第七十二話『二つに裂けそうな体 その1』
心が軋む。
胸がつっかえ、空気が濁ったような気がした。
「…………好きだよ」
「どのくらい?」
「この世界の全部よりも」
「おおー」
セナはニコニコ笑っている。 だが、口調はどことなく静かだった。
「Fクラスにアオ君が来なくなっちゃって退屈だよ~」
「そっか」
乾いた返事。
セナはブランコを揺らしながら透き通る声を舌に乗せる。
「私もね、ルイルイのこと大好きなんだ~」
「知ってるよ」
「でも、最近元気がないんだよね。 きっと、アオくんとのことが気になるんだと思う」
「時間の掛かることだと思う。 でも、遠からずきっと、彼女は笑顔になれるよ」
一筋の強い風が吹いていく。
セナの口から笑みが消えていき、代わりに、静かで、儚い表情が顔を覗かせた。
「そうなのかな」
セナの振る舞いを本の前で見てきた蒼は、彼女が決しててきとうな人間でないことを知っている。
何か、彼女なりに伝えたいことがあるのだろう。
「二人で決めたことでも……失って気づくことも、あるんじゃないかな」
遠くでカップルたちのじゃれあう囁き声が聞こえる。
時折、酔っ払った大学生たちの叫び声が聞こえた。
「片思いって、しんどいよね。 私も、ずっと片思いしてるから……アオくんの辛さも、ルイルイの辛さも分かる。 本当に、苦しいの」
ブランコの揺れが収まってくる。
セナは俯きながら、続きを綴る。
「それに、分かるんだ。 私じゃ、琴音ちゃんには勝てない。 それは、ルイルイも同じ」
「……」
「この胸が押し付けられるような思いがずっと続く。 アオくんへの想いを振り切っても、その先にあるのは、苦しい永久の片思い」
否定は出来なかった。
ルイの死の運命は消えた。 彼女がいなかったはずの時間を、彼女は生きることができる。
だが、そこでハヤトの想いを引き寄せられるかといえば、頷きがたい。
物語に確約された愛の強さの壁を、蒼は肌で感じていた。
「だから、ルイルイを幸せにできるのは、アオくん……あなたしかいない、私はそう思う。 ハヤトでもなく、私にもできないこと」
セナの瞳がまっすぐ蒼を見つめている。
蒼は口元を引き結んだ。
「アオくんと一緒にいるときのルイルイは、本当に楽しそうだった。 ハヤトと一緒にいるときよりも、心の底からあなたといる時間を幸せに感じてた」
「……」
「ルイルイを苦しみから救ってあげられるのは、アオくんしかいないんだよ」
蒼は顔を伏せる。
でも。 そんな言葉が喉から出かかったときだった。
「おっ、二人して何してんのー? 珍しい組み合わせじゃん!」
ミミアが背後からやってきた。 言葉の出ない蒼の代わりに、セナが微笑んで言う。
「ミミアちゃん。 今ちょっと、アオくんに相談に乗ってもらってるんだよ~。 ミミアちゃんこそ、何してるの?」
「何か、ダチから公園に捨てられたわんころがいるって聞いたから世話しにきたんよ! わんころはダチが家に連れ帰って~、そんで~……っていうか、恋バナ!? アタシも混ぜてよ!!」
そう言って、ミミアは滑り台の坂に寝転んだ。