13 中央突破
ダイナーレディに教わったコースからブラックアローの真後ろに付けたところで第三コーナーに差しかかる。そこからブラックアローは内側の馬を邪魔しないギリギリのライン取りでインに切り込む。さすがは中央競馬で経験が豊富な人馬だ。
ハヤテオウは少しだけ外側に膨らんでしまった。大きなロスはないものの、これだけで1馬身分ぐらいの距離ができる。ここを無理して付いていくか、足をためながら直線勝負に持ち込むか・・・。第三コーナーから第四コーナーに差しかかるところで一瞬、目の前の馬群の向こうに愛子の姿が飛び込んだ。
「(愛子さん!)」
「(あそこに突っ込めばいいんだな)」
「(お、おう!)」
それはほんの一瞬だったが、勝利への光に見えた。2歳のハヤテオウを思い出すと、仕掛けのタイミングとしては少し早いが、このタイミングを逃したら大外に持ち出すしかなくなる。駿馬はステッキの代わりに左手でハヤテオウの首筋を軽く叩いた。ギュンっと加速する。風が痛いほどに頬を切ると感覚が研ぎ澄まされる。
直線に向いたところで先頭を走り続けていたダッシュマイケルにグラウンドシャークがインから少し膨れる形で併せ馬に入る。小柄なダッシュマイケルと超大型のグランドシャークによる叩き合い。ただのラビットと見られたダッシュマイケルの大健闘にスタンドから驚きの声が上がった。
しかし、直線残り300メートルのところでグランドシャークの巨体がグイッと前に出た。そこに外めからグランドシャークが追い上げ、ほとんど差がなくサンクスギフトが続く。
さらにハヤテオウ、オヤマノタイショウ、アイドルハンター、パワフルウーマン、アラフォーチャン、そして道中はしんがりだったケンショウマネーが外からグイグイと伸びてくる。ミスダイナマイトはいっぱいになってしまった。
ダッシュマイケルをグランドシャークが引き離し、さらにブラックアローが追い抜いていく。必死に追いながら「くっそ〜」と泣き叫ぶ秋野勝利とダッシュマイケルをサンクスギフトとハヤテオウが迫ったところで、ダッシュマイケルがいきなり外にヨレた。
「うわっ」と駿馬が声を発した時にはハヤテオウの馬体が外に流れてサンクスギフトに接触しかける。ギリギリのところでこらえたが、本来ならスピードに乗りたいタイミングでの減速は免れなかった。
サンクスギフトが4分の3馬身ほど前に出る。残り200メートル、グランドシャークとブラックアローとの差は3馬身半ほど。これはいくらハヤテオウでも苦しい・・・自分がもっと上手く危機察知してあげたら。
「ハヤテオウ、フラワーが待ってるわよ!」
ギェンッ!!
えっ・・・駿馬も振り落とされそうな勢いでハヤテオウが加速する。愛子の声だった。気が付けばサンクスギフトよりも前に出ていた。
なんだこの加速力は・・・3歳のナショナルダービーの時にも匹敵するスピードでグイグイと前の2頭に迫って行く。しかし、位置取りは完全に真後ろであり、内にっても外に行ってもロスになってしまう。何よりハヤテオウの勢いを失わせたらそこでゲームオーバーだ。駿馬はたった1つの方法に賭けることに決めた。
「(ハヤテ、あそこに突っ込む、いや突き抜けるぞ)」
「(おう!)」
ハヤテオウも駿馬の指示に口答えをしてこなかった。勝負に集中しているのだ。二頭は壮絶な叩き合いになるが、ハヤテオウに幸運だったのはジョッキーのステッキを持つ手が逆だったこと。そのため併せ馬の状態でも合間に1頭ぶんだけスペースができていたのだ。
残り150、100、80、70・・・ハヤテオウはステッキで叩いたり、手綱をしのぐことで加速するタイプではない。駿馬は信じるしかなかった。ブラックアローの小幡ジョッキーとグランドシャークの有馬ジョッキー、二人のステッキが体に当たることも覚悟で突っ込む。50、40、30・・・
「突き抜けろ、ハヤテオウ!」
3頭がほぼ並んでゴール板を駆け抜けた。それまで歓声を響かせていたスタンドのお安客もどよめいたが、ただ一人のジョッキーが右手を高く掲げた。中央の駿馬だ。
確かな感触・・・元の世界でも鼻差や首の上げ下げで勝負が決したことは何度もあった。確信が持てず、写真判定を経て確定ランプが灯るまで半信半疑だったことも。だが、今回は分かる。それぐらいハヤテオウの突き抜ける勢いが二頭を凌駕していた。
ブラックアローの小幡ジョッキーが軽くサムアップをしてきた。スマイル牧場と白金ファームの関係を考えれば、大袈裟な祝福はできないかもしれないが、ライバルに認めてもらえたことが駿馬は嬉しかった。しかし、グランドシャークの有馬芳はハヤテオウと駿馬の方を無視して、離れた位置で馬を減速させていた。
一応、写真判定になったようだが、そんなに時間がかからず電光掲示板の着順表示にハヤテオウの3番が表示され、続いて1番、13番、7番、14番と表示された。完全に減速させてから係員に促されて1位のボックスにハヤテオウを収めて、後検量に向かう。
「くっそ〜」と明らさまに悔しがる声の主が誰かは見ないでも分かる。ダッシュマイケルの秋野勝利だ。
「あのデガ馬に睨まれなければ、マイケルは失速なんてしなかったんだ」
ハヤテオウによるとダッシュマイケルはスタミナが抜群だと言っていた。そう考えるとあの失速はグランドシャークの巨体と併せ馬になったことで、走る気力を失ったことによるものなのかもしれない。
「何がデカ馬ですって。あなたがわざとシャークにステッキをぶつけようとしてきたでしょうが」
「なんだと!」
秋野に食ってかかったのはグランドシャークに騎乗していた有馬芳だった。この声、どこかで聞いたことがあるような・・・と思い巡らしながら検量室に向かう駿馬の方に、有馬騎手がツカツカと近寄ってきた。
バシッ!
突然のことで駿馬は何が起きたか分からなかった。ざわめく周囲をよそに、倒れながら見上げた駿馬の方に上から顔を覗かせてくる。そしてサメの絵柄のマスクを右手でガバッと外した。
「あ・・・牧野・・・姫子」




