第六十八話『実戦投入』
徒手空拳による戦闘訓練。
ハヤトは全然やる気を見せず、監督するFNDの隊員に何度も注意を受けている。
ルイも同じように檄を飛ばすが、いつも彼にはてんで響かないのだ。
ルイは下段からハヤトの顎を目掛けて足を蹴り上げる。
直撃する寸前で、完璧に、そして最低限の動きでかわされた。
だが。
「や~ら~れ~た~」
「ちょっと!! 真面目にやんなさいよね!!」
わざとらしく倒れるハヤトに、ルイは髪を逆立てて食って掛かる。
何年も前から続けてきたこのやり取り。
まったくもう、そうやって腕を組む自分の口元が緩んでいるのを自覚し、それからその喜びはどこかに吹き抜けていった。
「大丈夫ですか!?」
「まだまだッ!! 手を抜かないでくれ!!!!」
訓練でありながら鬼気迫る小波の声は、グラウンドによく通る。
生徒の意識が集まり、隊員が手を叩いてそれを散らすということがさっきからよく起きている。
小波の動きはたどたどしい。 足をもつれさせたり、滑らせたり、転倒することすらある。
やはり体がまだ本調子ではないのだ。
しかし、彼の必死さは、その心技体全てに顕著だった。
ルイにはよく分かる。
彼は、忘れようとしている……ルイのことを。
何かに強烈に打ち込むことで、心に沈殿したものから意識を背けようとしているのだ。
ここのところ、無理にハヤトといる時間を増やそうとしたルイと、同じだった。
「てい」
「いた」
チョップ。
いつの間にか立ち上がっていたハヤトからのとてつもなく軽い攻撃。
「はい、俺の勝ちな。 秘技、やられたふりだ」
「……バカね」
ニッと笑うハヤトにつられて笑う。
そんな彼も、肩を上下させながら明らかなオーバーペースで体力を消耗させる小波を見た。
隊員たちですら小波に声を掛け始めている。
「あれじゃぶっ倒れるぞ。 毎日毎日よーやるわ」
「毎日?」
「ああ。 一日も欠かさずに朝二時とかに学校に行って訓練してるらしいぞ」
俺なら死んじゃうね。 ハヤトはそんな感想を漏らした。
そんなハヤトからもういちどチョップをもらうまで、ルイは小波から目を離せなかった。
それから時間が経ち、日が西へと傾き始めた午後三時。
今一度整列をする生徒たちだったが、疲労もあって列は乱れ気味だ。
小波は友人に肩を貸し出されてもたれている。
「今夜22時より、FNDによる奥多摩の市内警備が強化されます。 最近頻発する通り魔による被害が警察組織だけでは手に負えず、応援要請があったためです。 将来有望なあなたがたに、この見回りに参加していただきます」
緩みかけた空気を引き締めるように、隊員は強く言い放つ。
「相手は神出鬼没。 その手口や目撃情報から犯人は『毒神具』を所持しているものと思われます。 『トウカツ』ではないとはいえ、決して油断なさらぬよう。 それでは、時間まで、各自十分に休息を取ってください」
緊迫した空気のまま、解散する。 誰も、終わったからといってため息は吐けなかった。