第六十五話『兄妹として、女として その3』
結局、話すことを選んだ。
ややこしくなるので、異世界転生をした事実だけを伝える。
おそらく、蒼という命が朽ちた抜け殻に、自分が宿されたことも、話した。
「そっか」
朱莉はあっけらかんと答える。 だが、すぐにそれが強がりだったと分かった。
体を回して蒼を見た朱莉の目は、潤んでいた。
「やっぱり、死んじゃったんだ、蒼」
しくしくと涙を流す朱莉。 身を寄せた少女の体を、拒むことなく抱きしめる。
「……私、蒼のこと、嫌いだった。 やることから逃げて、何もかもを諦めて、のうのうと生きてるのが気に食わなかった。 でも……死んでほしいなんて思ったこと、一回もなかったよ……」
朱莉はしばらくの間小さく泣いた。
刹那が寝返りを打ち、また寝返りを打っても、部屋の中に朱莉の泣き声が沁み続ける。
改めて認識した家族の死だ。 蒼に出来るのは、とにかく泣かせてあげることだった。
……どれほど、時間が経っただろう。
時間を計れるのは、この場には刹那の寝返りの回数しかなかった。
朱莉は鼻をすすり、やがて最後の一滴を頬に伝わせると、蒼の顔を見上げ小さく笑った。
「……だから、あなたのことはお見通しなの。 お父さんもお母さんも、知っててあなたを家族として受け入れてる。 だから、これから先の人生、自分の生きたいように生きていいんだよ。 中原……重音くん」
蒼は笑う。
朱莉の前髪がふわりと崩れ、赤色の二つの瞳が無邪気に蒼を見つめた。
「そんなに年上だなんて、思わなかったな。 お兄ちゃんって、呼んだほうがいい?」
「これまで通り、蒼がいいよ」
「ふふ」
恋人にするように、朱莉は蒼の胸に頬を摺り寄せる。
それから、真剣な瞳で蒼を見上げた。
「でも……はっきりしてよかった」
「え?」
「だって、あなたが本当は兄妹じゃないんだったら……恋、したっていいんだもん」
蒼は瞬きを繰り返し、朱莉の言葉を咀嚼した。
……恋?
「体は兄妹でも、心は別。 だったら、誰も私の恋に文句は言えないでしょ?」
「そ、それって……?」
「鈍いんだね、蒼。 それとも分かってて知らんふり?」
朱莉は優しい笑みを浮かべる。
見惚れてしまうほど、柔らかな笑み。
「ずっと前から、必死に頑張る蒼のことが、家族としてじゃなく、女として、大好きだよ」
息が顔に当たる。 両頬に手が添えられて。
気がついたときには、唇が重なっていた。
「……!!」
朱莉の暖かくて穏やかな匂いが鼻を抜けていく。
触れた少女の体は滑らかで、指の間を梳いていくようだ。
子どものようなキス。
ただ唇を押し当てるだけ、それでいて甘い。
キスは長かった。
酸素が足りなくなり、蒼は朱莉の体を軽く叩く。 朱莉は離れない。
もっと酸素がなくなっていく。 視界がぼやけてくる。 朱莉は離れない。
もごもごと口の中で何か音が発せられ、蒼は必死の抵抗で何とか朱莉を剥がすことに成功した。
大きく息を吸う蒼を見て、朱莉はくすくすと悪戯っぽく笑う。
「私の勝ち。 幼稚園の頃、よくこうやって我慢比べしたよね」
朱莉は満足げに、今度は蒼を自分の胸に抱き寄せた。
しかし、蒼が苦笑いを浮かべていると、打って変わって透き通るような静かな声で、彼女は口にした。
「今は応えなくていい。 でも、いつか必ず、蒼の気持ちをあの子から奪ってみせる」
「!」
「大好きだよ、蒼。 私が側にいるからね」
冷え切った心に、暖かいものが添えられたようだった。
眠気が、やってくる。
「ん、う」
刹那が、今までで一番大きな寝返りを打った。
というより、寝ぼけている?
ひっくり返り、蒼に腕がのしかかる。
「んー、朱莉ちゃん、抜け駆けは、だめだよ」
蒼にとっては、衝撃だった。
想いを寄せている以外の言葉の捉え方ができない。
体を動かし、刹那を振り返る。
口元をもごもごと動かしながら、まだ何か喋っている。
うっすらと目が開き、蒼と目が合った。 最初はなんてことはなさそうに目を閉じた刹那だったが、驚愕の表情とともに、ハッと目を開いた。
「あ、や、違くて……!」
呂律の回らないまま、必死に弁明する刹那。
朱莉が、窮屈で暖かい毛布にくるまって、笑っていた。