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第八十三話『ニアミス その8』

「アハハハハ! バカよねぇ……自分を脅してくるような奴、殺しちゃえばいいのに」

「ううぅッ!! うぅ!!」



 もがくが、押さえつける手は揺るがない。

 大地そのものが圧し掛かっているようだった。



「ずっと、あなたを呼んでたのよ? 中原……中原助けてって。 あなたはその間もずっと、のんきに生きてたんでしょうねぇ」



 体を何か強烈な感情がこみ上げてくる。

 増していく力に、黒縄の腕が、わずかに震えた。


 後悔。 中原 重音と小波 蒼を最も強く蝕んだ感情。


 苦しい。 暴力的な感情の嵐が、体を引き裂いて外に出ようとしている。


 思考が回転し、黒ずんでいく。

 その感情が溢れかえることは、憎しみや苦しみだけでなく恐怖すらを湧き起こす。


 何もしなかった人生。 それは、自分が思っていたよりずっと深刻だった。


 自分があのとき少しでも声を掛けていたら、彼女を苦難の道から少しでも連れ出せたかもしれない。 

 少しでも勇気を振り絞っていたら。 あのとき、自分が逃げなかったら。


 黒縄は再び蒼を見下ろす。



「ねぇ。 もうすぐこの子の意識、消えちゃうよ」



 黒縄の柔肌に爪を立てる。 口を開き、親指と人差し指の間に噛み付いた。


 憎しみと後悔に苛まれて噛み締め、しかし、皮膚が破けることはない。


 黒縄の高笑いが脳裏を搔き乱す。

 酸素が欠乏しながらも思考はさらに加速していった。



(本当に、救いようもないくそったれだな、俺って奴はぁ!!!!!!!!!)



 自分に今できることは何か。 己を問い詰める。


 彼は前世で彼女を助けられなかった。


 だが、今なら。

 こんな自分でも、彼女に与えられた第二の人生だけは、守ることができる――!!



「この愚かな子の全て……もらってもいいよね? こんな女の命、安いでしょう?」



 狂気に見開かれた水色の目玉と視線が激突する。

 歯が砕けそうになるほど力強く噛み付く。



(コイツは――コイツだけは!!!! 絶対に!!)



 右手が、黒縄の腕から離れる。

 ふと、ルイの顔が頭に思い浮かんだ。


 顔をわずかに傾け、地面に転がった携帯を見た。



(メール、送れなかったんだ)



 ならば、いい。 メールを送っていたら、後ろ髪を引かれていたかもしれない。



(俺がいなくなったら、彼女にはハヤトだけになる……それでいいじゃないか)



 自分が冷静に思考できているかどうかは分からなかった。 こじつけかもしれない。


 だが、この女だけは、刺し違えてでも斃さなければいけない。

 後悔が怒りや破壊衝動を絡めて蒼の背中を押している。


 ……清里を、取り返す。


 蒼は今一度塞がれた口腔から大きなうめき声を上げた。 腕を振り上げた――



パキンッ



 金属音が、二人の間を吹き抜ける。

 蒼は、右腕を地面に叩きつけていた。


 砕け散る制御装置。 黒縄が、悪辣に唇を歪めた。


 体を水色の暴力が突き抜ける。 掴む左手の握力に、黒縄の腕が軋み始める。


 電流が迸る。 体が昂ぶり、感情はより鋭利に尖っていく。


 壊す、壊す、壊す、壊す――!!


 筋肉がぎちぎちと音を鳴らし、体から静電気のように水色の雷火が漏れ出した。


 力が湧き出し、引き留め切れなかった力が裂傷として蒼の手の甲に現れた。


 裂ける肌。 裂傷の内側から水色の光が零れる。


 黒縄の拘束が一気に剥がれ、少女の体はあっという間に後方へ吹き飛んでいった。


 蒼が蹴りを突き刺したのだ。 蒼は溢れ出す力に導かれるまま立ち上がり、徐に朱莉の方へと向かった。


 彼女は気絶したままだったが、都合がいい。

 蒼は力に魘されながら朱莉の腕の起動装置に乱雑に手を伸ばした。


 朱莉の眉がぴくりと動き、呻きと共に顔を上げた。



「………………え、え。 あ……蒼。 何してるの……?」



 朱莉はすぐに事態を把握した。

 蒼の手を押さえる。



「ちょっと!! 何する気!? ダメッッ!!!! 蒼!!!!!」



 彼女の抵抗は、必死でありながら蒼にとって赤子の抵抗に等しい。


 無理矢理起動装置を引き離し、迷わず自分の腕に嵌めた。


 朱莉が蒼にしがみつき、絶叫を上げて止めに入るが、蒼の体にまた稲妻が奔ると、短い悲鳴を上げて体を離した。



「朱莉……ルイに会ったら、伝えておいてくれないか」



 黒縄を睨みながら、蒼は背後の朱莉に言う。



「君の未来は開かれた。 だから……その開かれた先の未来で、必ずハヤトの想いを自分のものにするんだ……って」

「蒼!!!!!!!!!!」



 蒼は手に焔を生み、背後に放り投げた。 蒼と朱莉を分かつように炎が爆ぜたのが分かった。



「清里を……返せよ」

「アハハハッ!! やってみせてッ!?」



 起動装置に電流が奔り、鍵が一度吐き戻される。


 手に取りながら、懐からもう一本、青の鍵を取り出した。

 自然と、息に交じって強い声が漏れた。


 体が疼いている。 自分を造る全てがあの女を殺せと言っている。


 獣の唸り声さながらに蒼の声帯が震える。 蒼は、吠えた。



「『(バグ)れ!!! 堕天……狂、化ぁっ!!!!!!』」

ほんのちょっとだけ。 たった一つだけ。

そんなすれ違いが、ときに大きながヒビを生むことも、あるかもしれません。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 次回 蒼死す  デュエルスタンバイ! にならないで欲しいですね
[一言] ランキングで見かけて一気読みしたけど、ここ最近の話で一気に駄作化しましたね。 伏線なんて一切無かったのに清里の設定後付が酷すぎる。
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