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第九十八話『共に生きる明日 その1』

 腕の中に愛しい少女の温もりがある。


 ルイは周りを気にすることなくわんわんと泣き叫び、時たま蒼の胸元を本当に微かな力で叩いた。 それから、申し訳なさそうに、また、自分を責めるように、手はおずおずとずり下がっていくのだ。


 蒼は深く息を吐きながら、揺れのたびに埃の落ちてくる天井を見上げた。


 自分でも、今この場で目を覚ましたことが信じられないでいる。

 あの意識の底で起きたことを理解しようとするのは難しい。 間違いなく人間の域を逸脱した事象だが、無理矢理解釈をするならば、こういうことだろうか。


 蒼が接触した光は、人を転生させるに足る人智を超えた生命の源を孕んでいたのだろう。

 本来ならば、彼の魂は自分の意識から乖離したもっと遠い場所で光と接触するはずだった。

 意識よりも遥かな遠い場所で光を浴び、遠いどこかに転生する。 しかし、蒼の意識下でルイの顕在化した意識が蒼をその場に引き留めた。


 蒼は自分の意識下付近であの光と接触し、光は蒼に生命の源をもたらした……そして、最も近い場所で彼は再び命を与えられることとなった。


 つまり……小波 蒼は死に、その魂がもう一度小波 蒼の体に転生したということだろうか。



(結局、要らないと突っぱねたあの光に助けられたんだな)



 あの光が蒼を包むことがなければ、蒼はあのまま闇を貫くことが出来ず、死という深淵に呑まれていたかもしれない。


 いや、おそらくそうに違いない。 蒼が自分の体に転生したということは、その体は二年前の小波 蒼同様死んでいたということである。



「バカ、バカバカバカッ……!! どれだけ、心配したと……!!」



 泣きじゃくるルイの背中をなだめるように片手で撫でながら、もう片方の手で蒼は自分の首元に手を当てた。 脈がない。


 前回はあまりの激痛に自分の体を確かめることができなかったが、恐らく蒼の体はまだ死んでいる。


 医者があのとき、死体が運ばれてきたのかと思ったと言っていたが、恐らくその通りだ。 今の蒼の状態は恐らく転生後の特殊な状態なのだろう。


 この後に蒼の体に訪れるのは、人智を超えた回復。 神秘的な光に当てられ、蒼の意識が死体に宿った。 今は意識だけで活動し、いずれ意識が生きられるように体が急速に再生する。 そこまでが、恐らくあの光の力だ。


 転生、この感触は久しい。


 ルイの手前必死に痛みを隠しているが、その責め苦は前回の比ではない。 厳しい訓練を根性で乗り切ってきたせいか、随分と我慢強くなったものだ。


 息は吐くたびに詰まるし、肺は焼けて潰れそうなほど痛い。 今は呼吸も必要ないのだろうが、体が覚えきった当たり前の行動だ、意識して止めるのも難しい。

 肌は隙間なく裂けてしまったかのような痛みがするし、視界も朧。 筋肉は悲鳴を上げている。


 だが、蒼にとって、そんな激痛よりもすぐ側にあるルイの仄かな香りの方が、ずっと鮮明であった。



「……ごめんね」



 蒼はルイを抱きしめながら口にする。 ルイは、顔を埋めて、それから首を左右に振った。

 蒼を責めていた言葉はどこへやら、彼女は萎れた声で言った。



「あ、謝らなきゃいけないのは……私のほうよ」



 鼻をすすり、ルイは蒼と目を合わせる。 本当に、美しい瞳だ。



「ごめんなさい……私は、あなたを突き放して、酷く傷つけて、追い詰めて……最低よ」



 ルイも、謝りたいことがたくさんあるのだろう。 蒼と同じだ。



「それは、俺とルイの二人で決めたことだよ。 ルイは最低なんかじゃない」



 蒼は口元を緩める。 口元から血が流れ落ちたのが分かった。 ルイは目を伏せる。



「……それだけじゃない。 私……あなたを突き放したのに、まだ一緒にいたいと思ってる。 そんなのって……」

「自分を責めなくていいんだよ」



 それでも痛ましく唇を噛むルイに、蒼は続ける。



「だって、ルイがそう思ってくれていて、本当に嬉しいんだから」



 ルイは顔を上げる。 手を伸ばし、頬に手を添えて涙を拭うが、彼女の頬に今度は血の跡が残ってしまった。



「ルイをまた傷つけるのが怖くて……言えなかった。 でも本当は、俺ももっともっと一緒にいたかった。 俺が、何よりも愛した人だから」



 喋るごとに、口の中に血の味が滲む。

 言葉が詰まりそうになるが、闇と光の狭間でルイが言った言葉を思い出して、しっかりと言葉を紡ぐ。



「もしかしたら、これから先も、一緒にいることでお互いが傷つくことがあるかもしれない。 それでも俺は……ルイと一緒に生きたい」



 この言葉を伝えるのが、ずっと怖かった。 色んな友人に背中を押されて生まれた勇気が、自身の思い込みにかき消されてしまうくらいに。


 だが、ルイが言ってくれたのだ。 これからも、一緒に生きたいと。

 そして、蒼自身も、とめどないほどにルイと生きたいと願っていた自分と向き合った。


 たとえこの先に悲しみが待ち受けていようと、深く愛したルイと共に生きたい。

 それが、蒼の望んだ道だった。


 拭いたはずのルイの目元から、大粒の涙が溢れる。 少女が力強く頷くと、ツインテールが揺れ、涙が散った。


 首元が、締まる。 ルイの両腕だった。 蒼は、その心地よさに目を閉じる。



「ありがとう……私を、愛してくれて」



 蒼は笑う。 それは、蒼がルイに言った言葉だった。

 そして、今も彼女に言いたい言葉だった。

その2を23時に上げます、よろしくお願いします!

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― 新着の感想 ―
[良い点] 死の淵からの復活にもちゃんとワケがあっていいっすね... ご都合主義をご都合主義で終わらせない
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