第八十六話『切り開かれた物語の中に、立つ』
『唯一無二』の力が体を巡ると同時、手を前に翳す。
手の中に現れた刀を横に薙ぐと、周囲に幾多の雷が落ちた。
制服が和装に切り替わっていく。
彼女の力を縛り付ける鎖は、もうないのだ。
小波が怯み、足を止める。 桜吹雪の如く落ちる青の火花の中を、ルイは駆けた。
その足は、空を裂く稲妻のように、疾く。
小波の奥のシュゴウと黒縄を睨む。
一秒と経つ前にたどり着き、首を裂いてやる。
ルイの体が、小波が怯んでいたその一瞬の間に彼の真横を抜けた。
二人との距離が刹那の間に縮まる。 刃が稲妻を纏う。
……ルイの真横に、小波の姿が現れた。
(追いつかれたっ!?)
ルイの力において最大の武器である速さ。
死の寸前で、それを上回るスピードだった。
現状を把握しようとする思考回路を遮断し、小波が逆袈裟に振り上げた刃を己の刃で対処する。
しかし、いなしきれない。 耳障りな金属音と共に、ルイの体は空中に弾き飛ばされた。
中ほどから消し飛んだビルの壁面に着地する。 垂直に折れた視界が、地上からの追撃を認める。
小波が振りかざした刃から放たれた疾風の尖爪。
ルイは舌打ちをして壁面を走る。 ルイを狙って叩きつけられる広範囲の熱風を、そのスピードでかわしきり、背後に見送る。
砕け崩れるビルを背に、跳躍した。
眼下に怨敵を捉える。 柄を握り締め、雷を宿す。
彼女の憎悪を体現するように青の雷火が刃から発散され、周囲に出鱈目に喰らいついた。
裂帛の気合。 刃を叩きつけるその一瞬に、全力を注ぐ。
「怒りとは、愛ですね」
シュゴウが嬌笑を浮かべる。 その笑みの意味を、理解するよりも早い。
目の前が揺らぐ。 頬に痛み。 いや、痛みを飛ばすほどの衝撃。
音だけの世界が続き、意識を引き戻したとき、ルイは自分を埋もれさせんとする瓦礫の重さに気付いた。
まだ刀が握られている。 手に力を入れると、稲妻が弾け、瓦礫を吹き飛ばす。
切れた口腔から滲む血を、吐き捨てて立ち上がる。
「女を殴るなんてサイテーよ……」
頬を押さえ、黒縄とシュゴウを守るでもなく、ただひたすらにルイに殺意を向け続ける小波を見る。
『え!! あなたの綺麗な体に傷でもついたらどうするんだ!!』
前に、体育館で小波の訓練していたときの彼の言葉を思い出す。
怒りが、体を震わせる。
「……傷、ついたじゃない」
頬に添えられ手が、皮膚を引き裂いてしまいそうなほど力んでいた。
彼の人格を捻じ曲げる奴がいる。
彼の、真摯で優しく、まっすぐな想いを利用しているやつがいる。
絶対に許せない。 ルイは、叫ぶ。
「この……卑怯者!!!!!!!!!」
そうだ。 彼女たちは卑怯者だ。
容赦するな。 小波がしたように、全てを賭けて連中を屠れ。
悲しき口付けを交わした少年が、ルイに剣先を向けて構える。
その顔にまた一つ亀裂。
「卑怯者……卑怯者!! 絶対に、許さない!!!!!」
ルイが懐から、もう一本の鍵を取り出す。 禍々しい赤色の鍵だ。
黒縄とシュゴウが笑みを薄めて僅かに身構えた。
――最近になって、分かった。
あの日、自分たちの町が唐突にテロリストによって襲われた理由が。
彼女たちは、危惧し、恐れていたのだ。
早乙女家に生まれ落ちた、最強を冠そうとしていた新たな命を。
『屑だ。 お前は早乙女家の恥だ』
『なぁ、さっさと消えろ。 ここは、王者だけが居座る場所だ。 畜生のいていい場所じゃない』
『早乙女家は常に人類の未来を導く存在でなければならない。 分かるか? お前にその役は務まらない』
毒で力を発揮できなかったルイに、兄の早乙女 ラウルが吐き捨てた言葉の数々が脳裏に浮かぶ。 今だったら、あの忌々しい男に言ってやろう。
雑魚が、笑わせるな、と。
ルイは、蝕まれた才能と非難に塗れた人生の下で、誰よりも実直に、ひたむきに研鑽を積んできた。
彼女を蝕む毒はもう存在しない。 そこに残るのは、奢らずに誰よりも努力を重ねてきた、最強の血筋を持った少女。
「さぁ……覚悟なさい」
いつも、戦闘前に口にする言葉。
それは格別に重く、相対するものたちに圧し掛かる。
鍵を持った手をもたげ、悪しきテロリスト二人に向ける。
「今さら後悔しても……私はお前たちを許さない。 絶対に。 『共鳴れ』」
《『不撓不屈(Inflexibility)』、Caution》
鍵をまっすぐ投げ捨てる。 鍵が、赤い光を纏った。
早乙女 ルイの力。 それは、小波 蒼が捻じ曲げた物語より生まれし、本来存在するはずのない――最強の特異点である。
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嬉しいです!皆様本当にありがとうございます。
まだまだ上には上があると思いますが、自分の中では凄まじい快挙なので、一先ず大喜びです。
皆様の期待に応えれるかと不安やプレッシャーを強く感じることもあるのですが、もっと面白い物語を書けるよう努力いたしますので、これからもどうかよろしくお願い致します。