第五十三話『歪む物語は鬼を呼び寄せる』
「航空写真からの映像、来ました!! 複数の『トウカツ』の姿が確認されています!!」
「そいつらは他の連中に任せろ!! 俺たちは大物を捕る!」
うっそうと茂る大木たちの根っこを飛び越えながら蒼たちは森の中を行く。
蒼の隣には常に冥花先生がついているが、彼女の身のこなしは滑らかで素早い。
「CODE:Iの奴らめ、やはり『トウカツ』を呼び出す装置を完成させたとでも言うのか……?」
父親の言葉に蒼は心の中で頷く。
工作員キュクレシアスは、人工的に『不干渉毒野』に乱れを起こし『トウカツ』を発生させる装置を試すためにこの機会を利用したのだ。
卑劣にも、若人たちを標的にして。
「しかし冥花嬢、本当に大物が来るのか!?」
「絶対に来ます!!」
冥花先生の代わりに岩槻の質問に答える。
漫画などではよくある。 ボスとなる存在を倒した後、もっと強力なキャラがその場で主人公たちを見下ろしている意味深なシーン。
その一瞬を演出するために、あの女はここに来ている。
「目標発見!! ここから北へ2キロ!! 黒縄です!!」
「でかした!! 絶対に逃がさん!」
端末を手に持った女性の声が士気を高める。 行軍が早まり、蒼の額に汗が滲んだ。
蒼は隣に並んだ父親に声を掛けた。
「ごめん父ちゃん」
「……なぜ謝る?」
「こんなことに巻き込んでしまって。 もしかしたら、死人が出るかもしれない」
「馬鹿を言うな。 俺たちには果たす正義があるだけだ。 たとえ死んだとして、誰もお前を恨まん。 母さんだってな」
それに、と父親は付け足した。
「俺たちは、死ぬために訓練を積んできたわけじゃない。 そう易々とは死なんよ」
蒼は笑う。 それもつかの間、一行の行軍が止まった。
沼だ。 沼が一行の前に広がって進軍を止めている。 異様な空気だ。
沼の奥から、霧がゆっくりと立ち込めていく。
「《共鳴せよ》」
真っ先に反応したのは冥花先生だった。
丁寧な祝詞を唱え、『煌神具』を解放へと導く。
「《魔女(Witch)》、Caution」
女性の電子音声が響くと同時、蒼を含めた全員が遅れて『煌神具』を起動させる。
霧は広がっていく。 冥花先生がコイントスの要領で鍵を上に弾く。
鍵は頂点に達すると紫色の光を宿し、重力以上のスピードで冥花先生の元へ落ち、彼女の体の周りを周回してからその鞘に収まった。
《『接続』》
ぽっ。 不意に、冥花先生の頭上に黒の大きなとんがり帽子が現れた。
それはふわふわと落ちていき――冥花先生の頭に収まった瞬間、禍々しい黒い瘴気を吐き出す。
味方ですら顔を覆う瘴気が晴れると、冥花先生の姿は魔法使い然としたものへと変わっている。
気だるそうな長い宵闇の如き黒のローブに、タバコはそのまま。 なんとも時代錯誤だ。
「さぁ、お出ましですね」
FNDが未知の敵を前に準備を整える。 戦いの前の異常に研ぎ澄まされた空気感に、蒼は息を飲んだ。
蒼の手元に炎を宿した剣が顕現するのと時を同じくして、それは現れる。
(待てよ、この霧って……?)
まるで、階下から階段を昇ってくるように、頭からその姿が徐々に現れてくる。
兜に入った槍型のスリットから覗く赤い一つ目の光。 手に持った槍を沼の底にたたきつけると、雷や炎、風や泥が吹き出した。
「愛の下に死せよ」
「愛の下に死せよ」
「愛の下に死せよ」
「愛の下に死せよ」
五列に隊列を組み、無限に生まれてくるのでは思うほどに末尾が見えないが、誰も違うことなく見事な行進をしている。
CODE:Iの尖兵たち。
『死素』を基に作られた『鎧滅』の『毒神具』を使った人間の成れの果てだ。
「何故……こいつらはいなかったはず……!!」
「私たちは今物語を歪めている。 相手もその歪みに合わせてきたということでしょうね。 大方、私たちの動きが漏れたんでしょう」
蒼の小さな動揺に、冥花先生が答える。
(物語が歪む……じゃあやっぱり、この霧は……!!)
「応戦ッッッッッ!!」
岩槻が号令を掛け、一斉に戦士たちが飛びかかる。
尖兵たちも丁寧に散開し、彼らを迎え撃つ。 霧は徐々に沼全体に広がっていた。
蒼に、影が被さる。
槍を真下に構えた尖兵が頭上から飛来するが、彼を庇うようにう冥花先生が立ちふさがる。 手を翳した瞬間、尖兵が突然現れた闇に飲み込まれる。
闇は無へと収縮し、消え去った後の虚空には何も残らない。
恐ろしい力だ。 だが、感動している場合ではない。 蒼は声を張る。
「先生!! もしかしたら俺たち、別の脅威を呼び寄せてしまったかもしれない!」
「何ですって」
冥花先生が蒼の指差した霧を見、それから何かを察したように息を飲んだ。
沼の奥から迫る霧の中に、一つの人影がある。
「ッ、霧の巫女!! 総員後退ッッ!!」
冥花先生の号令に、飛び交う超常現象が止まり、全員が一瞬で蒼たちの元へと飛びずさった。
岩槻が唸る。
「やれやれ、この場の指揮官は俺なんだがなぁ!」
「そうは言ってられませんよ。 どうやら、私が出張ることが向こうにバレていたようです。 ご丁寧に対抗馬まで用意するとは」
霧の向こうから、青色の巨光がレーザーさながら、一直線に一向に襲い掛かる。
通り過ぎた沼が一瞬で蒸発し、尖兵たちを巻き込み、衝撃で木々がなぎ倒される。
冥花先生が空中に花の文様を描く。 黒い軌跡を残した花柄の模様は巨大化し、壁となって光線を防いだ。
漏れ出した青色の熱の集合体が左右に漏れ出し、森を一直線に焼き焦がす。
冥花先生が守ってくれなかったら、一行は一瞬でこの禿げ上がった森のように消えてなくなっていただろう。 炎が消えた今でも焦がすような熱が体に残る。
岩槻が厳しい顔を歪めて盛大に舌打ちする。
「くそ、霧の巫女のお出ましか……!! こいつぁ、元エースの後塵を拝するしかなさそうだな……!!」
蒼は、あの霧の中にいる少女の姿を知っていた。
「おい!! これより全指揮権を羽搏 冥花に委譲する!! FNDとしてのプライドは捨てろ!! 生き残りたければな!!」
ゆっくりと、霧の中から青い巫女服の少女が現れる。 その足は沼の水面の上に乗り、美しくも恐ろしい出で立ちが沼に汚されることはない。
銀色のロングヘアに、濃い青の瞳。 しかし、何よりも目を引くのは、彼女のこめかみ付近にある、二本の巻き角だ。
蒼は知っている。 彼女は複数のSランク『トウカツ』を喰らい、融合した化け物。
「ご機嫌麗しゅう、羽搏さん。 まさかあなたが戦場に再び舞い降りてくれるとは。 わたくし、血が騒いで会いに来てしまいましたわ」
瞳がギラギラとした闘気を見せる。 口元から白い煙が漏れた。
彼女の名はシュゴウ=L=オーヴェリア。
黒縄 リリアと並ぶ、怪物である。
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