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第五十二話『モブであろうとも』

 イヴェルシャスカの槍の被害を免れた奥多摩郊外。

 その山の麓の山林部で実技試験は行われる。 三人一組になり、森の奥部にある目的地を目指すと言うもの。


 もちろん例に倣って妨害が各所に設置され、そして、ライトノベルの王道的なストーリーよろしく、敵勢力の乱入が起こる。 今回の場合、その役を担ったのがCODE:Iの工作員、エブレス=J=キュクレシアスというわけだ。



「頼む。 今日一日絶対に森には入らないでくれ」



 試験開始一時間前。 蒼は大切な友人三人の前で勢いよく頭を下げていた。


 困惑する刹那と霧矢。 朱莉の視線だけがつむじに一直線に刺さっている気がする。



「いいよ」



 蒼が顔を上げると、朱莉と目が合った。

 特に理由を聞くことも無く、彼女は首肯してみせる。 真面目な朱莉なら、真っ先に反対するものだと思っていた。



「まぁ、親友の頼みなら仕方ないなぁ。 学校サボるのって何か、漫画の主人公みたいやし、憧れてたんや」

「そうだね。 皆でカラオケでも行こっか」



 手を後ろに組みながら笑う刹那。 最近髪を片耳に掛けるようになって垢抜けたように思える。


 手を振って街へと戻っていく三人の友人たち。 蒼は感謝を声高に張りながら、実技試験の行われる山林部へ向かうべく駅へと向かった。





 蒼が向かったのは、生徒たちの集まる場所ではなく、冥花先生に個別に呼ばれた場所だ。


 木々が茂る奥多摩の山中。

 都市部とはまるで違う清涼な空気だが、今日はどこか張り詰めている。 歪んで伸びるミズナラの木の合間から覗く何かの獣の目が、蒼と目が合ってどこかへ消えていった。


 ホー、ホーと鳴く鳥の声。 巨樹たちの周りを抜けていくと、冥花先生とFNDの白い制服を着た面々の姿が見える。


 冥花先生の鶴の一声で、FNDの精鋭たちが各支部から集められている。

 まさにFNDの元絶対的なエースであり聖雪の校長である彼女の人脈である。 生徒たちの護衛にも、原作の何倍もの人員がついていた。



「父ちゃん」



 蒼はその中の一人に声を掛けた。 小波 一博(かずひろ)は、怪訝そうな顔で蒼を迎えた。



「蒼……たとえお前にどれだけ崇高で純粋な意志があっても、たとえ俺よりも優れていたとしても、お前は俺の息子だ。 忘れるな、危険な道を行く息子を案ずる父親の気持ちを」

「分かってるよ」

「一博さんは、最後まであなたを連れて行くことに反対していましたよ」



 冥花先生が蒼の隣に並ぶ。

 父親は軽く頭を下げるが、その表情は当然だと言わんばかりだ。



「大丈夫です。 あなたの大切な息子は、責任を持って私が守ります」



 冥花先生はいつもと変わらぬ服装でタバコを咥えている。

 周りにいる熟練の大人たちに囲まれていると、やはり彼女は若い。



「若いうちからタバコは感心しませんなと何度も言ったはずですよ、羽搏さん」

「書類の山に囲まれているのは、化け物に包囲されるよりもストレスがあるんです」



 冥花先生は父親を軽くあしらうとタバコに火をつける。

 父親がため息を吐くと同時、蒼の肩にがっと太い腕が回された。



「おうおう! お前か一博をぶっ倒したせがれってのは! 冥花嬢も久しいなぁ!」



 禿頭の大男だ。 どこかで見たことがある顔立ちだ。



「お久しぶりです、“岩槻”さん」

「え……岩槻って」

「そうとも、お前さんがぶん殴った岩槻 厳の父親さ!! いやぁ、いい仕事をした!! アイツには日ごろから自分の力を過信して調子に乗るなと言い続けたんだが聞かなくてな。 これで少しは思い知ったろう! はははは!!」



 あの岩槻の父親がこれほど人格者だったとは、驚きだ。


 小波 一博の息子とあって、様々な人がその後も親身に話しかけてくれた。


 ここにいる一人一人が作中ではモブなのだろう。

 しかし、話していて分かる。 彼らにも彼らの人生があり、大切な家族がいる。 そして誰とも同じ、平等な命がある。


 決して、敵味方問わず主要キャラたちの力を見せびらかすために蹴散らされていい存在ではない。


 こんなことに巻き込んで申し訳ないという気持ちのままに、蒼は衆目の中で言った。



「ぼくが、皆を守ります」



 少しの沈黙の後に、爆笑が起きた。

 そして、試験開始とともに彼らは行動を開始する。


いつも見ていただいている方も、初めての方も、閲覧していただきありがとうございます!

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