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6 ジョッキーの資格

『ナンデモ電機ステークス』まで5日、駿馬とハヤテオウはトレーニングを開始した。独立レースは馬も騎手もゼッケンが配布されるので、斤量が合っていれば規定はないらしい。


 スマイル牧場の勝負服もお古はあるそうだが、この世界では全く知られていないピンストライプの勝負服をそのまま着ることにした。ハヤテオウも装着していた馬具をそのまま使用し、なくしてしまったステッキは格好だけでも必要ということで、スマイル牧場の在庫を借りることにした。


 やはりハヤテオウはナショナルダービーの時の馬具とゼッケンを付けたまま一緒に飛ばされてきた訳だ。それなら、なぜ心と体が2歳馬に戻ってしまったのか。もしかしたら『ダービーミリオネア』のスタートと関係があるのだろうか・・・・とにかく、今は目の前に迫ったレースに集中だ。


 ハヤテオウに跨り、一通りの運動をしてみると、やはりナショナルダービーの時とは違い、無駄にふわふわした感触があった。もともとステッキで叩かれるのを嫌がる馬だが、手綱の反応もイマイチ。ポンと首を叩くとキャンターの速度は出してくれるが、真剣に走る気持ちがあまり感じられない。


「(本当にデビュー前に戻っちゃったんだな)」

「(戻るも何も、オレまだデビューしてないぞ)」

「(なんだよ、意思疎通はできるんじゃないか。真剣に走ってくれないか?)」

「(しょうがないなあ・・・)」


 ハヤテオウはやる気なさそうな返事をしながらもビュッと速度を上げた。やはり世代屈指の素質馬だけあり、並の2歳馬のスピードではない。それでも駿馬は不安が拭えない。併せ馬をする相手もいないし、何とか覇気を引き出せないものだろうか。


 通常、調教はある程度のところまで調教助手などが乗り、最後の仕上げのところで騎手が跨がることにより、馬にレースが近いことを認識させる。ただ、調教からあまりに気合が乗って、本番に体力を残せないタイプもいるので、その場合は調教で主戦の騎手が乗らないケースもある。


 ハヤテオウに関しては調教助手が乗った時にあまりにもやる気を出さないので、最初のうちは早めに駿馬が乗ることが多かったが、3歳になると精神面もたくましくなり、調教のルーティーンを理解してくれるようになったことで、駿馬が付きっきりで面倒を見る必要が無くなったのだ。


 しかし、現在のハヤテオウはレース経験の無い2歳馬。年齢制限がないレースに勝利できるだろうか。そんなことを考えていると「駿馬さ〜ん!」という呼び声が聞こえた。スマイル牧場の裏門からフラワースマイルを引き連れた愛子が手を振っている。


「どうしたんですか〜!!」

「フラワーが落ち着かない様子だったから、もしかしたらトレーニングを見たいのかなと思って!!」

「そうなんですか!あっ・・」


 ハヤテオウが突然スピードを上げたので、危うく振り落とされそうになった。なんとか手綱を握り直してバランスを取ると、およそ2歳馬とは思えないスピードで、しかもカーブのきついコーナーを曲がるかのように向きを変えて、わざとフラワースマイルの目の前を駆け抜けた。


「こやつめ、やる気のトリガーは牝馬かよ」


 その様子を眺めながらフラワースマイルがヒン、ヒンと嬉しそうに鳴き、愛子も笑顔で「駿馬さん、頑張って〜!」と声をかけてきた。しかし、しばらくしてハヤテオウの様子が急におかしくなる。まずい、オーバーワークか・・・と旬目は急に不安になり、ハヤテオウに心の会話で呼びかける。


「(ハヤテ、ちょっと休もう。さすがに初日で張り切りすぎた)」

「(そうだな。体力ゲージがほとんどゼロになった)」

「え???」


 思わず声が出てしまった。た、体力ゲージだって?


 体力ゲージ・・・まあ、いかにもゲームっぽい名前だが、なんでハヤテオウの口、正確には心だが、そんな言葉が出てきたのか。


「(ハヤテ、お前ひょっとして何か見えるのか)」

「(見えているというより、感じている)」


 ハヤテオウにはパラメータだっけ、そういうゲームの数値みたいなものがあるとすると騎手にもあるのだろうか。今のところ何も聞こえないし、感じないけど。 

 馬は急に止まると怪我のリスクがあるため、徐々にペースを落として、ダグの状態にしてから静止させた。心臓が少しバクバクしているような感覚がある。仮に体力ゲージのようなものが自分の体にあったとしても、動悸や疲労感はあるし、汗も流れている。この世界で生きているんだ。


「お疲れ様。すごいペースだったから駿馬さんもハヤテオウも疲れたでしょう」

「こいつ、やる気出しちゃって・・・」


 駿馬が愛子と会話している間にも、ハヤテオウはフラワースマイルと鼻面をスリスリし合っている。ひょっとして、もうカップル誕生しちゃってるのか。確かに恋の馬に駆け引きは不要かもしれないが・・・繁殖前の牝馬と言っていたし、あんまりゾッコンにさせてもまずいかもしれない。


「愛子さん、フラワースマイルは何歳なんですか?」

「3歳です。今年から繁殖に出したかったのですが、資金が無くて、融資の目処も立たなかったので見送ったの」

「そうなんですね」


 この、マセがきめ・・・元の世界では馬年齢にすると2歳が人間の12歳で3歳が17歳ぐらいと言われる。3ヶ月を足してもハヤテオウは13歳ぐらいだろう。フラワースマイルは18歳ぐらいか。とんでもないな。俺なんて24歳まで・・・まあ人間の常識で考えてもしょうがないか。


 駿馬は愛子とともに裏手から柵の内側に戻り、ハヤテオウとフラワースマイルを馬房に戻した。庭の水道から二つのバケツに水を入れて二頭に飲ませた。さすがに喉が渇いたのか、ハヤテオウは勢い良く飲む。一方のフラワースマイルはゆっくりとバケツに口を入れた。


「私たちも休憩にしましょうか。クッキーを焼いたので、紅茶にしますね」

「あ、はい。ありがとうございます」


 この牧場に来て3日ほどだが、すでに我が家のように落ち着く。馬みたいに、不躾ぶしつけに愛子の年齢を聞くことはできない。ただ、旦那さんはいないようだ。彼氏がいる様子も・・・いやいや、何を失礼なこと考えてるんだ。


 とにかく今やるべきことはレースに勝ってスマイル牧場を救うこと。そしてRRCにハヤテオウを正式な競走馬として登録させる・・・あ、そういえば騎手の資格ってどうなってるんだろう。


「愛子さん、RRCの旗手って資格とかどうなってるんですか?」

「もちろん資格は必要ですよ」

「そうですか・・・やっぱり専門の学校に通わないとダメだったりしますよね?」

「いえ、手続きをして試験に合格すればRRCの騎手になれます」


 駿馬はそれを聞いただけでホッと胸を撫でおろしたが、愛子は「もちろんRRCのジョッキーになりたい人は大勢います」と続ける。


「競馬学校に通うのが普通です」

「そうでしょうね」

「あとは独立レースで腕を磨くとか・・・今回も何人かは参加するんじゃないかしら」


 そうか・・・今度のレースは俺のジョッキーとしての腕を試す場所であるんだ。駿馬は心を躍らせた。

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