第七十一話『星空の下を歩く』
今日の更新はもう一度出来たらいいなと思うのですが、この一話だけになるかもしれません。
楽しみにしていただいている方、申し訳ありません。
しばらく歩き続けた。
セナは手を後ろに組みながら進み、鼻歌を口ずさみながら何かを思い付くたびに蒼に話しかけてくる。
なんというか、歩き方からあざといが、それがプラスに作用するのは彼女くらいだろう。
「私の新曲聴いてくれた?」
「今日、SNSの反応がよくてね!」
「色んなファンがいるんだよね~」
「ちょっと冷える~、がくがく」
「そういえば、体育の野田先生足痛めちゃったらしいよ」
「暑いときに食べるキムチ鍋ってこう、ガッ! って感じがして好き~」
「海の家でやったライブ、すごく楽しかったんだ~」
ころころと変わる話題。
セナは本の中から何度も微笑を届けてくれた通りにマイペースだった。
蒼が返事をする暇がない。
彼女はデートと言っているが、感覚としては元気な犬の散歩に連れ添っているようなものだ。
ビルたちの背は低くなっていき、住宅街へ。 緑が増えていく。
「ここ、お気に入りなんだ~」
「公園?」
「うん。 よく歌の練習しにくるの。 広いから、たくさん歌っても文句言われないよ~」
人工的に植樹された緑が並ぶ自然公園だ。 マップを見ると、確かにかなり広い。
しかし、この時間にこういう場所は少々無用心なのではないだろうか?
「何かね、ここの公園、夜になってから草むらをつつくと野生のカップルが出てくるらしいよ」「そんな獣じゃあるまいし……というか、そんな場所に二人で来たら誤解されるよ」
「ふんふふーん」
セナはのんきにスキップで舗装された道を進む。
風のさざめきと草むらの輪唱に混じって、男女のか細くスリルを楽しむ声が聞こえる。
「もう、こんなところでダメだってー……」
「へへ、いいじゃん……」
セナは全然気にしていないようだが、思ったよりまずい場所に来たかもしれない。
我に返った蒼は小走りでセナを追いかけた。
森に囲まれた道を進む。
サイクリングロードの道を横切り、開いた広場に出た。
いちゃつくカップルやそれを覗きに来た小僧たち、ランニングに励むおじさんなど、人気はそこそこある。
広場の先にある斜面を跳ねながら登るセナを、周囲を気にしながら蒼は一定の距離を開けて追う。
週刊誌でもいたら大スキャンダルだ。
蒼が登っている斜面は、おそらく昼間は子どもたちにジェットコースターを演じているのだろうが、今は星空と都会を見渡せるプラネタリウムの座席になっている。
まばらに散るカップルたちの間を通った先には、ブランコや滑り台、子どもたちの遊具があった。
セナは鼻歌を紡ぎながら勢いよくブランコに座る。
蒼は少し戸惑ったが、セナの隣に腰掛ける。 子供用なだけあって、やや尻が狭い。
「らんらんらららら、らららら」
セナはその秀麗な桜色の唇から雑な前奏を弾き始める。
子どもじみた演奏だが、彼女が目を閉じて息を吸い込んだ瞬間、蒼の体に鳥肌が立った。
「――――」
風に乗る歌声。 少し前とは別人だった。
口元は大人の女性が別れを寂しがるような笑みに見え、彼女の声に聞き惚れた風が情景を合わせるように静かに草花を揺らす。
彼女の声は声優と同じだが、その声優に同じように歌えと言われたら何年経っても無理だろう。
そう思うほど、多彩で圧倒的な表現力だった。
どうやら、セナが歌っているのは自グループの失恋ソング。
心に直接触れて抱きしめる声と歌詞に、蒼は情けなく涙腺を緩めた。
鼻を啜って服の裾で滲む涙を拭くことを繰り返していたら、セナの曲はあっという間に閉じていった。
彼女が吐き切った息がピリオドを打つまで、周りの自然は彼女を中心に流れていた。
ぱっと、いつものセナの雰囲気に戻る。 足を伸ばし、曲げながら、ブランコを小さく揺らす。
遠くでブラボーと叫ぶ中学生らしき声が聞こえた。
蒼は余韻に浸りながらも尋ねる。
「鳳条さん。 それで……何か用?」
「そうだ、何て呼べばいいかな?」
「え? そ、そうだね……大体の人は、小波って呼ぶよ」
「んー、じゃあアオくんで」
人の話を聞いているのだろうか。
しかしニコニコ笑ってブランコを揺らしているセナを見ると、嫌な気持ちが全くしない。
セナは言う。
「ねーねー。 アオくんは、ルイルイのこと好き?」
悪気もなしに、セナは蒼が忘れようとしたことを聞いてきた。
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