40話 ほとぼりが冷めないうちに。
大内さんのおかげかどうかは不明だが、その後はなにごとも起きずに、校外学習は進行してくれた。
夕方を迎え、駅前に全体で集合したのち解散となる。
さすがに懲りたのか、そこでも、赤松が俺になにか言ってくることはなかった。
同じ電車に乗って、鉢合わせても面倒くさい。少し時間をずらしたのち、俺は梨々子と連れ立って家へと帰る。
暑い京都を、燦燦と降り注ぐ太陽を浴びながら歩き続けたのだ(しかも、お土産まで抱えて)。普段部活もしていない俺には、かなりの負荷だった。
梨々子も来なかったうえ、お姉は『朝まで限界飲み会』とメッセージがあったので不在だった。
出前でさっと晩ご飯を済ませたのち、俺はすぐに部屋へ戻りベッドに崩れこむ。
身体は疲れ切っていた。が、心の方はと言えば、とても眠りにつけるような状態ではなかった。心臓が熱く、騒がしい。
その原因は、たぶん大内さんのせいだ。
と言って、もちろん彼女の変人的な奇行に心を奪われ恋心でメロメロということでは、もちろんない。
『ひなたくんが、いえ、みやちゃんと二人の愛がうちに勇気をくれたんです!』
なんて大内さんが今日発していた言葉が脳裏によみがえる。
彼女が俺たちのチャンネルの1ファンとして発してくれた様々な発言が、心をじりじりと焦がしていた。
身近にいる人が、俺たちと知らず、あれだけ熱烈に応援してくれている。
その事実は登録者が何人増えるよりも、俺の中で大きいものがあった。
すっかり眠気もなくなった俺は天井を眺めているのをやめ、起き上がる。
それでもまだ落ち着かず、美夜に連絡でもしようかと思いスマホを掴んだ時、ちょうど彼女から着信があった。
出てみれば、美夜も俺と同じく興奮が冷めやらない状態らしかった。
受話器の奥で、彼女はこらえきれなくなったみたいに、うー! とか、あー! とか声をあげる。
乗せられて、俺も同じく声を出してみたりする。
このほとぼりを、冷ましてはいけない。
その思いは同じだったらしい。
「なんというか、やる気を持て余してるよ、今。一人じゃ落ち着かないんだよね」
「分かるよ、それ。俺も、なにかやらなきゃって思いになってる」
「やろうよ、じゃあ! 明日は休みだし、思う存分さ。ね、今からそっち行っていい? 編集とかネタ考えながら、ちょっと話そうよ」
俺は、それをすぐに受けた。
時刻すでに8時すぎ。この遅い時間から会うのははじめてのことだった。それも考えてもみれば、今家には姉もいないので、二人きりだ。
健全な男子高校生の思考をしてしまい、勝手に落ち着かなくなる。
無駄に部屋を片付けながら、
「落ち着け、俺。そう、これはビジネスのためだ、細川さんはそのためにくるんだ」
呼吸を落ち着け終える。
チャイムが鳴って、迎えに行けば、パーカー姿、少し恥ずかしそうに俯く美夜がそこには立っていた。
♦
「色々あったねぇ、今日は」
クッションの上に膝を折って座った美夜が、背もたれがわりに俺のベッドへともたれかかる。
シーツの上には、綺麗な青い髪がまるで高級な絹糸かのように広がっていた。
俺はそれを横目に見て、どきりとさせられる。今日の細川美夜は、いつもに増して色気を放っているのだ。
その理由の一つが、パーカーの下に着た黒のシャツだ。
胸元にレースのリボンがついたその服は、身体のラインに沿ったタイトなもので、しかもショルダーカットを施されていた。
パーカーの裏から真っ白な肩がちらちらと見える。
しかも丈が短いせい、こうしてベッドにもたれかかり少し乱れただけで、へそがちらちらと覗くのだ。
それをあんまり意識してしまっては、思考のドツボにはまる。
見なかったフリをして、俺は紅茶をすする。
「ほんと。色々ありすぎだったな。問題も起きすぎだし」
「あー、赤松の一件? あれはビビったね、あんなことまでするなんて、もうほんと勘弁って感じ。でも、さ。思ってたのとは違ったけど、今日は楽しかったかな」
部屋に腰を落ち着けて少し。
自然と始まったのは、今日の振り返りだ。
それだけ今日は記憶に残る一日だった。色々と想定外の事件が起きはしたが、今になってみれば、それも含めてよかったものと思えている。
「でも、日野さんの態度はやっぱりよくないと思うけどねぇ。私、めちゃくちゃに言われたし。幼なじみとして、山名の監督不行き届きなんじゃない?」
「いや、梨々子はあぁなったら止められないんだよ、俺でも」
「それに、山名。私の彼氏なのに守ってくれなかったよー? 『この子は俺の大事な人なんだ! そんな言い方はよさないか!』とか言ってくれてよかったのに」
「よくないね、絶対によくない。周りに学校の奴らもいたんだし、勘違いされたら大変だろ」
「それに、日野さんの前だったしねぇ」
まぁ、あれだけ煽られたのだ。
梨々子への反感はいまだ、美夜の中でくすぶっているらしい。
返事が浮かばず、俺は再び紅茶に逃げ道を求める。
「否定しないんだ。もう、そんなの見せられたらさぁ……なんていうか、妬いちゃうよ、私」
が、逃してはくれなかった。
その言葉に切ない響きを感じて、俺は美夜の方をふり見る。
「なんてね。あは、やっとこっち見た~。ここ来てから初めて目あったんじゃない?」
そしてまた、トラップに引っかかったらしい。
美夜は頭をおなかに抱え込むように、くすくすと笑う。なんだよ、ちくしょう。人が心配したら、これだ。
「……弄びすぎだろ、俺のこと」
「あは、ごめん。でもさ、ちょっと本音」
なんて、また声と詰めて言うから、俺は続きを待ってしまう。
何度だまされても、ついつい真剣に聞いてしまう力が彼女の声にはあった。
「日野さんと山名ってほんとに仲いいじゃん? それって動画の中の私たちより、カップルっぽいなぁとか思うと、妬いちゃう」
「……知ってるとおもうけど、俺と梨々子は別に付き合ってないよ。幼なじみだから仲良くしてるだけで――」
「知ってるよ、そんなの。だから、あくまで雰囲気の話。
委員長みたいにさ、すぐ近くで応援してくれてた人もいたわけじゃん? だったら、せめて動画の中では、さ。日野さんより、もっと私と山名がカップルっぽく振る舞えたらいいなぁと思ってさ」
分かったような、分からないような。
少し遠回りな言い回しだった。
だが要するに、視聴者さんを楽しませるためにも、より恋人っぽく振る舞いたい。
と、そういったところだろうか。
大内さんの応援により、いっそうやる気に拍車がかかったのだろう。
「……じゃあ、練習に精を出せばいい話だろー。そう考えすぎるなよ」
「あは、だね。なんか辛気くさいこと言っちゃった。今のなし。頑張ろっか、また今日から。美夜ちゃん、これからはスパルタモードででいくよ?」
「恋人っぽさゼロになるわ、そんなことしたら! もういいから、編集進めような」
「はいはい。じゃあ素材、送ってもらえる?」
その流れで俺たちは、編集作業へと移っていく。
最近は、週に4本と投稿頻度を増やしているため、ストックもさほど溜まっていなかった。
熱くなった心だけで、次々に作業をこなしていく。
そうして、俺たちは忘れてしまっていた。
自分たちが疲労困憊だったことを。
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