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11 四角いビーム

『ナンデモ電機ステークス』いよいよ発走です。

 第4レースまで終わり、いよいよメインレース『ナンデモ電機ステークス』に向けたパドックの周回が始まった。直前の芝1600メートルの『あすなろカップ』では白金ファームのサンフェスタという馬が勝利していた。ヤネは小幡騎手だ。


 ウィナーズサークルからいそいそと検量室に引き上げて、後検量をパスした小幡騎手に「おめでとうございます」と声をかける。「ああ」と返って来たものの笑顔はない。すでに勝負モードなのだろう。


「や〜危うく振り落とされそうになったわ」と大きな声で言いながら秋野勝利も検量室に戻って来た。メインレースに乗るジョッキーで『あすなろカップ』に騎乗していないのは5人しかいなかった。つまり9人は400メートル短い同じコースをほんの数十分前に経験した状態でメインに臨める。これは経験上、大きな差だった。


 しかし、駿馬も元の世界で当日の最初の騎乗で勝利したことは何度もあるし、その1つはハヤテオウの新馬戦だった。手渡された3番の赤いゼッケンを被り、メインレースの前検量を済ませた時に、ちょうどグランドシャークの騎手とすれ違いになった。駿馬より目線は10 cmほど低かった。軽く会釈だけしたが、被りっぱなしのゴーグルの奥からギロッと睨まれた気がした。


 女性・・・確か有馬芳という名前で性別までは分からなかったが。ちょっと違和感のようなものがよぎったが、とにかく集中しなければ。駿馬は元の世界でも毎回やっていた思考のルーティーンをしてから係員の号令に従ってパドックに向かった。


 ハヤテオウを引いていたのは愛子だ。専属の調教助手や厩務員がいないため、騎乗以外の全てを愛子に任せるしかないが、独立レースではオーナーなどが直接パドックで馬引きをするケースは良くあるという。実際、愛子も手慣れたものだった。


 出会ってたった1週間ではあるが、愛子もフラワースマイルとともに、ハヤテオウに水やカイバをやりながら、ハヤテオウによく話しかけていたのだ。もちろん駿馬のように心の会話はできないだろうけど、ハヤテオウには伝わっていたはず。「止まれー」と号令がかかり、ハヤテオウに近寄り跨がる。別れ際に愛子が「ハヤテの人気すごいわよ」と言ってきた。


 この世界でのデビュー戦にも関わらず、おそらく血統で4番人気に支持されたが、2歳馬ということで半信半疑のファンはいたはず。だが、ハヤテオウの落ち着きや馬体を直に見て評価を上げたファンが多いのだろう。一抹の不安があった牝馬をキョロキョロ気にする感じもない。人気上位馬ではないが、14頭中の4頭が牝馬だった。


「(女の子たちは気にならないのか?)」

「(そんなの別にどうでもいい)」

「(本当か・・・)」

「(ちゃんと集中しろよ。振り落とすぞ)」

「(お、おう)」


 どういう風の吹き回しかと思ったが、理由は1つしか思い当らなかった。フラワースマイルにぞっこんなのだ。もうレースに勝って良い報告をすることしか頭にないのだろう。

 

 馬場道を通ってコースに出るまで駿馬が最新オッズを知ることはできないが、3番人気のグランドシャーク、4番人気のハヤテオウともに単勝一桁までオッズを上げていた。それだけパドックでよく映ったということだ。


 事前の情報が少なく、現場観戦者の購入率が高い独立レースは当日パドックで馬体をチェックしてから買われる馬券がかなり反映される。人気4頭の争いか・・・しかし、そんな下馬評を覆そうとしている人馬がいた。

 なんでも言えない高揚感が体の中を占領していく。あのナショナルダービーに比べたらお客の数も歓声も何分の1だろう・・・それでも少し懐かしい感覚が駿馬の中で蘇ってきた。


「(ごめん、ちょっと緊張してきた)」

「(そうなのか?あのハヤテオウが・・・)」

「(何が《《あの》》だよ。デビュー戦なんだぞ)」

「(そうだったな。大丈夫だ、フラワーに報告するんだろ?)」

「(そうだぞ。牧場に帰ったら顔スリスリしてもらうんだ)」

「(ああ。好きなだけしてもらえ)」


 ハヤテオウのたてがみを軽く撫でた。元の世界でもデビュー戦のハヤテオウは緊張していたのだろうか。そんな気配は無かったけど、当時は未熟で読み取れなかっただけだろうか。


 ここに飛ばされてきたことは不本意だし、未だにゲームの世界に入り込んだのか、長い夢の中にいるのかよく分からないが、ここに来なかったらハヤテオウと心の会話をすることも、愛子に会うこともできなかった・・・愛子さん?


