43話 ほかの誰でもなく、俺にだから話せる事
夜更かししすぎで寝過ごしました。
美夜は少し顔を上向けると、夜空に目をやって口を開く。
その様子だけならいつもの美夜だが、彼女は取り繕うのに失敗していた。
少しだけ声が震えている。
それでも彼女はそうと悟らせまいと、気丈にも緩いトーンで続けた。
「なんとなく分かってるかもしれないけど、私の家、片親なんだよねぇ。って亡くなったわけじゃなくて、父親は私が小さい頃に浮気して、他所で子供作ってそっちに行ったの。
だから母だけ」
ひどい話だと思っていたら、それでは済まないらしい。
「でもね、父だけが悪いわけじゃないの。だってママも浮気してたんだ。
笑えるよね、これ。それどころか自由になったのをいいことに、今もいい歳して男遊びばっか。だから、今日は家にいないの。
たぶん、どっか男の家かホテルに泊まりに行ってる。こう言う時、連絡したら怒るんだ。今はママじゃなくて、女だから。娘が邪魔なんだろうね」
「……だから、親に連絡はいらないなんて言ってたんだな」
「そんなとこ。あの人、私がなにしてるかなんて気にしてないから。って、それは山名も?」
たしかに、うちの両親は超放任主義だ。
生活力皆無の姉と二人暮らしさせたうえ、月に一度連絡を寄越せばいいほう。
勉強についても将来についても、何も言ってこない。
だがそれでも、細川家の状況とは決定的に異なる。
俺や姉が本当にピンチになったら、うちの親はきっと助けてくれる。
だが、美夜の母親はそうじゃないのだろう。
「まだマシになった方なんだよ、これでも。前は家に男連れ込んで、肩身狭いったらなかったし。
お金渡してきて、その……誘ってくるヤツもいた。もちろん、股の間蹴っ飛ばして断ったたけどね。私のママ、マジで男見る目なさすぎ」
「……ひどいな、それは」
こういう時、たかが10数年生きたにすぎない自分の経験不足を実感する。
かける言葉は浮かんでは消え、やがてまったく何も出てこなくなる。
俺は唇を噛みながら、美夜に目をやった。
やっぱり彼女はまだ少し震えていて、俺はひとつ深呼吸をする。
聞くだけしかできない俺が、こんな事ではいけない。
美夜は怖くても、俺にだから、と話そうとしてくれているのだ。
言葉がダメなら、行動だ。
俺は彼女が不安げに握りしめた両手の甲を包むように、右手を添える。
今は動画撮影中でも、恋人の練習中でもないが、それでも力になりたかった。
美夜はチラリとそれを見ると、拳をほどいて左手だけを俺の手の上へ乗せる。
夜風みたいにひんやりとした感触が、徐々に温まっていく。
「……でもさ、まぁ私にしてみたら普通なんだよ、これが」
「普通じゃないよ、そんなの。普通、そんな状況なら逃げたくなるもんだって」
「思ったよ、そりゃあね。でも、家だよ? 結局逃げ場ないじゃん。でもね、諦めようとは思わなかったの。だって、ムカつくじゃん?」
ムカつく。
話の流れにそぐわないくらい端的な一言が、静かな空気に一瞬響いて消える。
それは意外すぎる言葉だった。
「ムカつく、ってなに?」
「全部ムカつくじゃん。父親もママも、あと一番ムカつくのはママの元カレ。
ちょっと貧乏そうだから、家庭環境が複雑そうってだけで、お金で買えると思われたんだよ、私。超ムカつくよ、ムカつく、ムカつくってなったの」
俺の手が強く握りしめられる。
今日彼女がネイルをしていないことは、校外学習のときにきかされていた。
食い込む心配をする必要もないので、俺は固く握り返してやる。
その怒りを半分貰い受けるくらいのつもりだったが、彼女はすぐに力を緩めた。
憂いの乗せたまつ毛を伏せる。
「でも、その苛立ちがね、動画を始めるきっかけになったんだ。そんな風に下に見られたくない、自分の手で今を変えなきゃ、ってそんな理由。まぁもちろん、普通に気になってたのもあるんだけどね」
美夜は身体を動かして、気持ちこちらに身体を向けると、にこり笑って見せた。
「話は、こんなところ。ありがとうね、山名。この手に助けてもらったよ。おかげで、すらすら喋れた。尋問官とか向いてるんじゃない?」
