33話 幼なじみと電車に揺られ。
「使っていいお小遣いは5千円まで。ひなくん、ちゃんと守ること」
「あぁ分かってるよ」
「それから、決められた範囲の外に出たらダメ。ちゃんと守ること」
「あぁ、分かってる。分かってるんだけど、……なに、これ? なんで俺は移動の電車の中で注意喚起されてんの」
ここまでは聞き流していたが、我慢の限界を迎えて俺はこう指摘する。
校外学習の当日だ。
俺は幼馴染の梨々子と、集合場所である嵐山へと向かって電車に揺られていた。
やっと座席を確保できたと思ったら、しおりを片手にこれである。
同じ制服に身を包んだ学生による、まるで親子のようなやりとりは、同乗した客からも注目の的となっていた。
しかし、メンタルお化けの梨々子に周囲の視線など意味をなさない。
保護者そのものの澄まし顔で、小さな彼女はそのまま続ける。
「そりゃ、寝過ごしかけた挙句、違うとこ乗り換えようとするからだよ。ひなくん、方向音痴。女の子なの、もしかして」
「あれはちょっと、動画のチェックしてたからで…………」
「言い訳無用、いいから聞いて。大事なのは、最後の一つなんだから。ちゃんと班全員で回ってね? 二人は禁止。ちゃんと守ること」
「…………それ、細川さんのこと言ってる?」
やや間があってから、こく、と首が縦に振られる。
それから、しおりを立てて口元を隠し、
「いいな、同じクラス。あたしがあのお邪魔虫と入れ替われたらいいのに」
ここは少し恥じらったらしい。乙女らしく、声をひそめる。
言葉は、紫色の毒をたっぷり含んでいるが。
「……また細川さんをお邪魔虫扱いかよ。
同じクラスになりたかったってのは、俺もそうだけどさ、今更言っても仕方ないだろ」
「ひなくんこそ、そこまでにして。分かってるから、それくらい。言ってもしょうがないことくらい分かってる」
梨々子は、もうこれ以上は聞かないとばかり、目を伏せる。
しかし、もう彼女との付き合いも長い。
強気な態度を見せてこそいるが、それがハリボテであることなど俺にはお見通しだ。
思い返してみれば、別のクラスになったのはこれが小学生以来だ。
中学生の頃、行事ごとはいつも一緒で、記念に撮った写真にはいつも彼女が写っていたっけ。
寂しくなるのも、無理はない。
「別に、また今度行けばいいだろ。お姉も一緒にさ」
「……うん」
まだ浮かない顔をするので、俺は彼女のしおり取り上げて中を開く。
「お、同じところ行くんだな。ほら、この竹林の道。時間も同じくらいだ」
「ほんと? 見つけたら声かけるから、飛んで来て。写真撮ろう」
「……飛んで、って俺は犬かよ」
と言いつつ横を見れば、梨々子の目元は微かに綻んでいた。
そんなに喜ばれるのなら、飛んでいってやらないこともないな、と思う。
わんと鳴いて、しっぽもブンブン振ってやらんでもない。
「じゃあ、ひなくん、どこにいるのかと、なんのお土産買うのか逐一報告してね」
「お土産も? 心配しなくても三千円超えるほど使わないっての」
「そうじゃない。遥姉に買うお土産、被ったら困る。というか、あたしはもう決めてるから、送っておいていい?」
梨々子が言うのに俺が頷くと、早速スマホが震えた。
ちょうど細川さんから
『楽しみだね〜、楽しみすぎてちょっと早いのに乗っちゃったよ』
なんてメッセージが来ていたが、梨々子の手前、一旦スルーする。
送られてきたメモを見れば、きっかり3千円分のお土産リストであった。
一円のズレもないあたりが、梨々子らしい。俺には理解できない感性だ。
「残り2千円は向こうで使うから残しておいた」
「ここまで無理に5千円に抑える必要あるか?」
「うん。ルールだから」
幼馴染の行きすぎた優等生っぷりを再認識して、俺は言葉が出なくなる。
でもまぁ本調子に戻ってきたということか、と納得しようとした時だ。
「……ひっ!」
梨々子から短い悲鳴が上がる。
さっきよくなったばかりの顔色が再び青ざめていく。
何かと思えば、横の席に座っていたリーマンが寝てしまったらしく、彼女の肩に倒れ込んで来ていた。
今日は金曜日だ。一週間たまりにたまった睡眠不足や疲労が理由なのだろうが、このままにしてはおけない。
……幼馴染としても、倫理的にも。
このリーマンだって、女子高校生にもたれかかったとあっては、起きてから大慌てで謝る羽目になるだろう。
「む、無理かもしれない、耐えられないかもしれない……」
「耐えなくていいんだよ、こういうのは」
身体をこわばらせ肘をぴんと立てて動けなくなっている梨々子から、俺はそのリーマンの肩をやんわりと引き離す。
代わりに梨々子のブレザーの肩口に手をやると、こちらへぐっと引き寄せた。
「大丈夫になったか。なってないなら、入れ替わろうか?」
「ううん、もう大丈夫。このままでいい。……ありがとう」
「そっか、了解。たまには役立つだろ、俺も」
「うん、いい番犬。ワン、じゃなくて、バウって吠えるタイプの犬」
「結局、犬かよ……!」
「ふふ、嘘だよ。日向は日向。りりは、一番分かってる」
梨々子の肩を抱きながら、こういうのを恋人っぽい行動と言うんじゃないかと、ふと思った。
さりげなくできたのは、幼馴染である彼女だからだ。
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