 二頭の先導馬に連れられて、トンネルから出走馬が本馬場に出て行くと歓声が上がる。ハヤテオウが返し馬に入る瞬間、すれ違ったダイナーレディがウィンクしたような気がした。もちろんハヤテオウには初対面だから、駿馬に無絵kたものだろう。駿馬は軽くダイナーレディを振り返って右手を振った。


 駿馬とハヤテオウが返し馬からゲートのほうに向かうところで、客席の前方に愛子の姿を視界の左隅に捉えた。もし、このレースに敗れて白金ファームに借金を返済できなければ、フラワースマイルを売却しなければならない。 そういえば、あの白金次郎というグラサン男を見かけないが、できれば会いたくない人物だったので、気の留めなかった。


 フラワーを売れば借金を返済できるだけでなく、残る差額でスマイル牧場を維持できるという。しかし、そうなれば二度とスマイル牧場に戻ることも、愛子に会うこともなくなるだろう。ハヤテオウ、フラワースマイル、そして愛子とともに、ここで未来を切り開くんだ。そして、再びあの舞台へ・・・


 昂る駿馬の気持ちを横から邪魔するように「調子はどうや」と声をかけられた。ダッシュマイケルに跨った秋野勝利だ。


「なんや無視か。つまらんやつやな。なあ、ハヤテオウくん」

「ちょっと集中させてくれ」

「えらい怖いな。リラックスも大事やで」


 余計な会話を遮るために、意図的に少し距離を離した。元の世界でも返し馬や対機場で無駄に声をかけてくるジョッキーはいた。普段どれだけ仲が良いジョッキーでもレースではライバルであり、道中には様々な駆け引きがある。


 ただし、競走馬を無事にゴール板まで送り届けるという最低限の仕事がある。大事なオーナーや生産地、調教師、ファンから競走馬をの命を預かるのがジョッキーなのだ。その自負があるからこそ勝利を目指すことはもちろん、安全のために集中力と判断力を研ぎ澄ませていくのだ。


 待機所で全てのライバル馬、そして騎手たちとすれ違う。秋野を除き、無駄話をしてくるジョッキーはいなかったが、やはりグランドシャークの騎手からはすれ違いざまに刺すような視線を感じた。何だろう、このただならぬ気配は・・・駿馬が一瞬かぶりを振ると「(なんだ、お前が神経質になってどうするんだ)」とハヤテオウが心に話しかけてきた。


「(神経質になんてなってないぞ)」

「(あのグランドシャーク・・・パワーがすごいみたい。気を付けたほうがいい)」

「(え・・・なんで分かるんだ?)」

「(何となく・・・ダッシュマイケルは異常なスタミナ)」

「(数字が見えるのか?)」

「(分からない。四角いビーム・・・混乱してきた)」

「(わるい、わるい)」


 これもトレーニングの時にハヤテオウが教えてくれた体力ゲージと同じ『ダービーミリオネア』の世界での特性なのか。他のジョッキーと競走馬はどうなんだろう。いや、今そんなことを考えている場合ではない。確証は無いが、4つのパラメータを表す菱形のゲージのようなものは想定できた。


 待機所でダグを踏んでいる間、駿馬はハヤテオウから《《心の会話》》でライバルたちの情報を端的に仕入れる。なんとなくだがスピード、スタミナ、パワー、メンタルが分かるらしい。メンタルに関してはどう影響するのか分からないが、大きなメリットだ。


 情報をもとに素早くレースをシミュレーションし直した。少し早めのペースで行った方がいい。末脚には自信を持っていたハヤテオウだが、脚をためて直線で爆発させれば勝てる甘い競馬にはならないと駿馬の勝負勘が伝えていた。


「(ハヤテ、前目に付けるぞ)」

「(命令するな1)」

「(命令じゃない。指示だ)」

「(・・・はいよ)」

ナンデモ電機ステークス 出馬表


1-1 グランドシャーク 6牡

1-2 アイドルハンター 4牝

2-3 ハヤテオウ 2牡

2-4 ホソマッチョ 7牡

3-5 パワフルウーマン 6牝

3-6 メシノタネ 10牡

4-7 サンクスギフト 6牡

4-8 ミスダイナマイト 5牝

5-9 クラダシキング 7牡

5-10 オヤマノタイショウ 8騸

6-11 ダッシュマイケル 5牡

6-12 アラフォーチャン 7牝

7-13 ブラックアロー 8牡

7-14 ケンショウマネー 6牡

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