第七十九話『ニアミス その4』
今回は少し長めです。
といってもこの作品では長めというだけなので、読みづらくはないと思います。
よろしくお願いします!
友情が育まれたと感じることは、いくらでもあるだろう。
例えば、今まで話していなかった自分の内面を話すとか。
例えば、火威さんと呼ばれていたのが、刹那という呼び方に変わったとか。
刹那は、ルイが自分の前でめそめそと泣いているのを見て、彼女とは随分仲良くなれたんだなと、失礼ながら思った。
「……う、うっ」
ルイが見舞いに来たと思ったら、少し前まで蒼が座っていた席に座るなり、彼女は泣き出してしまったのだ。
抱きしめようにも。腕が背中まで届かない。
憎々しげに膝を殴りつけると、激痛の反撃が来た。 凄まじい痛みに声を上げまいと修羅の表情で堪えていると、両手で目元を押さえながら、ルイが言った。
「ごめんなさい……見舞いにきたつもりだったのに……」
「ううん!! 大丈夫だよ! ほら、おいで!!」
無駄に大きい声を張りながら、刹那は両手を広げる。
ルイは下を向きながら刹那に身を寄せる。 可愛い。
「わ、私……最低なの……」
ルイの背中を撫でると、ぼたぼたと涙が病衣に落ちた。
「自分で小波のことを突っぱねたのに……彼のことが忘れられないの……」
ルイという少女は、誰よりも優しく、相手のことを考えている。
最大のライバルであるはずなのに、刹那自身もルイのことをどんどん好きになってしまうので、困ったものだ。
「私……ハヤトのことが好き。 なのに……小波のことも、好きなの……」
彼女の胸倉を掴んで突き放してやりたくなるのが女心だろうか。
だが、刹那の心にそんな行為をしようなどという気は毛頭起こらない。
彼女が深く悩んでいるのなら、どこまで寄り添おう……なんていうのは、少し甘いかもしれない。
だが、そうしたいのだ。
「ハヤトのほうが好きだと思ってた……でも、小波を突き放してから、どんどん私の中で、彼の存在が大きくなっていって……今ではもう、どっちが好きなのか分からない……!!」
「うんうん」
「胸が張り裂けそうなの……小波に会いたい、小波ともう一度話がしたい……けど……私は彼を切り捨てた……私に、そんなことを、願う、権利なんて……!!」
言葉を詰まらせて、ルイはわんわんと泣き出した。
大丈夫だよ、何度もそう言って背中を撫でた。
看護師が心配そうに顔を覗かせる。
刹那がアイコンタクトで問題ないと伝えると、看護師はただの骨折でそんな大げさなとでも言わんばかりの顔で去っていった。
「誰だって、何かをしてから間違いだって気付くことはあるよ。 それに、小波が、そんなことでルイちゃんのことを怒ったり、嫌いになったりすると思う?」
ルイは首を横に振る。
おそらく蒼を知る百人に聞けば百人とも同じ答えのはずだ。
「でも……でも……私、二人の人間のことが好きなの……そんな状態で、彼ともう一度話そうだなんて、自分勝手すぎるわ……!! 彼をまた傷つけるかも……」
「それは、今すぐに決めないといけないこと?」
ルイが顔を上げる。
鼻水が出ていたので、ティッシュで拭いてあげた。
彼女の切れ長の青い鮮やかな瞳は、本当に綺麗だった。
「二人を好きになることなんて、よくあるよ。 それは最低でもなんでもないよ。 まぁ、どっちかと付き合ってなければの話だけどね。 私も幼稚園のころ、菰田くんと浅井くんのことが好きだったなぁ。 ………………二人と時間を掛けて一緒に過ごして、それから決めたっていいんじゃないのかな?」
ルイは唇を噛んで悩む。
そんな彼女に、問う。
「それとも、このまま彼に会わないまま時間が経つのを待つ? 自分の気持ちを嘯いて、如月くんだけを追い続ける? 小波のことを想う気持ちが邪魔するのは分かる。 でも、このままじゃダメだよ」
ルイはまだどちらにも傾けない様子だった。
ルイを力強く抱きしめながら頭を撫でる。
「大丈夫、小波はルイちゃんのこと、ちゃんと分かってるよ。 絶対にルイちゃんを受け入れてくれる。 私が保証するから。 二人で話し合って、これからどうしたいか話し合ってみよう?」
呼吸を整える。
刹那は、子守唄を聞かせるように、蒼にした話と同じ話を口にした。
