第七十話『聞き慣れない呼び声』
路地の間の大通りに続く狭い視界に、少年少女の姿が見えた。
セナたちだ。 ルイ、琴音、ハヤトに囲まれてバイト帰りを装っている。
同時に、路地裏の陰が蠢いた。 蒼の強化された視力は、路地裏に現れた少年の顔とアニメで描かれた犯人の顔を一致させる。
「来たよ」
「アイツが犯人か?」
「うん。 捕まえよう。 『毒神具』を持ってたら現行犯」
「外されたら困るぞ」
「大丈夫、息子を信じて」
父親は鼻で笑う。
彼もまた『煌神具』を起動させ、それを確認すると、蒼は手すりから飛び降りた。 空気が体を強く掠っていく。
冴えない小太りの少年の姿が急速に近づいていく。
少年が上を見上げたと同時、蒼は拳を叩き付けた。
「う、わぁッ!!」
少年が反射神経を駆使してギリギリのところで飛びずさった。 もちろん、最初から生身の人間に拳を当てるつもりはない。
少年は爆心地から吹きすさぶ熱風に苛まれて地面を転がる。 大通りまで飛び出た少年は、怒りに満ちた顔で蒼を睨みつけた。
「何だお前ッ!!」
「……現行犯」
懐から少年が取り出した毒々しい紫の鍵を見て、蒼はぼそりと口にする。
耳元の無線が騒がしくなり、ハヤトたちが少年に気づいたのが彼の目の動きで分かった。
「ふざけんなッ!! 俺の邪魔をするやつは……!!」
「お前の未来を教えてあげるよ。 その鍵を使い続けて、苦しみ、自我を鍵に喰われ、目も当てられないような化け物になる。 最後には砂になって、骨も残らない」
これは事実だ。 彼は原作ではこの場から逃げ切り、後に『毒神具』の狂気に呑まれて、大勢を巻き込みながら自分を喪う。
だが、そうはさせない。
蒼の言葉に少年がたじろぐ。 その一瞬を乗り越えて少年が祝詞を唱えようとした刹那、その手首を後ろから父親が掴んだ。
「そうなるよりは、法の裁きで死刑になるほうが、いいと思うな」
圧倒的な握力に少年はうめき声を上げ、鍵を手放した。 駆けつけたFNDの面々が少年を一斉に取り押さえる。
「お前らの持ち場はここじゃねぇだろうがッ!!」
岩槻が声を荒げるが、少年を戦闘になる前に取り押さえられたことで機嫌はよさそうだ。
少年がセナに向かって何か大声で文句を叫んでいる。
近寄った蒼にも、彼は大声で憎悪を吐きかけた。
父親がよくやったと肩を叩く。
結果的に、蒼は二巻の山場を潰す形になったのだろう。
だが、読者が失望するだけで無辜の民を救えるのなら、これ以上ない結末だ。
使命。 そんな言葉が頭を過ぎる。 自分の生きる道が固まったと思う。
そんなときだった。 切れ長の青い瞳と、ふと目が合ったのは。
使命感、やる気、達成感。 傷口が開き、蒼が培ったそんな感情が、一瞬で流された。
美しい佇まいに、夜の街の明かりが映える。
心の中はすぐに青春の痛みを思い出した。
度し難いほどの恋情が、捨てきれない愛が、胸を詰まらせる。
(ダメだ……この感情は、いらないんだ……この感情が、彼女を悲しませる……)
蒼は唇を噛んで目を背ける。
心が愛を叫びたがっている。 どれだけ忘れようと努力したとて、その気持ちが冷める未来が、蒼にはまだ見えなかった。
☆
間もなく日付が変わる。
様々な処理を終え、訓練生たちは労いの言葉と共に解散を命じられる。
「如月」
蒼はハヤトに声を掛けた。 ハヤトは眠たそうに目を擦りながら蒼を見る。
「夜も深い。 ルイを、ちゃんと女子寮まで送ってってくれよ」
「ああ。 もちろんそうするよ」
「……ッ、ならいい」
途中から、ルイの視線があるのが分かった。
早々と話を切り上げ、ルイと目を合わせないように校門へ足早に向かう。
並木道を行き、暗くなった商店街を歩く。
寒くて、暗い。 コンビニにでも寄ろうか。
「おーい」
最初は、誰かが誰かを呼び止めているのだろうと思った。
「おーい」
だが、どうやらその声は蒼に向かってきている。
あまり聞き慣れないが、よく聞く声。
「おーい!」
不安なので今一度無視をしてみたが、やはり蒼に向いている気がした。 次第に走ってくる靴音が聞こえてくる
「ちょっと~! 無視しないでよ~!」
笑いながら走ってきたのは、セナだった。 思い返せば、メインキャラの中では一番蒼との関わりが薄い人物だ。
息を荒げるたびにポニーテールが揺れる。 何の用だろう?
髪留めの位置を直してから、セナはにっこりとあざとい笑みを浮かべて言った。
「ちょっと私とデートしようよッ!!」
七十話までこれました!これからも毎日投稿を心がけますので、お付き合い宜しくお願い致します!
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