第九十一話『いつまでも、後悔は尽きない』
それを見た瞬間に、蒼の周りの世界が色鮮やかに塗り換わっていった。
空が、泣いている。 窓にぶつかる雨の音に交じって、少女の嗚咽が聞こえた。
ホテルの一室。 ベッドにうつ伏せになる過去の蒼の姿を見つける。
彼の下から細く白い腕が伸びて、蒼の首元を強く抱きしめていた。
蒼に覆われながら、ルイは泣き続けた。
「……」
……この日蒼は、人を愛することの恐ろしさを知った。 自分がルイを愛することが、彼女を傷つけてしまうことだと分かった。
だから、彼は身を引いたのだ。 諦めきれず、友人たちに背中を押され、一時はもう一度話そうと思い直したのだが。
彼は結局、そうせずに命を賭して戦うことを選んだ。
彼女には、ハヤトや友人たちがいる。 自分が改めて好意を伝えることが相手を傷つけるのなら、そうしないほうがいい。
そう考えたからだ。
「これで、よかったんだ」
だから、後悔など、ないはずだった。
景色がゆっくりと流れていく。
「あの~……ちょっとお願いがあるんだけど」
「何よ」
「せっかくのデートだし……いたっ! せ、せっかくの……お出かけ? だし、記念に一枚、写真撮りたいなぁって」
落ち着いた照明。 いつものカフェだった。
窓際に座り、机越しに向き合う過去の蒼とルイ。 彼女たちの奥からは明るい日が差し、光の粒子が踊っていた。
ルイが、訝しげに蒼を見る。
「……イヤ。 私写真映り悪いもの」
「そっ、かぁ……………………」
「…………何よもう。 しょうがないわね、一枚だけよ」
露骨に残念がる蒼にほだされ、ルイは渋々蒼の提案を受け入れた。
蒼の目が幸福に光る。 尻尾が生えていたら、扇風機のように回っていただろう。
蒼は意気揚々と振り返って携帯を掲げる。
これまで自撮りに縁のなかった人生だ、持ち上げた蒼の手は震えていた。
「はい、チーズ!」
たどたどしくシャッターを押す蒼。 ふてくされてコップを両手で持ちながら横を向いているルイ。
「ありがとう! めちゃめちゃ嬉しいよ! 待ち受けにしていいかな!!」
「ダメに決まってるでしょ!! ていうかもうしようとしてるじゃない!」
言うが早いか待ち受けにしようとしている蒼と顔を赤くして蒼から携帯をもぎ取ろうとするルイの机越しの攻防。
鮮やかな色彩に、見惚れそうになる。
本の中を覗いているような気分だった。 そして、自分はその中で確かに生きていたのだ。
「…………」
二人を遠巻きに眺める蒼の見開いた目から、涙が落ちる。
小波 蒼は、天秤に掛け、決断した。
だから、後悔など、ないはずだった。
それなのに。 これから死に行く彼の目からは、ゆっくりと涙が流れる。
やめてくれ。 気付くな、考えるな。
蒼は自分の思考に必死に釘を刺した。 だが、巡る思いは止まらない。
彼は思った。
冷静を欠き、追い詰められ、決断を急かされ……結果、自分は選択を誤ったのだと。
色鮮やかな思い出の中に、何よりも大きな後悔の芽生えを見た。
いつもありがとうございます。
先日分の更新時に後から付け足したので見ていない方がいらっしゃると思うので、くどいとは思いますが今一度お知らせさせてください。
第六十一話を、一文だけ改変しました。よろしければお目通しくださいませ。