「……いちいち犯人の手を握りながら喋る尋問官がいてたまるかよ」
「あは、たしかに。今日もキレキレだね、山名。それと、さ、聞いてくれてありがとうね。いきなり重かったよね。たかがビジネス彼女なのにこんな話して、ごめん」
美夜の弱弱しくなっていく声に、俺は首を横へ振る。
彼女はこう謝るが、こちらとしては、むしろ感謝したいくらいだった。
今まで頑なに守ってきた一線を、勇気を出して越えてくれたことを。
「ううん、話してくれてありがとう。聞けてよかった」
やっぱりドラマや漫画みたいには、うまい言葉は見つかってくれない。
だが、ありふれた言葉で十分だったらしい。
憑き物でも取れたみたいに、美夜の表情には安堵が見て取れる。それがすぐに、
「あ。私、いいこと思いついた」
小悪魔めいた笑みに転じるのを俺は見逃さなかった。
「この機会だからさ、なんでも質問して? 今度、質問コーナー生配信するって話じゃん?それに先がけて、深夜のマル秘質問コーナーだよ。大天使・美夜ちゃんのなんでも質問コーナー! 特別に山名だけに限定公開ね」
ついさっきまでの弱弱しい態度が夢だったかと疑いたくなるような、素早い変わり身だった。
もしかすると、さっきの彼女は超レアだったのかもしれない。
夜の底に紛れてひょっこりとだけ顔を覗かせた、天使の裏の顔みたいな。
そうそう出会えない代物だったのだ、きっと。
でも、さっきまでの美夜も、こうしておどける美夜も、細川美夜の一部分には違いなかった。
「ほらほら~、大チャンスだよ。普段聞けないあんなことや、こんなことも全部答えるよ」
「そう言われてもなぁ……。んー、じゃあとりあえず一つだけ」
「うぇっ、一つしかないの!?」
自分でも素っ頓狂な声が出たことに気付いたらしい、美夜はすぐに口を手でふさぐ。
椅子から立ってあたりを見回してから、ほっと胸を撫でて声をひそめた。
「なんでも、って言ったら普通さ。好きな人とか聞くでしょ。せめて、好きな食べ物とか今欲しいプレゼントとか。ちなみに模範解答は、『次空いてる休日は?』だよ。もっとあってもいいじゃない~? それとも、私に全然興味ない?」
「……そうじゃないって。ただ、一番気になったことがあってさ。なんで俺に、話してくれる気になったのってとこ」
「わお、その一つがいきなり核心かー」
そう、核心。
美夜が俺を信頼してくれて話してくれたのは、もちろん嬉しい。だけど、俺はそれに足る存在だったのだろうか、とも思ったりしていた。
「答えない、って言ったら?」
「なんでも答えてくれるんじゃなかったのかよ、大天使・美夜ちゃん」
「あは、大天使だからねぇ。考えた方がいいことは考えさせるんだよ。でも、一つ確実に言える。聞いてもらったのが山名でよかったってとこ」
はぐらかされた、のだろう。
だがその答えで、不思議と納得してしまう自分がいて驚く。美夜がそう言うならば、考えてみようと思わされる。
「はい、一問め終わり~。次の質問は? ちなみに、次の土日……ってかもう今日だね。今日と明日は暇だよ。あとゴールデンウィークも」
「……質問させてくれないのかよ、おい」
「あは、どうせするつもりなかったでしょ」
「いいや、ちょうど聞こうと思ってたところだ」
「……! 山名、それって。え、な、なに、ついに私のことデートに――」
「撮影と編集、生放送。全部やるにはちょうどいい時間かなと思ってさ」
俺は意気込んで、彼女の方に顔を向ける。
しかし、なぜか美夜は青色吐息だ。両手を外側に開いて、分かってないなぁみたいな仕草で訴えてくる。
「ま、賛成。うん、やろっか。今はそれでいいや」
「なんだよ、それ?」
「それも自分で考えてよー、山名の馬鹿、アホ、あんぽんたん」
なぜか三段活用で罵られる深夜三時。
我ながらMっ気でもあるのかと自分を疑いたくなるが、思ったものはしょうがない。
こういうふうに明けていく夜更けというのも、たまには悪くない。
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