、警戒して顔を引っ込める。路地裏は暗くてよく見えない、猫が完全に引っ込んでしまったら見失ってしまいそうだ。
「ごめんなさい!危害を加えるつもりは無いから、ね?」
「ン゛〜」
警戒しながら顔をゆっくり出す、エミリアが撫でると気持ちよさそうに喉を鳴らしている
「ご飯あげている人でもいるのかな、結構人馴れしてるな」
「ニ゛ィ〜」
「抱っこ?」
「ニャ」
「いいよ〜」
「ニャー!」
そう言いながら猫がエミリアに向かって突進してきた。
可愛らしい顔をした三毛猫の頭、不釣合いな筋骨隆々な体が猛スピードで彼女に突っ込み背後から建物が崩れる音が聞こえた。