漫画の中ですれ違う二人。 ルイは刹那と目を合わせながら、何度も頷いた。
刹那が物語を謳い終える。 刹那の言わんとしたことを、ルイはしかと理解しただろう。
最後に、あなたたちは一人じゃないという言葉を丁寧に添える。
ルイは、涙を途切れさせて、強く頷いた。 鼻を啜りながら、刹那に身を寄せたまま携帯を取り出した。
「私……連絡してみる」
「うん。 私がついてるよ」
ルイはまだ躊躇いながらも、少しずつ心を文字に起こしていった。
『小波、 会いたい。 会って話がしたい。 出来れば、今すぐにでも』
ルイは、迷うことなく送信ボタンを押した。
二人は顔を合わせ、刹那が笑うと、感謝の言葉と共に、ルイも笑った。
丁度、そのときである。 街が危機を告げたのは。 ルイの目尻から涙が頬を伝うのを最後に、彼女の涙は途切れる。
体を起こし、今度は刹那を守るようにルイは刹那の体に触れた。
病院は瞬く間に混乱に陥った。 入院患者の多くは自力で避難できる術を持たない。
廊下では看護師たちが走っては消えていく。 病院の地下に避難シェルターがあるとはいえ、時間は掛かるだろう。
「大丈夫、刹那は私が守るから」
「わっ」
ルイは吊り具を外して刹那を持ち上げる。 お姫様だっこというやつだ。
刹那が顔を赤らめている間にもルイは車椅子に刹那を座らせた。
すぐに病室を出る。 刹那たちは重症患者を優先し、自分たちは病院から出て別のシェルターに避難することにした。
外は暑い。 蝉がビービーとやかましく鳴いている。
車椅子をルイが引いていると、地面が大きく揺れた。
現界場所は遠いはずだが、遠吠えと衝撃はここまでやってくる。
「Aランクなんて初めて……皆大丈夫かな」
「ちゃんと避難しているはずよ。 私たちも急ぎましょう」
ルイが車椅子を力強く移動させる。
街の中には、まだ逃げ切れていない人が多く残っている。
「な、なに!?」
刹那は思わず声を上げる。
轟音だ。 かなり近い。
「別の『トウカツ』かな……?」
「いえ、それなら別の警報が出るはず……」
もう一度、爆発音が金切り声を上げる。
高々と聳えるビルを超えて、赤い炎が立ち上る。
悲鳴が上がり、大地がより強く揺れた。
「何が……!?」
火球が爆ぜ、ビルが、中ほどからへし折れるのが遠目に見えた。
ゆっくりと倒れていくビルの上部が大通りを跨ぎ、向かいのビルへと凭れ掛かった。 破砕音が市民たちのパニックを煽る。
ここからそう遠くない場所に、何かいるのは間違いない。 それも、強力な何かだ。
ルイが急いで車椅子を押そうとした、その瞬間だった。
――火球が爆ぜた場所と同じ場所で、水色の爆発が起きたのが見えた。
「……う、そ」
ルイが絶句して体を凍らせ、刹那も、同じように開いた口が塞がらなかった。
水色の水蒸気が、空へ空へと向かっていく。 悲鳴が、刹那の頭の中で響いた。
――あの日、見た光だ。
蒼を失うかもしれないと、本気で思った日……試験会場へ向かう電車の中で見た、あの水色の光だ。
「どう、して……?」
ルイが呆然と口にする。
蒼が手を出した危険な力の話は聞いた。 完治するまでにもう一度使えば死ぬと聞いた日は、眠れなかった。
連鎖する水色の爆発。
街の天井を飛び越え、空へ喰らいつく光。
ビルのガラスが吹き飛び、また一棟、ビルが崩落する。
体が底から熱を失っていくのが分かった。 心臓が鼓膜の側にあるようだった。
「ルイちゃん…………私のことはいいから、あそこ行って」
自分でも驚くほど冷え切った声だった。 続く水色の光から、開いた目が離せない。
「刹那……」
「早くッッ!!!!!!!!!!!!!!!!」
刹那の悲鳴に似た怒号に突き飛ばされるように、ルイは走り出していた。
親切な市民が刹那の車椅子に駆け寄るが、彼らが何を言っているのか、全く理解できなかった。
(小波……嘘だよね……?)
目をギュッと閉じる。
締め切った現実をこじ開けるように、巨大な爆音が耳を劈いた。
開いた視界の先で、水色の光が、街の空を覆っていくのが見えた。
心臓の音が、しきりに警鐘を鳴らしていた。
ブックマーク、評価、感想、レビューお待ちしております。
よろしくお願い致します。
上手くいけば本日の十八時にもう一話投稿できるかもしれません……!