第五十四話『何があろうと、討て』
混迷を極める戦場。 色とりどりの超常に眩暈がする。
「父ちゃん!!」
父親に切りかかろうとした尖兵の一撃を代わりに剣の刃で防ぐ。
手の空いた父親が放った炎が尖兵を飲み込んだ。 父親が呼吸交じりに言う。
「ッ、情けない姿を見せたな……!!」
敵味方入り乱れる戦場。
どれだけの味方が深手を負ったのか、どれだけの敵を砕けたか分からない。
戦場の奥で、文字通り天まで届く炎が立ち上る。
対する黒の爆発が大地を飲み込み、大地から緑を剥がしていった。
離れた場所で鎬を削る冥花先生と、黒縄と同じCODE:I最高幹部の一人であるシュゴウ。
冥花先生が離れた場所に誘導しなければ、巻き込まれて何人が命を落としているか分からない。
やはり格が違う。 歪みに呼び寄せられたシュゴウは、下手をすると黒縄よりも強い。
本来ならもっと後に登場するはずの二人の戦いは、現時点でどこかで争うしハヤトとキュクレシアスの戦いよりも苛烈を極めているに違いない。
地図を軽く書き換えると描写された力。
まさにその通りだ。 目の前で世界が改変されていく。
戦いのストレスとは別に、蒼の胸が早鐘のように鳴り続ける。
戦が終わる兆しは見えない。 冥花先生も楽勝というわけにはいかないだろう。
頭の中にいる怨敵の姿が、遠のいていく幻すら見える。
遠くで『トウカツ』の遠吠えが聞こえる。
(時間が……時間が、無い)
蒼は、覚悟を決めるしかなかった。
「皆さん、離れて!」
蒼は全力を両手に込めて叫ぶ。
両手に炎が溢れ、体よりも大きな火の塊となる。
熟練の戦士たちはすぐに蒼の大技に歩幅を合わせる。
一斉に退避し、至大の火球の前にあるのは闇の尖兵たちだけ。
蒼は重い両手を尖兵たちに向けて翳す。 解き放たれた灼熱が、二条の閃光となって尖兵たちの足元へ突っ込み、爆ぜた。 当然手ごたえはある。
――刹那、蒼は駆け出した。
「いいぞ坊主!! ……!? おい坊主!! どこに行く!!」
「蒼!! 待て!! 戻ってこい!!」
蒼は歯を食いしばり、背後に向かって炎を投げた。
父親の足元に着弾した炎はもくろみどおり彼を足止めする。 残り少なくなった尖兵たちと沼を一飛びで越し、蒼は走り続ける。
「っ!? 小波くん!! 待ちなさい!!」
冥花先生の隣を通り過ぎ、シュゴウめがけて走る。 火球を飛ばす。
埃でも払うように、シュゴウは火球を手の甲で弾く。
その隙に、蒼は怪物の上を通り越した。
「小波くん!! 戻りなさい!!」
案の定、シュゴウは冥花先生以外に興味を示さない。
蒼は全速力で森の奥へと駆ける。
「絶対に……助けないといけないんだ……!!」
とがった草木が肌を擦ろうと、低木が視界を奪おうと、走ることを止めない。
『こんなのありえないだろ!!』
頭の奥に中学時代の中原 重音の声がする。
『あの子が死んだら読む意味なくなんじゃん!!』
『ハヤトは何やってんだ!! 助けろよ!! 主人公だろ!!』
「今なら、救えるんだ」
何度も妄想の中で彼女が生きる世界を、自分が救う様を描いてきた。
だが、正しい歴史では彼女は死ぬ。 この世界では彼女の死が描かれる。
それを今なら、変えられる。
見ることのできなかった彼女の未来の笑顔を、守れるのだ。
「いた!!!!!!!!!!!!!!」
開けた木々の先に、靡く黒髪がある。
一本だけで聳える木立の一番上に足を乗せて丁寧にバランスを取る少女の姿。 口元は酷薄に歪み、眼下の戦いを楽しんでいるようだった。
蒼は腕輪をもぎ取り、投げ捨てた。 体に暴力が漲る。
「黒縄ォッッッ!!!!!!!!!!!!!!!!」
渾身の雄たけびを上げ、その場を跳躍する――!!
水色の目が、蒼を睥睨した。
モブの少年が、最大の強敵と相まみえるのだ――
握るは剣。 2つの人生を刃に変えて。 膨れ上がった愛を鋼へ変えて。
――黒縄 リリアを、討つ。
「『狂れ!!! 堕天狂化!!!!!!』」