8話 おはよう、って言いたくて待ち伏せ。
学校が近づいてきたところで、俺はいつものルーティンに入った。
例のラメだらけな手鏡を取り出し、できるだけ地味高校生になり切っていることを確認する。
寝ぐせつきの髪型に、服装は中のシャツが若干見えるくらい、それから眠そうな半目になるのがポイントだ。
「……それ、まだやってるの」
俺の足取りがゆっくりになるのに合わせて、ペースを下げた梨々子からは、呆れた視線が注がれる。
が、俺には大事な儀式の一つだ。
「こうしておけば、誰とお関わりになることもほとんどないからな。学校生活が楽なんだよ」
昔、とある事件があって以来、俺はずっとこうだ。
そりゃあ友達がいるにこしたことはないと思うが、トラブルの種になるくらいなら、最初から余計な関係は築きたくない。
「ひなくん。考え方が根暗すぎる。幼なじみながらびっくりする」
「それを言うなら、りりの腹黒さも同じくらい、びっくりする話だっての」
「でも、あたし、友達いる。ランチも、クラスのみんなと食べてるし。腹黒さなんか、バレてなきゃそれでいいの」
「俺はぼっちだって、バレてもいいんだよ。そういう意味では、りりよりオープンじゃない?」
屁理屈をこねながらも、ばっちりダサくて目立たない高校生になりきって、校門へと入った。
「ほんと同じクラスじゃなくて残念だよ、俺は」
「ん。あたしも」
なんて、本心から思ってるんだか、ただの軽口だか分からないやりとりを交わして、梨々子とは昇降口で別れる。
そうしたら、あとは基本ずっと一人だ。
教室に入ったところで、誰の挨拶も俺には向けられない。
ただし、奇妙な視線は送られてきていた。
赤松などはその目をすがめて、俺を半睨みしてくる。
……おー、こわ。いつからヤンキー漫画の舞台になったのこの高校。
なんて思いつつも、それら全てをスルーして俺が向かった自席は、運よく窓際、しかも大きな柱の裏だ。
カーテンの内側に隠れてしまいさえすれば、授業中どころか、ほとんど常に誰からも姿を消せる。
根暗なお一人様には、もってこいな席だった。
まだ一学期がはじまって二週間だが、できれば今後ずっとこの席をキープしたいと思うくらい早くも愛着を覚えていた。
今日も一日、優雅なステルス生活してやる!
だなんて俺は半分夢実気分だったが、結論から言えば、すでに打ち壊されていた。
カーテンをめくり、席につこうとすれば、そこには先客がいたのだ。
「…………なにをやってるんだ、細川さん」
やっほ、と軽く手をあげて、朝日の輝きを跳ね返したリップを緩ませ笑うのは、細川美夜。
その圧倒的な美貌と、持ち前の落ち着いた明るい雰囲気で、クラスの女子でランキングをつけるとすれば、一人だけ殿堂入り扱いになるだろう、カースト最上位の女子だ。
ただし、本人にそんな自覚はなく、自然体で振る舞っているのだけど。
今日はハーフアップスタイルで、後ろで軽く髪を編み込んでいた。ゆるくウェーブもかけられている。
化粧は薄めで、動画とはまた違った印象だが、清楚系ファッションも完璧にこなせてしまえるあたりが、美夜が一級の美少女たるゆえんだ。
そんな彼女が、くったくない笑みをこちらに向ける。
「めっちゃいい席だね、ここ。私、気に入っちゃった。交換しようよ」
「断固拒否する。ここは俺がこの先一年使い続けるんだ。地味に暮らし続けるんだよ」
「それが羨ましいって言ってるの」
「細川さんなら、クラスのどこにいようが、人集めてくるから一緒だろ。南極と北極ぐらい真逆だろ」
……というか。
「こんなところにいたら、俺と話してることバレるだろ。早く戻った戻った」
俺は声をひそめて、こう促す。
細川美夜と俺がカップルチャンネルをやっていることは、余計なトラブルを避けるため、クラスメイトには伏せてあった。
それどころか、そもそも知り合いであることすら公開していない。
過去にあった面倒なことを思い返せば、それが最適だと踏んだのだ。
彼女はその美しさ故、話すどころか近づいただけで、誰かの嫉妬を買ってしまう。
実際、彼女の席の隣を引いた奴は、それだけであらぬやっかみを受けていたくらいだ(主に赤松から)。
彼女と親しいと知れ渡ることは、色々な人の感情を巻き込む恐れの多すぎるデメリットの塊だ。
「嫌だ、って言ったら? 言ったら、山名はどうしてくれる? ここでずーっとかくまってくれる?」
「すぐに追い出すっての。どうしたんだよ、急に。学校では話さないんじゃなかったの。学校での俺、『ダサいから一緒にいると周りの目が気になる』って昔言ってただろ」
「そんなことあったっけ……? 美夜ちゃん知らなーい。ジョークじゃないかな」
「都合のいい記憶改ざんをするな。俺がちゃんと記憶してるから。というか、もうすぐ授業始まるから、どいてくれ」
「どーせ真面目に聞いてるフリして、ネタ帳にネタ書き込んでるだけのくせに」
美夜は、徹底抗戦の姿勢を取るらしい。
机の上にべったり頬をつけると、足も机の脚に絡みつける。
こういう姿を見るにつけて、誰もが可愛いと評することには納得がいく。見た目だけじゃなく、その持ち前の愛嬌がゆえ。
余裕たっぷりのお姉さん、と見せかけて、中身はどちらかと言えば、いたずらっ子だ。
こういう自然な茶目っ気が、容姿以上に人を引き付けるのかもしれない。
俺が困り顔をしていると、彼女はささやく。
「いやね、昨日の恋人らしく振る舞うための練習って奴をさっそく実践してみたんだ。どう、驚いた? って聞くまでもないね、目見開いてたくらいだし。いい顔だった」
「……あれ、学校でもやるの? どっか時間を決めて、練習するんじゃないの」
「それって愚策だよ、山名。そんな場当たり的な感じで恋人の練習しても、いざ動画本番で生かせないでしょ。だから、こうやって日常からやってくべきなの」
いちいち、妙に説得力を持っているから困る。
無理に理屈を用意してきたように思えなくもないが、筋は通っているのだ。
だから苦し紛れに、俺は話をはぐらかす。
「……とりあえず、席には戻ったほうがいいと思う、もうチャイムも鳴るし」
「はーい、戻る戻る~」
返事も雑なら、動きも雑だった。手を高く上げるだけで、すぐにだらんと机の下ろす。本心では動くつもりがまるでないとよく分かった。
「おはよう、の一言がまだだから離れられないんだよね。呪いにかけられてるみたい。ほら私、今ね、机の精に囚われてるの。囚われの身なの。早く助けて?」
「……おはよう。これでいいか」
「もっと可愛く、やってくれないと解けません~。『美夜ちゃんおはよ。今日も可愛いね』、って。これくらい照れずにできないと、練習にならないよ」
「リクエストが増えすぎなんだよ! おはよう、細川さん。……これでいいか?」
「はー。仕方ない、女神様な私だから大甘で見て、及第点あげる。最初だしね。うん、おはよ、山名」
彼女は机から身体を起こすと、身体をぎゅっとひねる。
思わぬ身体の柔らかさでもって、はっきり俺を見上げると、自称ではなく本当に女神かと錯覚しそうな美しすぎる笑みを見せる。
後から振り返れば、高校生になってからほとんどはじめて、誰かにまともな挨拶をしたのかもしれない。
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