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第九十五話『夜に抗い、光を超えて』

 どれだけ、叫び散らかしたことだろう。


 視線も口も動かす気力はなく、暗闇に馴染んでいきそうなほど虚ろだった。 横たわった体が、沈んでいくようだ。


 そうして深淵へと落ちていき、消える……あのときと同じだった。


 愚かな自分を責め続けた。 こうなったのは全て自分のせいであると。

 責めて、責めて、責め続けた。 そうして、疲れ果てもう死ぬしかないと、折れた。


 横たわる地面の感覚がなくなっていく。 そんな、ときだった。



『――――』



 一つ、瞬きをした。 この無音の世界では、そのあまりに小さな音ですら、彼の鼓膜を微かに撫でた。



『――――』



 この音は、何だろう。 前の死のときにはなかったものだ。


 耳の側を通り過ぎた虫のさざめきのような、あまりに小さな音。 しかし、その音は徐々に大きくなっていく。



「なん、だ……?」



 今度は、それとは別の音が聞こえた。 何かを叩くような音である。

 音が近づいてきたが、蒼の側を通り過ぎ、遠のいていく。


 近づいたと思いきや遠のき、遠のいたと思えば少し近づく。 迷っているようなそれは、足音だった。


 ハッと、意識を奮い立たせて体を起こす。

 蒼しかいない世界に、不思議な靴音が響く。


 大股で走っている誰かの音。 最初に聞こえた音が、声となって暗闇に流れた。



『小波――』



 蒼は思わず立ち上がっていた。 聞き違えてたまるものか。

 その声は、他ならぬ、ルイの声だ――!!



「ルイ!!」



 辺りを見渡すが、誰もいない。 だが、靴音は、確かに蒼を捜し求めて暗闇を駆けていた。


 どうして、そんなことを考える余裕はなかった。



『小波――どこにいるの――?』

「ルイッ!! 俺はここだッ!! ここだよ!!」



 縋るような声で叫ぶ。 同時、足場が揺らいだ。


 真下を見れば、永遠に続く暗闇が口腔を開いている。 体が浮かび上がる感覚に満たされ、沈んでいる実感が襲う。


 蒼は涙を散らしてルイを呼び続けた。 もがくが、沈む体は止まらない。



『ねぇ――』



 ルイの声。 愛しくて、涙が止まらない。


 そして、死への恐れは募る。



「ルイ!!」

『私の声を、聞いて――』



 沈んでいく体。 取り残された涙が、海中の泡のように浮かんでいた。


 虚空を掴み浮上しようとすることの滑稽さ……それは、死に抗おうとすることの無謀さと同義なのかもしれない。

 だが、蒼は生きようとする衝動のままに、空へと手を伸ばす。



『悲しいの』

『切ないの』

『苦しいの』

『どうしたらいいか』

『でも』

『伝えたい』

『声』



 ルイの心の声が重なっている。

 膨大な感情が、蒼の中に流れ込んできていた。 



『小波、私――』



ルイは、自分の感情を一つ一つ整列させるように吐息を吐いてから、言った。



『もう、あなたがいない世界では、生きていけない』



 その言葉は、一瞬で蒼の体に染み渡っていった。

 涙がボロボロと空へと浮かんでいく。


 嬉しかった。


 しかし、それ以上に、彼女は自分のいない世界でハヤトを追い求めて生きていくだろう、そう自分に言い聞かせて選択したものがやはり間違っていたと思い知らされ、悔しくて、悲しくて、しょうがない。



「ルイ……ごめん……俺」



 もがく手が、ルイを求めて空へと伸びる。 もう、死ぬしかないんだ……そう口にするのは、怖くてできなかった。



『初めは、本当に変な奴だと思った。 どれだけ突っぱねても、次の日にはニコニコ笑って私のところに来るから』



 蒼は何度も頷いた。 できることなら、あのとき、あの瞬間に戻りたい。



『あなたと初めて帰った日からは、もっと変な奴だと思った。 でも、それ以上に、大勢から失望を背負わされて、ずっと抱えてきた恋心も一方通行だった私に、あなたからの友情ではない、本物の愛情は……とっても居心地がよかった』



 手は仄暗い霞を掴む。



『愛情をくれるから、あなたに惹かれているのだと思った。 ある種の依存かもしれないって。 でも、あなたとの毎日は、本当に楽しくて……あるとき、気付いたの。 あなたの愛情に惹かれる中で、その裏にある、あなたの優しい人柄と、強い生き方にも、強く惹かれていることに。 あなたという人間を、もっと知りたいと思った』



 蒼はまたもがきながら、力強く吠えた。 死にたくない気持ちだけが募り、死の深淵は無表情に待ち構える。



『私は、あなたに恋してる。 あなたと同じくらいの愛情を向けてくれる人が他にいたとしても、私はあなたを選ぶ、それくらいに』



 冷え切った体の芯に、熱が篭る感覚があった。

 意識が、燃えている。


 強く、激しく、哀しく。



『……こんなことを言っても、説得力ないわよね。 私はあなたを選べなかったし、あなたを突き放してしまった』



 蒼は首を左右に振る。



『でも、聞いてほしい。 私は、好きな人を一人に決め切れず、あなたを深く傷つけてしまうような人間だけど……私は――あなたと、もっと一緒にいたい』

「ルイ……俺もだ、俺もだよ……!! でも、俺はもう……!!」

『どうしようもないくらい自分勝手なわがままなのは分かってる……!! でも私は、あなたのことが好き!! もう、あなたのことを離したりしないからっ!! だから、目を開けて――!! お願い!!』



 無理なんだ。 そんなおぞましい言葉が吐き気と共に口から出そうになったとき、ルイは必死の声は続ける。 彼女の声は、泣いていた。



『起きて、こんな勝手を言う私をひっぱたいてッ!! 何だってする、だから……っ』






『最後まで――生きることを――どうか諦めないで――!!』

いつもありがとうございます。

今日はもう一話を22時に投稿します。よろしくお願いします。

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― 新着の感想 ―
[一言] 最高です。
[気になる点] >>そのあまりに小さな音ですら、はっきりと聞こえた。 >>『――――』 >>この音は、何だろう。 はっきり聞こえたのか聞こえてないのか……
[良い点] 読めば読むほど引き込まれるそんな小説です!次回の話を楽しみにしてます!!
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