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第八十四話『吠えろ、獣』

《『煌炎』》

《『血風(Wind)』》



 二つの鍵が女性の平坦な音を立てるが、その側からその声は低く、重い声へと変わっていく。



《C-c-cation》



 ノイズが走り、音が乱れる。

 低く不気味な女性の声が二つの鍵に水色の光を灯した。

 宙に放すと、鍵は蒼の周りを浮遊し、徐に両腕に収まった。



《『接続』》



 声が更に低くなると同時、蒼の体に更なる力の奔流が入り込む。

 掠れた喘ぎが漏れ、体が内側から爆ぜてしまいそうな熱に駆られる。


 眼球が溶け落ちそうだった。 体が水色の炎に覆われ、同色の風が吹く。


 うううと勝手に苦しげな声が出た。 吐き捨てた息すら、刃物の如き鋭利さを宿しているようだった。



「その力は……」



 黒縄の隣に並んだシュゴウが目を丸くしている。

 食いしばった歯の間から漏れる声が、次第に大きくなっていく。


 じっとしていられない。 この内側の力を発散しなければ、本当に体がちぎれるかもしれない。 それほどに強烈な力だった。



『W-w-welcome to F-f-fiona Serv-v-ver』



 力が満ちきると同時、蒼は口を開いて吠えた。


 炎が消え失せ、純白の装衣が晒されると同時、身の内から湧き出た力が叫びに乗って熱を纏った風と化し、街に激突した。


 車が浮かび上がり、窓ガラスが弾け飛ぶ。

 黒縄の黒髪が靡き、狂喜を浮かべた。


 口が閉じない。 叫びは延々と漏れ続けた。

 肉が裂ける音。 手の平に水色の裂傷が現れる。 雪のようにガラスが舞い落ちる。


 それが地面に落ちるよりも早く蒼は地面を蹴り。

 それが地面に落ちるよりも早く、蒼は黒縄とシュゴウの目の前にいた。



「!!」



 反応を許さない。 二人の首に手を押し付け、そのまま突進する。


 幾多もの壁をぶち破りながら蒼は二人の少女を連れて進む。

 シュゴウと黒縄が地面に足を擦りつけ、スピードが落ちる。


 二人の体が外壁に叩きつけられる。 間髪入れず、シュゴウを真横に投げ捨てた。


 その先で轟音が上がったが、蒼の目は黒縄を捉えて離さない。


 拳を作り、捕らえた顔面を殴りつけた。 寸前、黒縄が首を傾けたのが見える。


 閃光。 拘束から黒縄が抜け出す気配がした。


 両の拳を握り締める。 炎と風が急速に拳の周りで膨れ上がり、蒼は咆哮とともに振り返ってそれを放った。


 黒煙を引き裂き直進する火炎の風は、遠くへ距離を取っていた黒縄を飲み込んだ。


 炎が爆ぜ、衝撃が大地を揺らす。 ビルが傾き、そのまま何棟も炎に飲まれて崩れ落ちていった。 黒縄のいた場所にビルが圧し掛かる。



「なるほど……『真空素』、ですか」



 シュゴウの声に、咄嗟に反応する。 空を裂いて真横から放たれた拳を、腕で防いだ。


 鳴動する大地。 地面が砕け散り、クレーターが出来上がる。 蒼は力に呻き吠えながらも、規格外の膂力にわずかによろめいた。



(押されるッ!?)



 破壊衝動の中にわずかに残った意識が動揺する。

 相手もまた、人智を超えた化け物か。



「悪食のわたくしでも、さすがにそんなものまで食べませんわよ」



 シュゴウは唇を舐める。 姿がその間にも掻き消え、今度は背後から殺気。


 蒼は振り返りざまに蹴りを振り上げ、先手を打つ。

 シュゴウが腕で防ぎ、そのまま進もうとしたが、真横からの力に耐え切れず横合いへ吹き飛んだ。


 地面を足が擦る。 シュゴウは体勢を崩すことなく受身を取った。


 蒼が吠える。 口から、黒い煙が吐き出された。

 体が燃え尽きない内にケリをつけなければ……そう考えた間にも、首筋に亀裂が走ったのが分かった。



「だって、自分が壊れてはしょうがないですわ」



 蒼は走る。 シュゴウが迎え撃つ。


 拳の間合いに入るよりも先に、シュゴウの青の熱線が虚空を裂いた。


 跳び、地面から離れる。 全体重を乗せて咆哮とともに拳を叩き付けた。

 シュゴウも拳を作る。



「さて、あなたに残された時間はあとどれくらいでしょうか?」



 ぶつかる両者の拳。 腕に水色の亀裂が入るのが見えた。



「その時間を、お前に使う気はないッ!!!!」



 破壊衝動に身を任せて肉体を駆る。 相手の一挙手一投足が見える。 異常な高揚感と湧き上がる痛み。


 一秒間に幾度となく交わされる互いの拳。

 何度も立ち位置が入れ替わり、時に炎が爆ぜる。

 シュゴウの動きは素早い。 視界から消えては再び捉えることをひたすらに繰り返す。


 蒼は獣と相違ない本能の叫びを上げて攻勢を続ける。


 速く、速く、もっと速く――!!


