第六十七話『切なさ』
騒がしい夏の日々だ。
セナのアイドル仲間が奥多摩に乗り込んできてゲリラライブしたり、海に行ったり、琴音とハヤトのデートを皆で尾行したり。
だが、幸せな日々かと言われれば、愚直に頷くのは、難しかった。
あれから二週間ほど。 小波とは、しばらく口を利いていなかった。
ハヤト、セナ、ミミア、琴音、ルイ、刹那の六人で学校へと向かう。
今日は夏休み登校日だった。 学生からすれば、ただ顔合わせをするだけの意義を問いたくなる時間だ。
他愛のない会話が膨らみ、どたばたとした軽い騒動へ。
いつものことだった。
門扉を潜り、広場を抜け、その先の屋外グラウンドの隣を歩く。
そこで、早朝の訓練を終えたての小波と、彼らはばったり出くわした。
「小波、おはよー」
刹那が軽く挨拶をする。
小波は白く染まった髪をタオルで拭きながら応える。
ルイと、目が合った。
「あ、お、おはよう……」
「うん。 おはよう」
蒼は遠慮がちに、そして寂しそうに細く笑った。
その場に居座ることなく、さっさと歩いていってしまう。
「なーんか、彼がいつもみたいに来てくれないとつまんないね」
セナがそっぽを向きながら首の後ろで両手を組む。
ルイには分かった。 セナは、遠まわしに何かを伝えようとしている。
「ほんとなー」
ミミアがてきとうに返事をする。
しかし、気を取り直してミミアは携帯の画面を開き、昨日撮ったスイーツを見せびらかし始めた。
振り返ると、小波は黙々と一人で進んでいた。
ルイの方を見てにっこり笑い、犬のように駆けてくる幻覚が見える。 ルイは必死に幻影を振り払った。
これは、ルイ自身が、そして小波が望んだこと。
しかし、変わってしまった日々が、どうにも切なかった。
(やっぱり私……最低だ)
ルイは、自分の気持ちを形容することを、拒んだ。
☆
正午前。
学校が終わり、ルイは更衣室で制服から動きやすい戦闘服に着替えていた。
FNDの訓練生制度の訓練が屋外グラウンドで開かれるのだ。
数回参加して思ったが、結構なスパルタだ。
気を引き締めねばなるまい。 しかし、どこか上の空な気持ちが拭えなかった。
「どうかしましたか?」
豊かで均整の取れた体を窮屈な戦闘服に押し込みながら、琴音が問う。
この制度に参加している知り合いは、ハヤトと琴音のみである。
ルイは首を横に振りながら、貧相と自己評価する体に戦闘服を這わせた。
グラウンドに並ぶ緊張の面持ちの生徒たち。 それを見守るのは聖雪の卒業生のFNDの隊員数名だ。
さらに遠巻きに、FNDとの橋渡しを担った冥花先生が、ルイたちを見ていた。
早速訓練に取り掛かるかに思えたが、どうやら新しく制度に参加する生徒を紹介するようだ。
「小波 蒼です。 よろしくお願いします」
ルイの体が強張り、上級生からは期待の声が、同級生からは喜びの声が上がる。
この制度に参加しているのはほとんどがSクラスの人間だ、知り合いも多いことだろう。
小波が、努めて目を合わさないようにしているのが分かった。
「では、二人組を作ってください」
いつもの始まり方だった。
ハヤトに女子が集っていたのは昔のことで、今は琴音に率先して肩を並べようとするものはおらず、固定のメンバーと組むようになっていた。
ルイもいつも相手をしてくれる一つ上の女子の先輩を探すが、どうしても小波に目が入ってしまう。
もう相方が出来ている状態で、彼の相手は中々見つからないようだった。
足先が小波に向かう。
それを、琴音の声が呼び止めた。
「早乙女さん。 あなたは優しい人です。 でも、中途半端な優しさは、相手をより一層傷つけてしまいますよ」
優しく諌める声に、ルイは踏み出そうとした足を止める。
今日は私が。 そう言って琴音は小波の元へと歩いていく。
あくびをかみ殺したハヤトと、目が合った。
「残りもん同士、まぁてきとうにやろうぜ」
「……しょうがないわね。 アンタがどうしてもって言うなら、やってあげてもいいわよ」
突っぱねる言葉にも、我ながら覇気がないと思った。
普段から女子に囲まれるハヤトと二人きりの空間なんてそうそうないことだ。
期待に胸が膨らむが、それはどこかに開いた穴から漏れ出し、しぼんでしまうのだった。
ブックマーク、評価、感想、そしてもしよろしければレビューを宜しくお願いします!