ウィッチ
雪のちらつくある日、俺は道を力なく歩いていた。昨日俺の恋人であるあゆみが交通事故で死んだ。相手は飲酒運転だったらしい。生きる希望を失った俺は、いつのまにかビルの屋上に来ていた。
「あゆみ、俺もすぐそっちに行くからな・・・」
俺が一歩前に出た時、ポケットに入れていたスマホが鳴り出した。
「なんだこんな時に?」
スマホを見ると一通のメールが届いていた。いつもはスルーするのに、その時は何故かすぐに開いてしまった。そこには、短文で大切な人に会いたくないですか?の文字が書かれていた。下にははいと、いいえの文字がある。
「何かのいたずらか?まぁ、どうせ死ぬんだし関係ないか」
俺ははいの文字をクリックした。すると、いきなり目の前がぐらついた。
「えっ・・・!」
急に怖くなって目を閉じてしまった。次に俺が目を開けると、空はもう真っ暗だった。
「俺はどれくらい立って寝てたんだ?それにさっきまでビルの屋上にいたはずなんだが」
いつのまにか俺は道に立っていた。辺りを見回すと、かぼちゃが何個もふよふよ飛んでいた。上を見れば真っ黒いマントを羽織った魔女らしき人たちが飛んでいた。
「おいおい。ハロウィンはとっくに終わったぜ?ここは一体どこなんだ!日本じゃないのか!」
俺が騒いでいると、周りもざわつき始めた。やばい、あまり騒ぐと何されるかわかったものじゃない。
「君、どうかしたの?」
ふと声をかけられて、俺は冷静さを取り戻した。相手はあゆみと瓜二つの少女だった。
「あゆみ・・・?」
「あゆみ?私はアリアだよ。ここじゃ目立っちゃうから、あのお店に行こう」
そう言って俺はアリアに手を引かれて店の中に入っていった。店の中はおしゃれで、日本の飲食店とあまり変わらなかった。
「君はここの人じゃないね。別の世界から来たんでしょ?」
「あぁ。あと、俺はかけるっていうんだ。ここは一体どこなんだ?」
「ここは夜が続く街、ファンタジア。ここにいる人たちは皆魔法使いなんだよ。私もね、こう見えて魔法が使えるんだよ」
「へぇー。しかしここが日本じゃないのはわかったが、俺にどうしろっていうんだ。ここに転送されたのには訳があると思うんだが、どう思う?」
「うーん。私にはどういうことも言えないなー。あ、そうだ!近くにあなたと一緒の境遇の人たちがいるから話を聞いてみたらどうかな?」
「本当か!」
俺は嬉しかった。他にも同じ人がいたなんて。早速アリアの言っていた場所に行ってみると、たくさんの人がいた。年齢もバラバラである。その中の年配の男性が俺に話しかけてきた。
「こんにちは。あなたももしかしてこちらの世界に飛ばされた人ですか?」
「はい、そうです」
「やっぱりそうですか。ここにいる者たちは、あなたと同じ日本から飛ばされた者たちばかりです。わからないことがあったら、遠慮なく言ってください」
俺は、一人じゃないとわかって涙がこぼれてきた。それを男性が背中をポンポンと叩いて慰めてくれた。それからしばらく話しこんでいた。ここにいる人たちも大切な人を亡くした人たちばかりだった。
「そうですか、あなたも大切な恋人を・・・私も最愛の妻を失くしましてね。もう死のうかと思っていたところに、そのメールがきたんですよ」
「やっぱりそのメールが鍵みたいですね」
「私もこの近くを調べてみたんですが、何も手掛かりはありませんでした。まぁ、ぼちぼち探してみましょうか」
「はい!」
「それなら私のところに住んでいたら?その方が何かと便利でしょ」
「ありがとう、アリア」
それから俺は、アリアの家に住んであちこちを調査していた。やはり手掛かりはなく、はぁーとため息をついて家に帰りついた。
「アリア、今帰ったぞ」
家からは何の返事もなく俺はそぉーと中に入っていった。中はうす暗く、ある一つの部屋だけ少し開いていた。そこから声が聞こえていた。アリアの声である。
「おじいちゃん、もう少しだからね。ちょっと我慢しててね」
おじいちゃん?アリアは一人暮らしだったはず。俺が考えこんでいると、いきなりドアが開いた。
「何をしているの、かける」
「いや、今帰ったところだよ。何も見てない!」
「そっかー。ならいいや。早くご飯にしようね」
俺はふぅーと一息ついてリビングに行った。ちょっと先ほどの部屋が気になるが。
「それで調査は進展した?」
「それが全然だめだな。でも、同じ境遇の人たちと話しているのはすごい楽しいよ」
「そっか。かけるが楽しいなら私も嬉しいよ」
「アリアも協力してくれているから助かるよ」
「私は何もしてないよ。かけるの努力じゃない」
「ありがとう。あ、それとさっきの部屋は・・・」
すると、アリアが無表情になり、箸をおいた。
「あの部屋は何もないよ。私もう自分の部屋に戻るね」
「あ、あぁ」
アリアは静かに食器を片付けてリビングを後にした。残された俺は、冷や汗が出ていた。先ほどのアリアの表情は冷たく、何の感情も感じなかった。
「あんなアリア初めてだ・・・」
次の日、アリアがいつも通りのテンションで起こしに来た。
「かけるー!もう起きる時間だよ!早く起きて」
「お前はいつも元気だな・・・」
「今日はかけるにいいものを見せたいんだ」
「いいもの?」
「そう、あの部屋だよ」
俺はごくりと息をのんだ。昨日の今日だ。何かあると思うのが普通だろ。俺は心がバレないようにいつも通りに話した。
「あの部屋って?」
「とぼけても無駄だよ。かける、昨日見てたでしょ」
俺はぎくりとした。バレていた。
「さぁ行こう」
アリアは俺の手首をがしっと掴んで、ぐいっと部屋まで連れて行った。部屋に入ると、奥からグルルルと唸り声が聞こえてきた。
「おじいちゃん、連れてきたよ。お腹空いたでしょ?」
そこに現れたのは巨大な魔獣だった。
「アリア!これは一体・・・」
「あのメールを出したのは私だよ。魔法で転送したの。死にたい人間に少しの希望を見せたら、どんどん集まってきて、エサに困らなかったよ」
「まさかあの人たちも・・・」
「そう。エサになってもらったよ。だってどうせ死にたかったんでしょ。ならおじいちゃんのために死んでよ」
アリアの表情はあの時と同じ無表情だった。俺はなんとか這いつくばって逃げようとした。が、アリアは何か呪文を言って俺を止めた。
「やだ!死にたくない!」
「もう遅いよ。あなたはここで終わるの」
俺が最後に見たアリアは笑っていた。その笑顔は悲しいことに、あゆみとそっくりだった。