 亀裂から血が迸る。

 体が内側から焼け、灼熱の痛みが口から煙と一緒に血を吐き出させた。


 拳が同時に入り、蒼とシュゴウは軽快に吹き飛んだ。


 受身を取った瞬間、今度は崩落したビルが爆ぜる。


 中から、黒縄の高笑いが聞こえた。 頬の焦げた彼女の両手に漆黒の毒が渦巻き、一対の双剣を為す。

 クロス状に剣を振り、その軌道と同じ斬撃が蒼を狙った。


 蒼は横合いに飛び出し、爆心地から湧き上がる地面の欠片と毒の飛沫が飛び散るよりも速く黒縄へ肉薄する。


 その手に水色の炎が生まれ、剣を生み出した。

 手の平が裂けたが、構わず強く握り締めた。


 刀身が炎と風を纏う。 蒼が真横に振り抜いた刃を、黒縄は細身の刃で受け止める。


 鍔迫り合いの中、黒縄は顔を寄せて、破顔した。



「もっと頑張って? じゃないと、あの子が死んじゃうわ」

「う、ああああぁぁッ!!」



 血を吐きながら、力任せに剣を振り抜く。


 次いで虚空を袈裟に裂き、そこから生まれ落ちた水色の爆風がとびずさった黒縄に喰らいつく。


 が、直撃するほんの一瞬前、黒縄の前にシュゴウが現れ、両手を翳す。


 炎の青壁が、水色の斬風と激突し、街を灰に還しながら双方が霧散する。



「邪魔しないでくれる?」

「ふふ、また殺されては困りますわ」



 多少の傷しか示さない二人を前に、蒼の体はどんどん壊れていく。


 それでいて、溢れ出る力は無尽蔵だった。 体にまた一つ割れ目が生まれ、獣は猛る。


 疾駆し、ありったけの力を叩きつけ続ける。


 毒が蠢き、青の炎が舞う。 剣を振るい、拳が打つ。

 喉が嗄れようが、力の奔流は収まらない。 戦う意志は折れない。 しかし、体だけは着実に死んでいった。


 刃が浅くシュゴウの体に赤い軌跡を描き、炎が蒼を焼いた。

 街が崩れ、一撃死の毒の波が浸食する。


 炎と毒が激突し、一時炎が毒を飲み込みかけたが、シュゴウの炎に押し返された。

 交差する攻撃。 蒼は魂を燃やして二人に挑み続ける。





 不意に、意思とは裏腹に、唐突に膝をつく。 目から涙の代わりに血が流れ落ちた。



「ま……だ、ぁッ……!!」



 煙を吐く。 肺の機能が失われていくのが分かった。


 やはり、この二人を同時に相手するのはいくらこの力を使っても無理だ。

 一度は黒縄を屠った力も、二人を前にすれば途端に及ばなくなる。

 体が、もう限界だった。 意思を保つことさえ難しい。



「素晴らしいですわ。 私たち相手にそこまで粘るとは」



 頬に張り付いた髪を払いながらシュゴウは蒼を見下ろす。


 彼女たちの体にはいくつもの傷跡が残っている。 しかし、どれも致命傷には程遠い。



「でも、あなたは我々には不要ですわね。 使い捨ての命など、長持ちしませんから」



 シュゴウは蒼へと歩み寄る。

 咄嗟に体を起こし、シュゴウへと拳を振るった。


 身を翻し、あっさりとかわすシュゴウ。 伸びきった腕を掴み、シュゴウは蒼の体を引き寄せる。 もがくが、動かない。



「だから……せめて。 その最期までの時間を、有意義に使ってくださいな」



 しまった。


 シュゴウが懐から取り出した鍵を見て、蒼は心の中でそう思った。


 今すぐにここを離脱しなければ。 その思いも、彼女の拘束の前では行動に現れない。

 彼女の持つ『毒神具』は、精神干渉系の――



「『共鳴れ』」

《『濃霧(ノウム)』、Warning!》

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[一言] もうやめてー! 蒼のライフはもうゼロよ!
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