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第九十話 『あの場所に咲く花』

大変お待たせいたしました。

何卒、これからもよろしくお願い致します。

 朱莉の泣き声が、ぼんやりと聞こえる。 

 さらに遠くでは、冥花先生が卑劣な悪党と鎬を削る音が散っていた。

 心臓の音が耳元で跳ねる。 小波の胸に当てた指先の鼓動を感じるのに、自分の鼓動が邪魔だった。


 彼の横たわる地面に、赤い液体が染みていく。


 小さく、本当に小さく動く小波の心臓。 朱莉がどれだけ必死に呼びかけても、彼は睫毛一つ動かさない。



「小波……」



 ルイの呼びかけにも、彼は応えない。 ルイのためならば何事も惜しまなかった彼が今、ルイや朱莉の嘆願を聞いて、何も反応を示さなかった。


 いや、聞こえているのかも、分からない。



「小波ッ!!」





 記憶が朧だ。


 自分が誰なのか、何故ここにいるのか、まだ思い出せない。


 夢を見ているようだった。 そこが、自分の意識の中であることだけが、今は分かる。


 茜色の空。 黄昏時の暗がりが、辺りに静かに横たわっている。

 どこか、色素の薄く音の篭ったような世界であった。 


 黄色と黒の縞模様の遮断機が、行く手を阻んでいた。

 踏み切りの高い音が遠くに響き渡り、ヒグラシの鳴き声と重なって溶けていった。


 人気もなく、侘しい場所だった。 しばらくの間少年がそこに立ちすくんでいると、目の前を巨大な鉄の塊が大きな音を立てて横切っていく。


 一瞬で通り過ぎる車窓には、いくつかの黒い人影が見えた。 耳障りなはずの電車の音も、彼の耳には一歩奥まって聞こえる。


 夜の訪れを思わせる空を見上げる。 どこか物寂しくて、過ぎ去った季節を思わせる風に、その少年……小波 蒼は、自分が今二年前までいた世界の大地に立っていることを理解した。


 電車の最後尾が蒼の前を通り過ぎる。 瞬く間に音が遠のいていき、広がった先の景色に、二人の少年と少女が逆光の中立っているのが見えた。

 遮断機が上がり、中学生らしき制服を着た少年少女が、踏切を渡る。



「ごめーん。 まさかプリント学校に忘れるなんて……。 取りに来るの付き合ってくれてサンキュ」

「はは、無理矢理連れてきたんだろ? っていうか、本当に学校に忘れたのか? カバンの中に入ってんじゃね」

「もう十回は確認したよ! 絶対机の引き出し!!」



 笑いながら会話を交わす二人を見て、懐かしいなと、思った。


 中学のころの中原 重音と清里 茜が、蒼の側を通り過ぎていく。


 振り返り、商店街へと入っていく彼らの背中を目で追う。

 そこで、自分の身に起きたことを、彼はようやく思い出した。


 清里の意識を奪った黒縄を討つべく、蒼は懸命に戦った。

 蒼が何も知らずに生きてきたせいで苦しんだ清里を助けなければならないと奮い立ち、全てを投げ打つ覚悟で、戦った。


 ……そして、負けたのだ。


 死が、迫ってきている。 蒼が見上げた茜色の空は、もうじきに昏く沈むだろう。



「……嫌だ」



 蒼は、藍色に染まる空の端を見て、そう投げかけた。


 まだ、彼女を助けられていない。 後悔をしないように生きたいと決意した旅路の最期で、こんなに大きな後悔を残して逝くなど。



「あれれー? 変だなー? ないよ? ねぇ、何でないの?」

「俺に聞くな。 まったく、早くしてくれよー……今日宿題多いんだぞ」

「えー、いつもやってないのに?」



 窓から差した夕暮れの陽光が、教室に穏やかで物憂げな明暗を生み出している。


 索漠たる雰囲気だった。 くすんだ色彩。


 蒼は窓際に腰掛け、机を漁る清里と自分の席に座ってあくびをかみ殺す重音の姿を見る。


 重音は暇を持て余しすぎて、自分のカバンを漁り、一冊の本を取り出した。


 清里のプリント探索は難航しているようだ。 お互いに会話を交わしていたが、重音が本の世界に耽り始めると、静かな夕刻がやってくる。



「……あ……あ? あ! あった!!」



 清里がようやくプリントを見つけて高々と掲げるが、重音は無反応。 怪訝な顔をして清里が重音を見た。


 重音の席の側まで清里が行っても、彼は反応しない。



「セカゲン? 十巻出たの?」



 清里が覗き込み、ようやく重音が顔を上げた。



「中原、ホントにルイのこと好きだね」

「え? まぁ……」

「私は断然セナナ派~」

「そうだっけ?」

「うん! セナナめっちゃ可愛いよ! まぁでも、一番友達になりたいのはミミアちゃんかな。 一緒に服とか見に行きたい」

「あー、何か分かるわ」



 他愛のない会話だった。 窓の外の校庭からは、部活動を切り上げるときの礼の声が聞こえる。



「私も早く読みたいな。 今凄くいいところだよね。 でも、黒縄って最高幹部の中では強さ的に一番下なんでしょ? にしては強すぎない? どうやって倒すんだろ」

「ハヤトが『煌神具』を使えるようになったから、そろそろ倒せそうじゃないかな」

「でも、ハヤトって大したもの使えないじゃん」

「『煌神具』の適正って血が混じると移ることが稀にあるって書いてあったし、九巻のあれで琴音の『煌神具』が使えるようになるのではって考察に書いてあった」

「知らない設定」

「五巻参照」



 重音の顔は、少し神妙だ。 今までの会話も上の空だっただろう。



「そんなことより、これどう思う? ……何か、ルイの死亡フラグ立ってないか? もしそうなったら読む意味なくなるんだけど」



 蒼は、自然と重音の側まで足を運んでいた。


 重音は、巻頭のカラーイラストから一ページたりとも捲っていない。 彼女の儚き勇姿から読み進められなかったのだろう。


 金髪をツインテールにまとめた少女が、二つの鍵の力を纏い、決死の表情で黒縄 リリアに立ち向かう姿が描かれている。 友人と想い人を守るための、最期の戦い。


 切れ長の碧眼が、いや、彼女の存在する本の中の世界全てが、このくすんだ空寂たる世界の中で唯一、圧倒的な色彩を放っていた。



「あ……」



 蒼の口から、小さな声が漏れる。

いつもありがとうございます。

第六十一話に、一文だけ追加いたしました。

よろしければ、お目通しくださいませ。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 蒼は今のところ主人公格にギリギリ(命懸けだから)手が届いている状態ですが、復活からは(実力的にも)真に主人公に慣れそうな予感…。ワクワクしますね。 ただルイとのギスギス(←ここは何とかなり…
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