第七話『どこまで行けども』
聖雪の門は目の前。 華やかな物語が見える。 “だが、まだ足りない”。
☆
「ねぇねぇ蒼」
一年半が経った。 中庭で木刀を素振りしている蒼に、朱莉が声を掛けた。
「何でまだ訓練してるの?」
「えー……まだ、昼前だし?」
「そうじゃなくて、だって、もう努力しなくても蒼なら聖雪に余裕で入れるでしょ? それどころか、もう卒業したっていいレベルだよ。 どうしてそこまで強くならないといけないの?」
蒼は木刀の切っ先を地面に添え、朱莉を見た。 思春期を終えたのか、トゲのない澄んだ視線だった。
「というか、何でそこまでして聖雪に入りたいの? 私は、お父さんに憧れたからだけど」
「俺は朱莉ほど純粋な理由じゃないよ。 どっちかっていうと、不純な方かもしれない。 俺さ、好きな人がいるんだ。 その人が聖雪に行くから、俺も行きたい。 このままじゃ、何の関わりもないまま終わるからな」
日々の訓練を経て、少し自分の性格が変わったように思える。 恥ずかしげもなくそんなことを言ったのが自分でも意外だった。
朱莉が、興味なさげに「ふーん」と空を見る。
「ほら、滅茶苦茶不純だろ? 引いたか?」
「ちょっとね」
「はは、でも、俺はそれでいいんだ。 今度こそ後悔のないように生きるって、決めたから。 好きって伝えたいんだよ……もう、自分なんかがって腐ったり、奥手になって逃げたり諦めたくない。 人生は一度しかないんだ」
「冗談。 一途なの、嫌いじゃないよ私。 でも、それだけでそんなに努力できるもの? さっきも言ったけど、その好きな人に会うためだったらもう十分じゃん。 私だって受験だから精一杯努力してるつもりだけど、蒼には全然及ばない」
朱莉は首を傾げる。 蒼は少しだけ酸素の欠乏した脳で思考し、強いて言うなら、と付け足した。
「俺は、“この世界の主人公が彼女を助けるのを、待ってはいられない”」
朱莉はよく分からない、とさらに首を傾げる。
強く、誰よりも強くならないといけない。 あの大魔導士ですら届かないところへ。
☆
聖雪にはもう手が届く。 されど蒼はその先の高みを求めて立ち止まらなかった。
幾多もの強者に負け、幾多もの強者を越え続けた。
しかし、
『年に一度の戦いの祭典、『コスモギアジャパンカップ(CJC)』準々決勝!! 勝者は早乙女ラウル!! さすがFND最高戦力の高みに鎮座し続ける早乙女家の血筋! いや、そんな賞賛にすら満足がいっていないとでも言わんばかりの圧巻の強さ!! さすが聖雪のエースです!!』
『対戦相手の小波 蒼くん……ですか。 彼も中学三年という若さながら早乙女くん相手に善戦しましたね。 亜種『煌神具』ではないというのに、目を瞠るものがあります』
「君、『外れ者』の割にはやるね。 それでよくここまで来れたと褒めてやりたいところだけど、裏を返せばもう伸びしろがないってことかな」
頭打ち。 そんな言葉が過った。 対戦相手の金髪の少年が蒼を嘲笑う。 亜種の『煌神具』を使えない蒼の力に、天井が見え始めた。
「くっっっっ……そぉおおぉぉおおぉぉおッ!!!!!!!!!!!」
負け犬として、空に吠える。 歓声は勝者の少年に注がれる。
悔しい。 彼が欲しいのは『亜種の力が使えない割には強い』という評価などではない。
まだまだ、強さが足りなかった。
伸び悩む蒼。 鍛えても鍛えても、上には上がいた。
しかし、あるとき、彼は一つ思い出した。
ベッドの中で眠りに落ちる直前の微睡みに、彼は物語を反芻し、決意する。
そこで、彼はある日、奥多摩へと向かった。 “外法”であれ、力がそこにある。
☆
一年と九か月が経った、二月。 蒼は朱莉と並んで、両親に聖雪高等学校の合格通知を見せる。
母親は号泣し、
「あなたたちは私の誇りよ!!」
と、二人をまとめて抱きしめた。 父親は相変わらず表情の硬い人であったが、何度も頷き、口元には小さな笑みがあった。
寒い風が通り過ぎ、春の温もりを運んで来ようとしている。
じきに、四月がやって来る。 出会いの季節が、やって来る。
「蒼、準備は出来てる?」
「ばっちりだ」
彼は、“指抜きグローブで覆われた右手”を強く握り締めた.
あのとき青春を捧げた物語が、花開く。