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第六十四話『兄妹として、女として その2』

 蒼は、雨の止んだ窓の外を見上げる。

 曇天が流れ、三日月がわずかに姿を見せている。


 窓に映った自分の姿を見つめる。 彼の名は、小波 蒼。

 もたつきながらも携帯の電源をつける。



「どうすれば、いい」



 写真フォルダの中の自分に問いかける。

 これ以上ないほどの笑顔の蒼と、ふてくされて仕方なく画面の端のほうに映るルイ。 以前、一緒に出かけたときにお願いして撮ったものだ。


 ルイだけを目掛けて走り続けた第二の人生。 ルイという存在を失った今、この人生をどう生きればいいのか、彼は標を失っていた。


 自分が転生する前の小波 蒼の人生を、携帯を媒介して覗く。


 この顔にも慣れてきたが、やはり自分の記憶にない画像を見ると妙な気持ちになる。


 中学一年。 刹那や霧矢たちとカラオケにいったときの写真。

 さらに遡ると、小学校のアルバムを保存用にカメラに収めたものがある。



『しょうらいのゆめは、スポーツせんしゅになってゆうめいになることです』



 昔の、蒼の夢。 元々、これは与えられるはずのなかった人生だ。 小波 蒼という人間のために、彼の人生の続きを歩むのもいいかもしれないと、思う。



「蒼」



 振り返る。 朱莉が、俯きながら片腕を押さえて立っている。


 蒼がいるのは、朱莉と刹那の部屋だった。 刹那が、蒼を気遣ってこっそり連れ込んだのだ。


 刹那といえば、すぐ側のベッドで細い寝息を立てている。



「その……さっきは、ごめんなさい。 迷惑、掛けちゃった」

「朱莉。 気にしなくて良いよ。 でも、ルイは悪くないことだけは、分かってあげてほしい」「……うん」



 蒼は朱莉の頭に手を置く。

 朱莉は頷くと、蒼の手を取ってベッドへと誘導した。



「俺、本当にここで寝るの?」

「うん。 二人とも同意」



 勢いに流されるまま、蒼はベッドの真ん中に押し込まれる。


 既に刹那の熱で暖かくなった毛布は心地が良い。

 閉じるように、最後に朱莉が毛布にくるまった。


 少し狭い。 だが、傷心の蒼には、これ以上ない居心地のよさだった。



「昔は、こうやって一緒に寝てたね」



 朱莉が背中を蒼に摺り寄せる。

 髪の毛からシャンプーの匂いがした。



「ああ。 なぁ……朱莉」

「何?」

「俺……中退しようかなって思うんだ。 その、スポーツ選手、目指そうかな、って」



 朱莉は黙り込んだ。

 刹那の夢見がよさそうな寝息だけが聞こえる。


 少ししてからだった。 朱莉は、意外なことを口にした。



「……無理に、蒼の夢を追いかけようとしなくてもいいんだよ」

「え?」



 クスリ。


 背中を向けた朱莉が、体を固まらせた蒼を笑う。



「気付いてないと思ってたの? 私も、お父さんも、お母さんも、ずっと前から分かってたよ、あなたが蒼じゃないこと。 どうしてそうなったのかなんて、分からないけど」



 蒼は黙る。


 朱莉もその沈黙に倣った。 蒼が喋るのを、待っているのだろう。



「……実は」

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